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残酷な夜

街の通りは、昼下がりの喧騒であふれていた。

屋台の匂い、行き交う人々の声、遠くの鐘の音。


「いやー……相変わらず異世界の街、めっちゃ活気あるなぁ。この中世ヨーロッパ風石レンガ造りの建物がいい味出してるよなー、」

イオリはご機嫌で串焼きを頬張る。

「中世ヨーロッパ、って何かしら」(セルネア)

「あ、いやこっちの話」

「イオリって、時々変なことを言うわよね。」

セルネアは串焼きを頬張るイオリを見つめて言った。

「そーかな、まだ俺は異世界初心者ですからね。」

イオリは呑気に呟く。


シュリン「イオリ様、油断禁物。ここは人間の世界だ。何が起きるか分からない。」

セルネア「そうよ。あんたが目立つとすぐ“魔族扱い”されるわ。」


「俺は人間だ。あと人間が人間の街に来て、何が悪いんだよ…」


と、その時。


「……う、うぇぇぇぇん!」


幼い泣き声が聞こえてきた。

道端で、しくしく泣いている小さな男の子の姿があった。


「おいおい、まさかテンプレイベントか?」

イオリは怖がらせないようにしゃがみこむ。


「どした、迷子か?」

「……ままが、いないの……」


「まま?」

「髪がオレンジで……白い服を着てて……ママを置いてここまで走ってたんだ。それで、気づいたらままがいなくなってて。」

泣きながら説明する男の子。

イオリはうんうんとうなずいた。

「なるほど、オレンジ髪の美人ママを探せばいいんだな。」

「えっ、お兄さんが探してくれるの?」

「当たり前だ!俺は子供と女の子には優しいんで。」

イオリが男の子に向けて胸を張る。


セルネア「母親が美人とはその子言ってないわよ。」

「いや、異世界系の母親ってだいたい包容力がある美人補正ってあるじゃん?」

イオリは当たり前のことのように言ってのけた。

「理屈になってないわ。」

セルネアは呆れて、ため息をつく。



イオリシュリンを方へ振り向き、手を合わせる

「頼んだ、シュリン! 母親を探してくれ!」


「任せろ!」


シュリンは軽く地を蹴ると、ひらりと建物の屋根へ。上から母親を見つけようという考えだ。屋根から屋根へ柔らかいステップで跳んでいく。

しかし、その光景に街の人々が思わず息を呑む。


「おい、あのローブの女、めっちゃ身軽じゃね?」

「忍者がいるのか……?」



街の上を跳び回り、辺りを探したシュリンは、

数分と経たずに戻ってきた。


「見つけた。オレンジ髪の女だ。市場の方で必死に探していた様子だった。」

「はや! 探しに行って、まだそんな時間たっていないのに。」

「イオリ様の頼みとあらば、どこへでも飛んでいく」


「ナイス! さすがオーク界のスプリンター!」

「スプリンター?」

「気にしなくていい!」



イオリは男の子の手を引いて市場へ走る。

「おかーさん!!」


母親がこちらを振り向いた。

そして次の瞬間、駆け寄って抱きしめる。


「無事だったのね……!」


男の子の顔がぱっと明るくなる。


イオリは親子の再開を見てほっと息をついた。

「よかった、よかった……」


男の子は大きな声で「ありがとう!お兄さん!」と

感謝をする。それにイオリも笑顔で「おう!」と返す。

セルネアとシュリンもその温かい様子に笑みを浮かべていた。


しかし、


その母親の顔をまじまじと見ていたイオリは――


「……美人だ……」


思わずぽつり。

肩までのオレンジ髪、優しげな瞳。

穏やかで、どこか懐かしさを感じさせる笑顔。


セルネアが即座に眉をひそめた。

「……ねぇ、いま“美人”って言った?」

「え? いや……気のせいじゃ?」

「ふーん。じゃあ、あの子を助けた理由、

 “困ってたから”じゃなくて“美人の母親見たかったから”?」

「ち、ちがうって! 純粋な善意だよ!」

「純粋ねぇ……」

「やれやれ……」とシュリンも呆れ顔。


オレンジ髪の母親がイオリに向けてお辞儀をする。

「この子が迷惑をかけてすいません、助けていただいて本当にありがとうございます。」

「い、いや、当たり前ですよ! 俺は困っている人がいたら助けたくなる性分なんで。」

「あなたさっき、“子供と女の子”には優しいって言ってたじゃない。」(セルネア)

