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 拳銃を構えた気配を感じる。

 もう一つ隠し持っていたのだろう。それは、何となくすぐに見当が付いていたことだ。拳銃でなければ小型のナイフか何か。確実に仕留める為には何かを隠し持っていると思っていた。

 けれど敢えて探す行動を取らなかったのは、必要ないと判断したからだ。

「甘くなったんじゃないですか、ウォールナットさん。私が、あんな簡単に諦めるとでも思ったんですか?」

「……お前には撃てない」

「撃てます」

「いいや、撃てない。撃ったところで、俺には当てられない」

「勝手なことを言うな!」

「なら、撃ってみろよ」

 エーリは振り返る。

 自分に向けられている銃口は目に見えて分かる程に震えていた。その状況で撃ったところでまともに当たる訳がない。そんなのを理解しないロハではなかった。

 息を荒くして睨み付けるロハはやがて、力無くその両手を下ろした。

 力無い彼の口元には小さく笑みが浮かんだ。

「あなたはいつもそうだ。いつも、そう何もかも知ったような瞳で私を見る。私はいつも、貴方には敵わない」

「そんなことはない」

「貴方が断言したことで違ったことなんて殆ど無かった。だから、貴方さえお嬢様の側にいて、真実を告げて下されば、何もかも変わっていたはずなんだ」

「……俺は神様じゃねーよ」

 ロハは自嘲するように笑った。

「神だったら、どんなに良かったでしょうか。貴方が神なら、私は迷わず貴方を殺せたというのに」

 エーリは彼を見る。

 他の人間を平気で殺してきた男だ。別に今更人を殺すことに怯えた訳ではない。ただエーリの事は殺せない。それは確信できた。

 彼は拳銃を持ったままの手で顔を覆った。

「……何故、私は貴方を殺せないんでしょうか。憎んでいるはずなのに、恨んでいるはずなのに、それなのに、私は貴方を殺すことを躊躇っている」

「……」

 彼は少し覆った手を外す。

 泣いていると思っていたが、彼は泣いてはいなかった。行き場所を失ってしまったかのような瞳が空中を彷徨い、エーリを捕らえていた。

「自分で考えろ、あなたは組織にいた頃から再三私にそう言いました。けれど私は考えることを怠り、お嬢様を失ってしまった。もう、生きていられない、そう思ったのに、貴方の言葉が幾度と無く脳裏を巡り死ねませんでした。私はそれを……貴方を殺せという意味だと思っていました。使命だと思っていたんです」

「……過去形だな」

「今は、分からなくなりました。……貴方に会いたかっただけかもしれません」

「男に言われても色気がないな」

 二本目の煙草は携帯灰皿で揉み消した。

 先刻自分の落とした煙草を拾い上げ、それも灰皿の中へと押し込む。

 その様子をロハの瞳がじっと見つめていた。

「……一人は寂しいんだよ」

「どういう……意味ですか?」

「俺は、エドがいるのが当たり前だった。いつか帰ってくる事も知っていたから、一人でいることに寂しさを感じることも無かった。けど、一人は寂しい。あいつが死んで、初めて思い知らされたんだ」

 自分に言われたと思ったのか、彼は首を振った。

「私は……一人じゃありません。まだ、生き残った人間もいます」

「でもお前は孤独だよ。中枢で生き残ったのはお前くらいだ。だから皆、お前にリーダーであることを望む。誰も対等ではない。お前は誰かに背を任せることすら出来ない」

 彼は目を伏せた。

「それは、私が貴方に会いたかった理由ですか?」

「それはお前自身の感情だよ」

「………貴方は」

「ん?」

「今は孤独ではないのですか?」

 エーリは薄く笑う。

 人は一人で生まれ一人で死ぬ。寂しさを感じていないとしても人は常に孤独だ。

 けれど、少なくとも「帰りたい場所」がある。

 捨ててしまうにはあまりにも大きすぎる場所。今までは「エド」だけだった。エーリの帰るべき場所はエドだけであり、そしてそれを失ったエーリは親友との約束に縛られて何とかその場に留まっていただけに過ぎない。約束の期限が過ぎてあの場所を捨てた後のエーリはどこかに長く居ることは無かった。

 時に名前を変え、髪の色を変え、修復以外の仕事をし生きてきた。今の結社に入ったのも少しの興味からで、またいつか消えてしまおうと思ったのだ。

 けれど、いつの間にかあの場所はエーリの帰る場所になっている。

 失いたくないのだ。もう二度と。

「お前の挑発に乗って、わざわざ会いに来たんだ。分かるだろう」

「……守るためですか?」

「いや、後悔しない為だ」

 失って後悔しないために、自分の出来る最大のことをする。守るというのは後悔しないための一つに過ぎない。

 それがエーリの選択。

「……ない、訳ですね」

「何だって?」

「撃てる訳が無いんですね。覚悟が違いすぎました」

 遠くから誰かが近づいてくる気配がある。おそらく警官がやってくるだろう。ここは行き止まりになっている。強行突破する以外の道は、死と、多分もう一つしかない。

 ロハはぎこちない笑みをエーリに向けた。

「行って下さい。貴方の事だから逃走経路は確保しているんでしょう?」

「ああ。……お前はどうする?」

 ロハは立ち上がり銃をいつでも撃てるように構える。

「私は私の道を。……ここを切り抜けたら何か見えるかもしれません」

「……お前、馬鹿だな」

 感慨深げに言ったエーリの言葉に、振り向いたロハは笑って見せた。それは今までに内ほど清々しい表情だった。

「そうみたいです。………いずれまた」

 お会いしましょう。

 彼はそう呟くように言った。

 エーリは答えの代わりに少し笑う。

 彼には何も言わず、そこにあった窓を押して開ける。ここは普通の民家だが、住人は外出中であり、玄関から出たとしても人と顔を合わすリスクが少ない家だ。ここから出て東側に向かえば「逃がし屋」と接触出来るようになっている。

 民家の中に迷わず入り、窓を閉める。

 エーリが民家から外に出た時、向こう側から発砲音が響いた。どちらが撃ったのか、誰が撃たれたのかは確認する必要もない。興味もない。

 彼は確信していた。この日を境に鷹の噂は聞かなくなるだろうと。


 結果がどちらだったとしても。


 銃声にざわめきだした人混みをエーリは歩いていく。

 早く帰ろう。



 あの場所に。



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