僕の心の中の闇
今日も俺は一人、夜空を見ていた。時計はもう三時を回ろうとしている。
(あぁ何してんだろ……)
そう思いながら、今日もこの場所にいる。
俺が今いる場所は、家から少し離れた所にある神社。いや、神社だった場所といったほうがいいかな。
もう誰も来ない、錆びれた場所。まるで今の俺を映し出しているかのよう。
俺は世間でいう引きこもり。学校には行ってないし、夜以外はずっと部屋の中にこもっている。そんな生活がもう三ヶ月を過ぎようとしていた。
俺が学校に行かなくなってから一度も、担任以外は誰からも連絡がないことからも、学校での俺の立場が分かる。
一人例外はいるが、そいつの事はこの際置いておこう。
俺は、あの日まで、陰湿なイジメに一人で耐えていた。
でもそれが馬鹿馬鹿しく思えた。それて、俺は耐えるのをやめた。それ以来、人と喋るのが恐くなった。人に会うのが恐ろしくなった。
そう、すべてはあの日、それは始まりの序章……
「あ〜いたいた圭ちゃん。さがしたんだよ〜」
この学校でわざわざ俺を捜す奴なんて、一人しかいない。
整った顔立ち、綺麗な足、透き通った声。つい見とれてしまう。
「なんだよ!人が気持よく寝てたってのに。」
恥ずかしさを隠すために、そっけない態度をとってしまう。
「も〜そういう言い方ないじゃない。」
「うるせ〜よ。なんの用だよ!」「一緒にお昼食べようと思ったけど、もういい」
そう言うと彩は走ってどこかに行ってしまった。
(今日も綺麗だなぁ)
そんなことを思ってしまう。
小林彩。一つ年下の幼なじみ。昔は一緒に風呂にも入った仲だ。
俺はどんどん綺麗になっていく彩に、どう接したらいいか分からない。
教室に戻るとチクチクと視線が刺さる。
「なぁ、なんか臭くねぇ」
「坂井が入ってきたからじゃねぇ」
「マジくせ〜」
何人かの生徒が俺をネタに笑っている。
(聞こえてんだよ!)
もう見慣れた光景だった。もう分かるだろうが、俺はイジメられている。
そんな自分を彩だけには知られたくない……そう思う自分が嫌だった。
正直、学校なんて糞だ。ただイジメられに行くようなもの。そんな所にどれだけの価値があるのか?
俺には、分からない。分かりたくもない。
あの頃は良かった、なんて不意に思う。
9年前、俺が小学3年で彩が2年だった頃。あの頃の彩は人見知りが激しくて、ずっと俺の後ろをついて来てたな。
俺がいなくなると
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
って泣きながら俺の事を捜してたっけ。
あの頃の想い出は俺の宝物。
彩を傷つける者がいれば、許すことなんてできない。それが自分でも。
あの頃の俺は、こんな風になってしまうなんて思ってもみなかっただろうな。
「ふぅ〜。この場所だけが安らぎの場所だよ…」
俺は屋上に立っていた。
学校で唯一、なにも気にせずいられる場所。基本的に屋上には誰も来ない。だから俺は、屋上が好きだった。
「ほんと、屋上好きだねぇ」
青空を眺めていると、背後から彩の声がした。
「この場所が一番落ち着くんだよ」
「圭ちゃんさぁ、友達とかと遊ばないわけ?いつも一人でいるけど」
彩のその一言は、胸をナイフで刺されたような衝撃だった。
俺は必死で平然な顔をして
「一人が好きなんだよ!」
少し怒鳴りぎみに答えた。
彩の言葉は俺にとって喜ぶべき発言の筈だ。だってそれは、彩にイジメがばれてないって事だから。
でも、やっぱり辛かった。涙が溢れそうになるのを必死に堪える。俺は全力で屋上を降りた。
「ちょっと、圭ちゃん!どこ行くのよ!」
彩の言葉なんて耳にははいっていなかった。走って走って走りまくった。
やっとの事で落ち着き、少し重い足取りで教室に戻った。
(授業まで、まだ結構時間あるな)
仕方がなく机で本でも読むことにした。
「あっ」
隣に座っていた、女子がシャーペンを落としたので、拾ってやる。
「はい」「あっありがと……」
女子は明らかに嫌な顔をする。
「坂井に拾われたし」
「うわっキモ!」
「病気になるかもよ」
「捨てちゃえ」
「これ、お気に入りだったのに。最悪」
頭に血がのぼり、キレそうになるのを、いつものことじゃねぇかといい聞かせて、堪える。
「それって、夜のおかずか?」
「やっぱわしづかみできるけらいがいいだろ!」
教室の隅に集まっていた男子達が、エロ話に花を咲かせている。(教室でなんつ〜下品な……)
「お前はどんなんだよ?」
「う〜ん。やっぱデカイより小さい派かな」
俺の脳裏に、彩の姿が浮かぶ。
(そういや、彩の胸って小さいよな)
「そういや、一年に小林っているじゃん」
いきなり、彩の話題になったので思わず耳をすます。
「あの子可愛いよな!胸も小さいし」
「確かに、可愛いな」
「夜もお世話になってんじゃねぇの」
「いや〜いい感じにオカズになったで!」
プチッ
頭の中で何かが切れた。さっきは我慢できた。でも、あいつらの会話は許せなかった。彩を汚された感じがした。
「テメェ!」
俺は立ち上がり、男子生徒にとびかかった。
「テメェなに言ってやがんだ!」
「うわっなんだよ」
「おい、坂井がキレた〜」
「やめろよ、おい!」