「そ、そんなこと言ってないぞ!」

イオリは冷や汗をかきながら弁明をする。


一連の様子を見てていた母親とその子供は困ったように笑い、その場は一瞬にして和やかな空気に包まれた。



だが――その様子を、遠くから見つめる不審な影があった。


「……あれが例の“人型の魔物”か?」

「確かに報告と似ているな。ずいぶんと人に擬態するのが上手いというか、本当に魔族か……? まぁいずれにせよ怪しい。」

「これは、何にせよ尋問コースだな。」


鎧の擦れる音。

王国兵士団の三人が、じっとイオリを見ていた。



しばらくして。

イオリたちが市場を後にしようとしたところで、

兵士たちが声をかけてきた。


「そこの君、少し時間をもらえるかな。」


「え? 俺?」

「最近、この街で魔物を使役している者が目撃されているという噂があってね。少し話を聞かせてもらおう。」


「いやいや、俺そういうのじゃ――」


両脇を固められ、路地裏へ。

「おい、ちょっと! まぁ、シュリンとセルネアはそこで少し待っといてくれ、すぐ終わる!」



狭い裏通り。

兵士たちが真剣な目でイオリを見つめる。


「名は?」

「雨月イオリ、普通の旅人です。特技は優しさです…」

「ふざけるな。お前のような見た目をした者が魔物と同行していると報告があった。それに……

さっきいた女二人も妙に怪しい気配を感じた。」


「いやそれは誤解で――」


そのとき。


服の中から、むにゅっと柔らかい何かが出てくる


「ぷるる……?」


「うわぁぁぁぁ!? お前今出てくんじゃねぇ!スライム!!」


スライムはイオリの服の中にじっと隠れていたが、つい、今の状況に興味が湧いてしまい

服の外に出てきてしまった。


それを見た兵士たちの目がギラリと光る。


「魔物……! やはり貴様か!」

「お前ら、包囲しろ!」


「ちがうんだってば!! この子はペット枠というか…癒し枠というか…!」

「モンスターにペットもクソもあるか!」



「イオリ!」

「た、たすけてぇ〜!」


路地の入口に、セルネアとシュリンが待っているのが見えた。イオリはそこへ一目散に逃げる。


「数は三人……どうする?」(シュリン)

「殺せば早いわね。」(セルネア)


