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第20話:新たな刺客!システムトレーダー「ドクター・アルゴ」


「移動平均の翔、グループA首位通過!」「サイレントGの再来か!?」――俺、田中翔太の「FX Gladiators」でのまさかの快進撃は、ネットの片隅でちょっとした話題になっていた。星野ひかりちゃんからは「先輩、マジ神です!今度奢ってください!」と祝福の嵐が届き、クールな橘玲奈からも「…なかなかやるじゃない。トーナメントで待ってるわ」と、短いながらも闘志を感じるメッセージが送られてきた。桜井遥さんも「翔太君の努力が実を結んだのね、おめでとう!」と、優しい言葉をかけてくれた。

当の俺はといえば、達成感と同時に、周囲の過度な期待や「サイレントG」という一人歩きし始めた伝説の名前に、少しばかり戸惑いも感じていた。

「風林寺さん…俺、本当に大丈夫なんでしょうか…」

「ふん。天狗になるよりはマシじゃが、自信のなさすぎる将もまた、兵を不安にさせるものじゃぞ」

源一郎さんは、相変わらず多くを語らないが、その言葉の端々には、俺の成長を静かに見守る温かさがあった。

そして、「FX Gladiators」は次のステージ、ベスト32によるトーナメント戦へと駒を進めた。ここからは一対一の直接対決ではなく、指定された数日間の獲得pips数で競い、上位者が勝ち抜けていく形式だ。俺の最初の相手としてコールされたのは…なんとも不気味なハンドルネームだった。

『対戦相手:ドクター・アルゴ』

「ドクター…アルゴ?」

その名前を聞いた瞬間、大会チャットが一瞬ざわついたのを俺は見逃さなかった。

『うわ、出たよドクター・アルゴ…』

『あいつのトレード、マジで人間業じゃねえからな』

『感情が一切ない、冷酷な執行マシーンだぜ…』

ドクター・アルゴ。その正体は誰も知らなかった。プロフィール画像は真っ黒なシルエット。大会中、一度もチャットで発言したことがない。だが、そのトレード履歴は、他の参加者を震撼させるのに十分だった。予選、そしてグループリーグと、彼は常にトップクラスの成績を叩き出し、しかもその勝ち方は、まるで精密機械のように淡々としていた。一切の無駄がなく、感情の揺らぎも感じられない。噂によれば、彼は自作の自動売買プログラム(EA、エキスパート・アドバイザー)を駆使する、完全なシステムトレーダーだという。

「システムトレード…つまり、全部コンピューターがやってるってことですか?」

俺の問いに、源一郎さんは頷いた。

「うむ。あらかじめプログラムされた売買ロジックに従って、機械が自動で取引を行う。人間のような感情のブレがなく、24時間休まずにチャンスを狙えるのが強みじゃな。だが…」

源一郎さんはそこで言葉を区切り、意味ありげに俺を見た。

ドクター・アルゴとの戦いが始まった。期間は3日間。金曜日の午後、まさにその中間地点に差し掛かっていた。

俺は、師匠から授かった移動平均線とダウ理論を軸に、アベノミクス相場の円安トレンドに乗るべく、慎重にエントリーポイントを探る。2013年の春先、市場は一本調子の円安から、時折大きな調整を挟みつつも、じりじりと高値を更新していくような、少し神経質な展開を見せていた。

だが、ドクター・アルゴのトレードは、そんな市場の気まぐれなどお構いなしだった。

彼のトレードリプレイを見ると、人間では到底不可能なタイミングとスピードで、小さな利益を驚異的な回数積み重ねていく。数pips抜きの超短期売買を、まるで呼吸をするかのように繰り返しているのだ。時には、俺が「これは絶好の押し目買いのチャンス!」と判断するようなポイントで、アルゴは逆に売りを仕掛け、ほんのわずかな下落を捉えて利益を上げている。

「な…なんでそこで売るんだ!?セオリーと逆じゃないか!」

俺の裁量判断では、全く理解できない動き。だが、結果としてアルゴの口座残高は着実に増えていく。まるで、俺の思考パターンを先読みし、その裏をかくかのように。

ランキングでは、俺はじりじりと引き離され始めていた。

「くそっ…!人間の感情や直感が、この冷たい機械に通用しないってことなのか…!?」

焦りが募る。俺の得意なパターンでエントリーしても、アルゴのプログラムが作り出す微細なノイズのような値動きに翻弄され、損切りを繰り返してしまう。移動平均線が示す大きな流れよりも、目先のアルゴの不可解な動きに意識が囚われ、自分のリズムを見失いかけていた。

金曜日の午後、俺はモニターの前で完全に袋小路に迷い込んでいた。獲得pipsはマイナス。一方、ドクター・アルゴは淡々とプラスを積み上げている。その差は、もはや絶望的とさえ思えた。

「これが…システムトレードの力なのか…」

源一郎さんは、そんな俺の苦闘を黙って見ていたが、やがてポツリと言った。

「田中君、機械が相手だからといって、特別なことはない。相場は相場じゃ。そして、どんなシステムにも、必ずそれを作った人間の『思想』と『限界』が組み込まれておるもんじゃよ」

「限界…?」

「そうだ。完璧なプログラムなど存在せん。必ず、得意な相場と苦手な相場がある。その『アルゴリズムのクセ』を見抜くことができれば…あるいは、勝機が見えてくるかもしれんのう」

アルゴリズムのクセ。その言葉が、俺の頭の中でリフレインする。そうだ、ドクター・アルゴのトレードは、確かに人間離れしている。だが、それもまた、誰かが作ったルールに従っているに過ぎないのかもしれない。そのルールとは?そして、その弱点とは?

俺は、ランキングの数字を見るのをやめ、ドクター・アルゴの過去のトレード履歴を、食い入るように見つめ始めた。そこに、この見えない壁を打ち破るヒントが隠されているかもしれない。

残りあと1日半。絶体絶命の状況だが、俺の心には、まだ諦めの炎は灯っていなかった。


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