市子ちゃん
「沖野市子です。よろしく」
私の通う生駒中学に沖野市子という少女が転校してきてから、一週間がたった。
市松人形のような真っ黒いおかっぱ頭に、刺すような冷たい視線。休み時間には、一人でぼーっと座っていて周りが何を言っても返事さえしない。
転校三日後には、沖野さんは周りから怖がられていた。
クラスのいじめっ子男子たちは、最初彼女の机に勝手に落書きしたり、わざと足をひっかけて転ばせたりとしたが、落書きは消さないで無視するわ転んでもただ無表情で立ち上がるだけで、彼らの興味も失せていった。
そんな変わり者の彼女に今日、笑顔で話かけられた。
私と彼女の接点なんかせいぜい、席が隣というくらいで、一言も話したことなんてなかった。
「紅堂霞………… さんだっけ。私、沖野市子。良かったら友達になってくれないかな?」
沖野さんが私に話しかけた時、クラス中の生徒が私達に注目した。なんたって"あの"沖野市子が、普通の年ごろの女の子みたいに私に話しかけたのだ。珍しかったんだろう。
「えっ、あ、うん。私で良ければ……」
「良かったぁ! 私、霞ちゃんに断られたらどうしようかと思った。ありがとう、霞ちゃん! あ、ごめんね。霞ちゃんなんてなれなれしく……」
「いや、沖野さんさえ良いなら何とでも呼んで」
「ありがとう! 霞ちゃんって優しいんだね! 私も市子って呼んでね」
そういって沖野さんが私に抱きついてきた時には、天変地異の前触れか? と思ったほどだった。
いつのまにか私達は、お昼を食べる仲になった。
あれから市子ちゃんは人が変わったように明るくなったし、普通の女の子みたいだから付き合いづらいってわけでもない。
ただ、明るくい女の子らしい市子ちゃんが私限定ってところ以外は。
私と話している時は普通なのに、この市子ちゃんなら大丈夫かも、と市子ちゃんと友達になろうという人が話しかけると嘘みたいに冷たくなる。
私はいつのまにやら、あの市子ちゃんを普通の子にした人として"魔法使い"というあだ名までつけられてしまった。
「ふふふ、霞ちゃん魔法使いだって! 面白いね」
「あはは…… そうかな」
「うん! あ、ところで。霞ちゃん、今日も行かない? 三つめのとこ」
沖野市子が興味を示したのは、伝統だけが長い生駒中学校の七不思議だった。
まあ、どこにでもあるような七不思議なんだけど。夜に音楽室のピアノが鳴るとか、理科室の人体模型が勝手に動き出す、とか。
例のごとく、七つめはなくて知ったら死,ぬっていうアレだ。
だけど、七つめは生駒中学に黒髪美少女の守り人がいるとかいう特に怖くもない噂もあった。
そして。
一日ごとに七不思議の場所に回っていった、市子ちゃんと私はとうとう六つめの七不思議の起きる場所まで周りきってしまった。
普通なら今日は、七つめだけど知ったら死,ぬということらしいし、第一七つめは知らない。
いつも、お昼を食べる前に誘う市子ちゃんだけど、今日は何も言わないでお昼を食べ終わった。
「さあ、行こうか」
放課後、部活が終わってスポーツドリンクを飲んでいた私の前に市子ちゃんは突然現れた。
普段は、帰宅部の市子ちゃんはとっくに帰っている時間なので驚く私をよそに市子ちゃんは私の腕を強引につかみ、引っ張っていく。
「いっ、行くってどこへ!?」
「え? 何言ってるの、霞ちゃん。七つめに決まっているじゃない」
「七つめって…… 七つめは聞いたら死,ぬんでしょ?」
「ばかだなぁ。七つめ聞いても死,ぬわけないじゃない」
「そうなの?」
「そうだよ、都市伝説だって、そんなの」
ようやく腕を離してくれた市子ちゃんは、黒髪を揺らして笑った。
まあ、そうかもしれないけど、そうと分かっていても怖いのが人間だ。
それに、どうして市子ちゃんは七つめを知っているんだろう。
聞きたいけれども、市子ちゃんはの崩れない笑みが何となく怖くて、彼女に聞けなかった。
体育館裏のいちょうの木の下に連れてこられた私は、市子ちゃんと一緒に木の前にあるベンチに座っていた。
「七つめはね、私」
「い、市子ちゃん? 七つめは、確か生駒中学の守り人とかそんな話では……」
「半分正解。私は、守り人といえば守り人なんだ」
そして、市子ちゃんは私が聞き返す前に語り出す。
「沖野市子は、生駒中学の守り人。正確には、この土地の守り人」
「沖野市子は、永遠に存在する。守り人だから。だけど、沖野市子の魂はいつか果てる」
「だから、一人目の沖野市子は考えた。二人目の沖野市子を造ればいいって。身体は永遠だから、魂だけ変えれば良いって。そして、私は十七人目の沖野市子になった」
「七不思議に戻す。普通は七つめを知ったら、死,ぬとかだけど、この学校は特別。七つめを全部聞いた人は、沖野市子になる」
「そう、あなたは全て知った。だから、あなたは十八人目の沖野市子。七つめを聞いてくれる人が現れるまで、ずっと沖野市子のまま。紅堂霞の身体はもらっておく」
そういった後、市子ちゃん__ いや、もう紅堂霞となった"誰か"は私の前に立ちはだかった。
「十八人目が現れたから、沖野市子の記憶は消しておく。もうあなたはいらない」
「えっ、なっ、あっ、いっ、いやあああ!」
"誰か"は、私の肩に手を置くと、思いっきり突き飛ばした。
まあ、そんな感じで私は沖野市子になったんだ。
あ、そういえばあなたは七つめを最後まで聞いてくれたね。みんな、途中で逃げ出すのに。
そういえば、あなたの名前を聞いていなかったね。私、これからあなたとして暮らすんだから名前知らないと困るんだ。
え? なになに、こんなの聞きたくなかった?
それは私だってそう、そんなの当たり前。
だけど、あなたは聞いてしまった。だから、責任を取る。
聞きたくなかったら、途中で逃げてもよかったんだよ? 仕方ないよね。
でも、おかげてたった百年で解放されちゃった。ありがとう。
悲鳴をあげたって、無駄無駄。
__ じゃあね、十九人目の沖野市子ちゃん。