「まてまてまて!!!」

イオリが走りながら両手を振る。

「殺すのは絶対にノーで!!」

「しかし……」

「いいから逃げるぞ!!」


イオリはスライムを抱えて全力ダッシュ。

シュリンがため息をつき、セルネアが苦笑する。


「ほんと、つくづく他人に甘い男ね。」

「たしかにな。だが……だからこそ、守りたくなる。」


彼らの後ろで、兵士団の怒号が響く。


「待てぇぇぇぇ!!!」

「に、にげろぉぉぉぉ!!!」


イオリ一行、逃走中。

その姿を見た市民たちは、ざわめきながらつぶやいた。


「……何の騒ぎだ?」

「盗賊でもいたのか…!?」


街の人々は逃げるイオリ達を見て、不審な気持ちを抱いていた。



無邪気な善意ひとつで、

彼はまた一歩、“魔王”と呼ばれる運命に近づいていく。





しばらくして、街に情けない悲鳴が響き渡る。

イオリ一行が兵士団から逃げている最中であった。

「ま、待ってぇぇぇ!!!」

イオリは先頭を走るセルネアとシュリンに向けて必死に叫んでいた。後ろからは兵士たちの怒号が飛んでいる。

セルネア「ちょっと、遅すぎるわ……イオリ。」

シュリン「イオリ様、もう限界なのか?」

あまりのイオリの逃げ足の遅さに、二人は呆れる。

「俺は小中高と体育の成績は2だったんだよ!……なめんじゃねぇ!!」


そんな様子を見かねたシュリンが、ため息をつきながらイオリに手を伸ばす。

「仕方ない……失礼する!」


次の瞬間、イオリの身体がふわりと宙に浮いた。

「うわっ!? ちょ、ちょっと!? 抱き上げるとか聞いてねぇ!」

「走れないなら、運ぶしかないでしょう!」


イオリを抱いたシュリンの体が風を切る。その中で

屋根から屋根へ飛び移るたび、イオリの身体が密着するのをシュリンは感じていた。

首筋に当たる柔らかな肌の感触、衣の香り、心臓の音。


イオリはあまりにもはやいスピードに絶叫し、子供のようにシュリンを強く抱きしめた。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!シュリン、ちょっとタンマ……!」

「イオリ様、それ以上は……♡」


一方のシュリンは、冷静を装いながらも、

胸の奥で心臓がはねるのを抑えられなかった。


(……イオリ様の体が、私の腕の中で……そして、私を強く抱きしめている……可愛い、なんて可愛いんだ。

あなたの声も、息も、全部が……)


自分の顔が蕩けていくのを感じる。

しかし、そのような欲に塗れた表情は隠しながら視線を前に負ける。

「安全な場所に着くまで、我慢です……私が勝手に楽しんでいるわけでは……!」と

小声で自分に言い訳した。


イオリはそんなシュリンの様子に気づかずに

騒ぎ続けている。

「おいっ、そんなスピード出すなってぇ!」

「イオリ様、少しお静かに……」


そう言いながらも、

シュリンの顔には、ほんの一瞬だけ――誰にも見せないであろう甘ったるい表情が浮かんでいた。



数分後。追手の声が遠ざかり、ようやく屋根から地上へ。

「はぁぁ……生きた心地しねぇ……」

「なんとか、撒けたようね。」


気づけば夕暮れの街の外れ。人通りも少なく、あたりは少し寂れているのを感じた。

そして、ふと目に入った木造の宿屋に、イオリが声を上げた。


「お、宿っぽいとこあんじゃん! “風来屋”……ずいぶん古そうな宿……でも、こういう雰囲気は嫌いじゃない!」

「それにしても、ボロいな……」(シュリン)

「屋根があるだけまだマシだわ……」(セルネア)

シュリンとセルネアは少し不満げな顔を見せた。



扉を開けると、年老いた女将が眠そうに顔を上げる。

「一泊かい? 三人なら銀貨一枚だよ。」

イオリ「安っ!」

シュリン「今夜はここに決定だな。」

「やっぱり安いってのは、なんでも魅力的だな。」

セルネア「ボロいんだから、その程度で収まってくれないと困るわ。」

「あんまりそういうこと言うな!」

セルネアの失礼な発言にイオリは注意する。


しかし、セルネアはため息をついた。

「あなたね……服も宿泊代も誰のお金で払っているか分かる? お金は無限にある訳じゃないのよ。」

「いや、人様から奪ったお金だろ!」

思わず、イオリはツッコミを入れてしまう。


その会話を聞いていた年老いた女将は

「若いねぇ……」と微笑みながら呟いていた。



そうしてイオリたちは部屋に案内されたが、

中は狭く、布団が二つに壁に小さなランプがひとつ。あまりいい部屋だとは言えなかった。

「……三人と二匹でこれか。」

「寝心地が悪そうだわ……」(セルネア)


「イオリ様は床で寝られますか?」(シュリン)

