初めてのダンジョン
ダンジョンの奥に進むと、さっきよりもさらに湿っていて、暗くなってゆく
天井からは水滴がポタポタ落ち、足元では色とりどりのキノコがぼんやりと光っている。
「……おお、雰囲気出てきたな。これぞ冒険!」
イオリは胸を高鳴らせて進んでいった。
が、前方の暗がりから、ずしん、と重い足音。
「……お?」
現れたのは、全身が岩でできた体の魔物――岩魔獣ガンモン。
小学生低学年ぐらいのサイズだ。
さらに、背中に毒針を持つサソリのようなモンスターも這い出してくる。
「うわ、出た! ようやく戦闘イベントか!?」
「イオリ様、下がってください!」(シュリン)
「いや、任せて! これは俺が――」
その時。
ガンモンがごろん、と丸まってイオリの足元に転がり、
サソリも尻尾を下げてすり寄ってきた。
「……おい、嘘だろ。お前らも?」
「ぷるる♪」
「ギギッガッ♡」
「シュ〜♡」
「またこれかよ。」
完全にいつもの“魅了タイム”である。
イオリが頭を抱えていると、後ろのセルネアがくすっと笑った。
「あなた、本当に“愛され体質”ね。」
「モンスターに懐かれても嬉しくねぇ!!!」
⸻
ダンジョンを進むと、開けた空間に出た。
前方で3人の冒険者が、複数のゴブリンと激しく戦っている。
「おっ、普通の人間だ!ようやく仲間に出会えた気がする!」
イオリは駆けだした。
「よし、ここは助けて“ありがとう勇者様!”ってパターンだな!」
しかし、彼らが振り向いた瞬間――
「なっ……な、なんだあれは!?」
「魔物を従えてやがるぞ!」
「人型の魔族か!? かなり上級に位置するぞ!!」
「は? いやいや待って!? 俺、人間!!」
イオリが慌てて手を振るが、冒険者たちは耳を傾けず、剣を構え、突っ込んでくる。
「イオリッ!」
セルネアが素早く翼を広げ、彼の前に飛び出した。
刃がぶつかり、火花が散る。
「下がって、イオリ! こいつら、殺る気よ!」
「ちょ、ちょっと!? 俺助けに来ただけなんだけど!?」
その隣でシュリンが吠えた。
「イオリ様に手を上げるなぁぁぁ!!!」
彼女の拳が大地を叩き、衝撃波が走る。
他のオークたちも一斉に突撃。
「待て、やめろって! やりすぎるな!」
イオリの叫びはシュリン達に届かない。
冒険者のひとりが隙を見てイオリに斬りかかる。
その瞬間――
「ぷるるっ!!」
スライムが飛び出して盾になる。
刃がぶにゅっとめり込み、弾かれた。
コウモリが冒険者の腕を噛み、
ガンモンが転がって体当たり、
バッタがジャンプして顔面キック。
最後にサソリが後ろから――ぷすっと。
「ぐあっ!? 足が……!」
完全に連携プレー。
イオリは一瞬感心してしまった。
「すげぇ……みんな、チームワーク完璧じゃん……いや褒めてる場合じゃない!!!」
慌てて駆け寄る。
「大丈夫か!? 足が青くなってるぞ!」
「……くっ、やっぱり……魔族の仲間か……!」
「違うって! 俺、人間だってば!!」
必死に説明するイオリだが、3人の目には信じる気配はない。
そのとき、ふと周囲を見渡したイオリは息を呑んだ。
さっきまで冒険者たちと戦っていたゴブリンたちの姿が、
――どこにもない。
逃げたのか、恐れをなして消えたのか。
残ったのは、モンスターたちの包囲と、呆然と立つ3人の冒険者だけだった。
「……俺ら、完全に悪役じゃね?」
「いまさら気づいたの?」(セルネア)
セルネアがため息をつく。
「もういいわ、イオリ。これ以上話しても無駄。」
「無駄って、そんな……!」
「諦めなさい。あなたは“彼らの敵”にしか見えないの。」
そう言って、セルネアが手をかざす。
「――スリープ・ドリーム。」
柔らかな紫の光が冒険者たちを包み、3人は静かに倒れ込んだ。
イオリ「……助かった、けど……」
セルネア「ふふ、少しは私を頼ってくれてもいいのに…」
イオリ「え、なんかいった?」
「なっ……別に!」
その頬がかすかに赤く染まった。
だが、事態は終わっていない。
サソリに刺された冒険者のひとりの足が青黒くなっている。
「やばい、毒が回ってる……!」
イオリは叫ぶ。
「誰か! 治せるやついないか!?」
その声に反応するように、
壁際の苔がもぞりと動いた。
「……え?」
そこから、ツルのような腕を持つ植物の魔物が、そっと現れた。
花のような頭が冒険者の足に触れ、柔らかな緑光が広がる。
毒々しい色がゆっくりと薄れていった。
「……治った、のか?」
