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第6話:ダウ理論とトレンドの波に乗れ!


源一郎さんの「相場は戦場だ」という言葉と、フラッシュ・クラッシュの衝撃的な話は、俺の脳天をハンマーで殴られたかのような強烈なインパクトを残した。それ以来、デモトレードに取り組む俺の姿勢は、以前とは比べ物にならないほど慎重…というか、ビビリまくっていた。

「ええと、ここで買って、もし下がったら…損切りはここに入れて…」

仮想の資金だというのに、まるでなけなしの全財産を賭けるかのように、注文ボタンを押す指が震える。利益が出てもすぐに決済してしまい、いわゆる「チキン利食い」を連発。損失が出そうになると、今度は損切りラインに到達する前にビビッて決済してしまう「チキン損切り」。結果、コツコツと小さな損失を積み重ねる日々。

「田中君、君はいつから鶏になったんじゃ?」

そんな俺の姿を見て、源一郎さんが呆れたように、しかしどこか面白そうに声をかけてきた。

「うう…だって、風林寺さんがあんな怖いこと言うから…」

「馬鹿者。怖さを知ることは大事だが、それにおののいていては何もできん。戦場で震えているだけの兵士がどうなるか、わかるな?」

「…的の的、ですか?」

「的にもならんわ、栄養失調で倒れるのが関の山じゃ」

源一郎さんはそう言うと、いつものようにモニターの一つを指さした。そこには、相変わらず上下するUSD/JPYのチャートが表示されている。

「いいか、田中君。相場というものにはな、大きな『流れ』というものが存在する。その流れを読み解くための、古典的だが非常に重要な理論がある。それが『ダウ理論』じゃ」

「ダウ理論…?」

俺は首を傾げた。どこかで聞いたことがあるような、ないような…。

「あ!もしかして、アメリカの株の…ダウ平均のことですか!?あれを発明した人の理論とか!」

我ながら名推理!と胸を張る俺に、源一郎さんは盛大な溜息をついた。

「それは『ダウ・ジョーンズ工業株価平均』じゃ。チャールズ・ダウという人物が提唱したことには違いないが、ここで言うダウ理論は、もっと普遍的な市場分析の考え方じゃ。まあ、素人がよくやる勘違いではあるがな」

がっくりと肩を落とす俺。いつになったら名推理が炸裂する日が来るのだろうか。

「ダウ理論には6つの基本法則があるが、全部一度に覚えるのは大変じゃろう。まずは、この3つを頭に叩き込め」

源一郎さんはペンを取り、ノートに書き出した。

* 平均は全ての事象を織り込む。

* トレンドには3種類ある(主要トレンド、二次トレンド、小トレンド)。

* トレンドは明確な転換シグナルが発生するまでは継続する。

「まず一つ目。『平均は全ての事象を織り込む』。これはな、市場価格というものは、経済指標、金融政策、国際情勢、果ては市場参加者の心理まで、あらゆる情報を反映している、という考え方じゃ。だから、チャートの動きを分析することが重要になる」

「はぁ…全部入ってるんですか…」

あのギザギザの線に、そんな深遠な意味があったとは。

「二つ目。『トレンドには3種類ある』。大きな流れである『主要トレンド』、その中の調整である『二次トレンド』、そして日々の細かな動きである『小トレンド』じゃ。我々が見極めるべきは、まずこの主要トレンド。船がどちらの方向に進んでいるのかを知らずに、闇雲にオールを漕いでも座礁するだけじゃからのう」

「なるほど…」

「そして三つ目、これが肝心じゃ。『トレンドは明確な転換シグナルが発生するまでは継続する』。つまり、一度発生した上昇トレンドや下降トレンドは、そう簡単には終わらんということだ。だから、流れに逆らわず、トレンドに乗って取引する『順張り』が基本となる」

源一郎さんは、実際のチャート画面に、マウスで線を引いてみせた。安値と安値を結んだ右肩上がりの線と、高値と高値を結んだ右肩下がりの線だ。

「これが『トレンドライン』じゃ。上昇トレンドなら安値を結んだ線が下値を支える支持線サポートラインとなり、下降トレンドなら高値を結んだ線が上値を抑える抵抗線レジスタンスラインとなる。このラインに沿って価格が動いている間は、トレンド継続と見るわけじゃな」

「線を…引くんですか?」

「うむ。やってみるか?」

促されるまま、俺もチャートソフトの描画ツールを使って、見よう見まねで線を引いてみる。だが、これがなかなか難しい。どこを安値と見るのか、どこを高値と見るのか。引いてみたはいいものの、すぐに価格がラインを割ってしまい、「あれ?トレンド終わっちゃった?」と早合点することもしばしば。

「焦るな、田中君。最初はそんなもんじゃ。重要なのは、より多くの投資家が意識しているであろうポイントを見つけること。例えば、何度も価格が跳ね返されている水平線…これも立派なサポートラインやレジスタンスラインじゃ」

源一郎さんは、今度はチャートの特定の価格水準に、何本か水平線を引いてみせた。確かに、その水平線で価格が何度も止められているのが見て取れる。

「トレンドラインと水平線。この二つを意識するだけでも、チャートの見え方がだいぶ変わってくるはずじゃ。今までただのギザギザにしか見えなかったものが、意味のある道筋や壁に見えてくる」

その言葉通りだった。ダウ理論を頭に入れ、トレンドラインや水平線を意識してチャートを眺めると、今までとは全く違う景色が広がっていた。闇雲に上下しているように見えた価格の動きが、大きな流れの中で、サポートやレジスタンスに反応しながら動いているように見える。

「もしかして…ここを抜けたら、次はここまで動くかも…?」

そんな、おぼろげながらも自分なりの予測のようなものが、初めて頭に浮かんできた。

「そうだ、田中君。その調子じゃ。相場との対話は、まずそこから始まる」

源一郎さんは、満足そうに頷いた。

もちろん、すぐに勝てるようになるわけではない。引いたラインが全く機能しなかったり、ダマシの動きに翻弄されたりすることもしょっちゅうだ。それでも、俺の中で何かが確実に変わり始めていた。

FXという未知の世界の地図に、最初の道筋が引かれたような、そんな確かな手応えを感じていた。

「ダウ理論…トレンドライン…水平線…面白いじゃないか…!」

ノートに新しい知識を書き込みながら、俺は久しぶりに心の底からワクワクしている自分に気づいた。あの冴えなかった日常に、確かな光が差し込んできたような気がした。


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