俺は止めに入った男子に、おもいっきり殴られた。俺は鼻血を出し、その場で気絶した。
気がつくと保険室に寝かされていた。隣に誰かの気配があった。
「やっと目ぇさめた」
彩だった。今、一番会いたくない相手だ。
彩は、俺の腫れた顔を見て
「ハハッ酷い顔」
「うるさい」
今は、そっとしておいてほしかった。
「ケンカ、弱いくせに自分からふっかけてくのよね〜」
「もう高校生なんだから、やめなよ」
八つ当たりだって分かってる。でも、凄くムカついた。ここは堪える所だって、分かる。でも、できなかった。
「うるせぇ!お前に何が分かんだよ!もうほっとけよ。」
彩の顔が、みるみる青ざめていく。そんな彩に俺は、最低の言葉を言おうとしてる。
そして……
「お前の顔なんて見たくないんだよ!」
言ってしまった。
「ごめんね。もう、私行くね。」
泣いていた。最低だな……
今さら後悔しても遅かった。
俺は、その日から学校に行くのをやめた。
今日もこの場所に来た。いつもどおり、なにも変わらない。
そう思いたかった。俺の目の前には、不自然に置かれた段ボール箱。昨日までは、こんなものなかった。それに箱のなかからなんか、鳴き声が聞こえる。
俺は、おそるおそる箱をあけてみた。するとなかには、今にも死にそうなほど衰弱した、子猫がはいっていた。
俺は、すぐに病院に連れてこうと、手を伸ばした。しかし、子猫は俺に噛みつき威嚇してきた。
(あの時の俺も、こんな感じだったのかな)
彩と、最後にあった日の事を思い出す。あれから彩とは、一度もあってない。
(会いたいなぁ)
つい、そう思ってしまう。でも、俺からは会えない。
「よしっ」
俺は子猫を介護することにした。子猫は、少しずつだったが、元気になっていった。
前までは、ただなんとなく、神社に来ていたけど今は、子猫に会うために来ている。
「にゃ〜」
子猫は、俺が来たことに気付くと、こっちによってくる。
「そういや、お前の名前、決めてなかったな」
これまで、お前とか猫とかで読んでいて、これと言って決めてなかった。
「そうだな、お前は瞳が青いからブルーな」
「にゃ〜」
ブルーは、気に入ったようだった。
それからというもの、俺はいつもブルーと一緒だった。でも、俺は気づいていた。いつかはブルーと離れないと。俺がいなくても、ブルーが生きていけるように。
そして、彩に謝らないといけない事も。
今日も、ブルーに会いに神社に来た。しかし、ブルーは来ない。
(どこいったんだ?)
「散歩かなぁ」
気になったので、とりあえず近くを捜してみることにした。
しばらくして、ブルーは見つかった。
「ほら、ブルーおいで!」
ブルーは俺から逃げるように、近くの公園に走っていった。
「あっ」
そこには、彩がいた。
「圭ちゃん、久しぶり。この猫、圭ちゃん家の?」
「いや、俺が神社で育ててんだ」
彩は、あの日の事がなかったように、いつもどおりだった。
「圭ちゃん、私ね考えたんだ。圭ちゃんがね、私の事嫌いになったのなら、私は圭ちゃんの前から消えるから。だから、学校に来てよ。」
それは、予想にしてなかった言葉だった。誰が誰を嫌いだって?俺が彩を?そんなことあるもんか!
彩は泣きながら、俺の答えを待っている。俺が苦しんでいたように、彩も苦しんでいたのか。
そう思うと、自然に言葉がでた。
「彩、可愛いくなったね」
「えっ」
「俺はね、彩が好きなんだ。どんどん綺麗に、可愛いくなっていく彩に、どう接していいか分からなくなる」
「俺は、嫌、男は汚くて醜いものだから」
あの日の男子の言葉がよみがえる。
「俺が触れてしまうと、彩が汚れてしまう」
「アハハッ」
俺が真剣にそんなことを言うと、彩はいきなり笑いだした。
「圭ちゃんは、そんなことを思っていたんだね。ごめんね、気づいてあげられなくて。自分に笑っちゃうよ」
彩は俺に近づくと、吐息のかかる距離まで顔を近づけてきた。
「あっ彩!」
俺は思わず顔を後ろにひいた。
「圭ちゃん、女の子が、うぅん人間が怖い?」
彩にはわかるんだな。そう、俺は人間が怖い。なにを考えてるか分からない。
「私はね、圭ちゃんが汚いなんて思わないよ。私がどう思ってるかなんて、圭ちゃんが決めないでよ」
「世界中の人が、圭ちゃんを汚いと思っても、私だけはそうは思わない」
彩のその言葉が、胸に響いた。
「世界中の人が、圭ちゃんの敵になっても、私は圭ちゃんの側で圭ちゃんを支えるから。私は、怖いことなんてしない。近づいたからって圭ちゃんを突き放さないから」
そう言うと彩は、目を閉じた。俺は、そっと彩に口づけをした。
「にゃ〜」
ブルーが俺達を祝福するかのように、鳴いた。そして、どこかに去っていった。
「彩…」
「なに?」
「ありがとう。ごめんな」
俺は、こんなにも思ってくれる女の子を失おうとしていたんだ。
ブルーはもしかしたら、神様だったのかも知れない。堕ちていく俺をみかねて、最後のチャンスをくれたのかも。
「彩、俺さ、学校に行くよ」
「ほんとに!」
まるで自分の事のように喜んでくれる。
「圭ちゃん、さぁ帰ろ」
「そうだね」
これからは、前向きに生きていこう。俺のためにも、そして、彩のためにも。
そんな二人の様子を、ブルーは穏やかな様子で見つめていた。