セルネアが驚いた声を漏らす。
イオリは安堵の息をつき、
その場にどさっと座り込んだ。
「はぁ……まじで今日、イベント多すぎだろ……」
「でも、みんなあなたのために動いていたわ。」(セルネア)
「まぁ……そうだな。」
イオリは天井の岩を見上げて、苦笑した。
いつのまにか、俺の周りは“魔物の仲間”ばかりになっていた。
「……俺、これからどうなんの?」
誰にも届かない呟きが、湿った空気に溶けていった。
⸻
洞窟から少し離れた岩場。
月明かりが差し込み、焚き火の火が静かに揺れていた。
「……今日は、ここで野営だな。」
イオリがそう言うと、
周囲のモンスターたちがざわついた。
その中心で、シュリンが一歩前に出る。
「お前ら、聞いたか。」
低く通る声。
オークたちが背筋を伸ばす。
「イオリ様が腹を空かせている。」
「――食料調達に行くぞ!」
「おおっ!!」
威勢のいい返事と共に、
数体のオークが一斉に散っていく。
イオリ「ちょ、ちょっと待て!?まだ何も言ってないだけど…てか、命令口調すごくない!?」
シュリン「統率は大事だ。群れが乱れれば命取りになる。」
セルネア「ふふ、さすが元リーダー格ね。」
シュリン「……当然だ。」
だが、シュリンはイオリの方を見ると、
少しだけ声の調子が変わった。
「イオリ様は、そこで休んでいてくれ。」
他のオーク「火の番は我らがやる。」
イオリ「……ありがとう。」
「礼を言われるほどのことではない。」
しかし、シュリンの耳が少し赤かった。
⸻
しばらくして、
オークたちが食材を抱えて小走りに戻ってきた。
みずみずしさのある根菜、
洞窟内で採れた香草、
焼けば香ばしそうな白身肉。
「……お前ら、ほんとに色々取ってくるな。」
セルネアが食材を見て頷く。
「全部、毒性はないわ。
ちゃんと“人間でも”食べられるものを選んでいるわね。」
「“人間でも”がちょっと引っかかるんだけど……」
シュリンがどこからか小さい鍋を取り出し、食材を中に入れて構え、豪快に調理を始める。
「火を通せ。イオリ様の腹を壊したら、全員まとめてぶん殴る。」
オークたち「ひっ……!」
イオリ「俺の胃袋が、オーク達の生死を握っているのか……」
やがて、湯気の立った野菜と白身肉がとろとろに溶けた美味しそうなスープが完成した。
一口飲んだイオリは、驚いて目を見開く。
「……普通に、うまい。」
「ほんとに、普通に。」
シュリン「そうか。」
短く、満足そうに頷く。
セルネアが横から覗き込む。
「口に合ったならよかったわ。あなたの食べているところ……無防備で可愛いわね。」
「そういうこと言うなって!」
⸻
食後、焚き火のそばで休んでいると、
イオリの膝に、ぴとっと何かが乗った。
「……ん?」
スライムだった。
「お前、いつの間に。」
「ぷるる……♪」
スライムはイオリに甘えるように鳴いた。
イオリはしばらく迷ってから、
そっと撫でる。
少しひんやりして、柔らかい。
「……まあ、今日くらいはいいか。」
セルネアがその様子を見て、目を細める。
「ふふ。少し、慣れてきたわね。」
「勘違いするなよ。ほんの少しだからな。」
シュリンがオーク達を一瞥し、低く言う。
「……イオリ様を怖がらせるな、距離を保て。失礼のないように。」
オークたち「は、はいっ!」
イオリ「俺、そこまで偉い人でもないんだけど……」
焚き火が静かに爆ぜる。
イオリは炎を見つめながら、小さく息を吐いた。
「……正直、問題だらけだけどさ。」
膝のスライムが、形を変えて応える。
「……今日くらいは、悪くない。」
ほんの少し。
ほんの少しだけ、愛着が芽生えた夜だった。
⸻
その夜、石造りの建物が並ぶ冒険者ギルドでは。
「――報告は以上です。」
受付カウンターの奥、
鋭い眼光をしたギルドマスターが腕を組む。
「人型の魔物が、
多数のモンスターを統率していた、か……」
隣では、鎧姿の幹部が口を開く。
「最近、各地で似たような噂が出ています。」
「森が静かすぎる、と。」
ギルドマスターは深く息を吐いた。
「王国にも知らせろ、国の存亡を揺るがす事態になりうる…我々も動かざるを得ない案件だ。」
その空気は、すでに“ただの噂”ではなかった。
冒険者ギルドでは、もうすでに
“洞窟に現れた人型の魔物”の情報が、
静かに共有され始めていた。
そしてそれは、後々世界の命運を大きく変えるものへとなってしまう。
イオリが知らないまま。
(To be continued…)