「いやいや、せめて布団の端くらいは分けて……」

「では、一緒に……寝るか?」

「そんな母親みたいなこと言わないで。俺はもう高校生なんだから。」恥ずかそうに呟く。


すると、スライムがシャツの裾から顔を出す。

「ぷるる♪」

「あ、そういえば!! さっきはお前のせいで大騒ぎになったんだからな!」

「ぷる?」

「可愛くとぼけるな!」

つい怒ってしまったイオリだが、スライムの可愛さには逆うことができず、怒りもすぐに治まってしまう。


セルネアが呆れながら笑い、シュリンは剣を壁に立てて、やれやれとため息をついた。


いつのまにか、イオリの服の中から脱出していたプラントは部屋の隅の花瓶に根を伸ばし、まるで風呂に浸かるように葉を揺らした。

「なんかそれ……気持ちよさそうだな…」

「ぷりゅる〜♪」プラントは気持ちよさそうに応えた。

そんなプラントを見たイオリも横になってくつろぎたいと思い、そのまま布団に倒れ込んだ。


「今日は……マジで疲れたな……」

「イオリ様は安心して寝ていてくれ。」

シュリンは眠たそうな顔をしているイオリの顔をまじまじと見つめながら言う」

「うん…お前らも適当に寝てていいぞ。俺はもう寝るからな……」

その言葉を最後に、イオリの意識は途切れ、

すぐに寝息が聞こえてきた。


今夜に起こる出来事を知らずに。




夜。

街の灯が落ち、静寂が街を包んでいた。

シュリンとセルネアはそっと宿を出る。


「もちろん、今から私たちで“あいつら”を探しに行くのよね。」(セルネア)

「当たり前だ……イオリ様に迫る脅威は排除する。」(シュリン)


昼頃に兵士団から逃げていたところを戻り、注意深く探していた。そして、しばらく探していると

街の酒場から三人の酔っぱらった兵士達が出てくるのが見えた。彼らは笑いながらフラフラと道通りに歩いている。


「ははっ! 今日のあのガキ、俺たちを見て腰抜かしてたな!」

「ずいぶんとすばしっこいやつらだったがな……まぁ、明日には王都にそいつの首を送って俺たちは昇進だ!」

「へへっ、前みたいに“手柄”作るか?」

「あー、関係のない商人を殺したときか? それとも、あのべっぴんな姉ちゃんの時か? 

ずいぶんと俺たちも悪りぃことをしてきたなぁ……ひっひっひっ」

「俺たちには一応、兵士の肩書きがあることをあんまり忘れんなよー。」

三人は市民を守る立場にも関わらず、たくさんの悪行を積み重ねていたようだった。


その下衆な会話を密かに聞いていたセルネアとシュリンの表情が淡く陰る。

「やはり……醜いわね。」

「人間も大概なものだな。」(シュリン)


男たちは千鳥足で通りを歩く。

月明かりの下を、笑い声が響いていた。

二人は静かにその背を追う。


「イオリ様は“殺すな”と仰ったが……」

「ええ。でも、こいつらはゴミクズ同然よ。イオリの脅威となる前に殺さないといけないわ。」


三人の兵士が細い路地に入った瞬間、二つの悍ましい影が滑り込む。


「おい誰だ? 俺たちをつけてやがるのは……」

「ん? 誰かいんのか……?」

振り返った兵士の視界に、紅い光が灯る。

「こんばんわ、兵士さん達。今夜は月が綺麗じゃない?♡」

次の瞬間、空気が凍りついた。



声を上げる暇もなく、刃が体を突き刺す音が聞こえ、血飛沫が空中に飛び散る。

三人の断末魔が細い路地に響いた。


ひとり、またひとり。

金属が落ち、何かが壁を叩く音だけが残った。




やがて事が終わったかのように風が吹いた。

月が雲間からのぞくと、路地は不気味なほどに静かだった。

そこは血の匂いで充満し、散らばった血肉の破片や、潰れた臓器が石畳を赤く染めている。

その惨劇を目にしたものは誰もいない。

けれど、夜はそれを静かに見ていた。



セルネアは頬についた血の飛沫を指で拭きながら冷たい声で呟く。

「やっぱり、人間って退屈な生き物ね。

一人を除いて……」

その仕草は、埃を払うように自然だった。


シュリンが剣を振って血を払う。

「……あのような者達には、生きる価値などない。」


二人は踵を返し、何事もなかったようにイオリのいる宿に向かって淡々と歩き出した。



明け方。

宿の中は、まだ薄暗い。

スライムがイオリの胸の上でぷるぷる震え、プラントが朝露を光らせる。


何も知らないイオリは寝返りを打ち、幸せそうに寝言を呟いていた。

「…串焼き、美味かったな……」



そんなイオリをセルネアとシュリンは舐めるような視線でじっとりと見つめていた。



(To be continued…)

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