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第18話:師匠の秘密 ~移動平均線一本の「サイレントG」~


「FX Gladiators」本戦グループAの戦いは、残りあと2日。俺、田中翔太こと「移動平均の翔」のランキングは、相変わらず低空飛行を続けていた。橘玲奈の圧倒的な強さの前に、俺の心はすっかり萎縮し、得意とするはずの移動平均線とライントレードも、どこか自信なさげなエントリーと早すぎる損切りを繰り返すばかり。アベノミクス相場という大きな追い風が吹いているはずなのに、俺はその風に全く乗れていなかった。

(このままじゃ…風林寺さんに顔向けできない…)

焦りと自己嫌悪が、鉛のように俺の肩にのしかかる。何か、何か打開策はないのか…!

その夜、いつものように源一郎さんの仕事部屋で一人、チャートと格闘していた俺の背後から、静かな声がかかった。

「田中君、少し手を止めて、ワシのチャートを見てみるか」

振り返ると、源一郎さんが手招きをしていた。彼のメインモニターには、相変わらず数本の移動平均線とローソク足だけが表示された、極めてシンプルなチャート。しかし、そのシンプルさの中に、何か深遠なものが隠されているような気がしてならなかった。

「君は、移動平均線を『点』で見ようとしすぎているのかもしれんな」

「点、ですか…?」

「うむ。ゴールデンクロス、デッドクロス、あるいはラインへのタッチ。それらは確かに重要なサインじゃが、それだけでは相場の大きな文脈を読み解くことはできん。大切なのは、複数の期間の移動平均線が織りなす『流れ』と『秩序』を読み解くことじゃ」

源一郎さんは、自身のチャートに表示された3本の移動平均線(短期・中期・長期)を指さした。

「例えば、この3本の線が、まるで川の流れのように同じ方向を向き、綺麗に順番を保って並んでおる時…これを『パーフェクトオーダー』と呼ぶ。上昇トレンドなら上から短期・中期・長期、下降トレンドならその逆じゃ。これは、非常に強いトレンドが発生している明確なサインとなる」

確かに、源一郎さんのチャートでは、アベノミクス相場の初期において、3本の移動平均線が美しい右肩上がりのパーフェクトオーダーを形成し、価格はその流れに沿って力強く上昇していた。

「そして、このMAの流れと、君が学んだダウ理論…つまり、高値と安値の切り上げ・切り下げを照らし合わせるんじゃ。パーフェクトオーダーが発生し、かつ直近の高値を明確にブレイクした時、それは絶好の買い場となることが多い。逆に、パーフェクトオーダーが崩れ、安値を切り下げ始めたら、トレンド転換の危険信号じゃ」

源一郎さんの言葉は、まるで霧が晴れるように俺の頭に入ってきた。これまでバラバラだった知識が、一本の線で繋がったような感覚。多くのインジケーターを複雑に組み合わせるのではなく、数本の「意味のある線」が語る物語を、深く、そして多角的に読み解くことの重要性。

「多くの線を引いて森を見失うのではなく、数本の幹を見極め、その幹がどちらへ伸びようとしているのかを感じ取るんじゃよ」

「これだ…!これだったのか…!」

俺は自分のデモトレード画面に戻り、源一郎さんに教わった通りに複数期間の移動平均線を表示させ、ダウ理論と照らし合わせながら過去のチャートを検証し始めた。するとどうだろう。今まで見過ごしていたエントリーチャンスや、避けるべきだった危険な局面が、驚くほど明確に見えてきたのだ。特に、今まさに進行中のアベノミクス相場のような大きなトレンドでは、この手法が恐ろしいほどに機能しているように思えた。

翌日の取引。俺は、生まれ変わったような気持ちで相場に臨んだ。迷いはない。源一郎さんの教えを信じ、移動平均線が示す明確なサインを待つ。そして、アベノミクスによる円安の流れに乗り、パーフェクトオーダーを確認し、直近高値をブレイクしたタイミングで、自信を持ってドル円の買いポジションを持った。

結果は、これまでの俺では考えられないほどの大きな利益となった。もちろん、それだけでランキングが一気に逆転するわけではない。だが、俺の中で、何かが確実に変わった。

その日の夕方、バトルの共有チャットが妙にざわついているのに気づいた。

『おい、あの「移動平均の翔」って奴、今日の動きヤバくないか?』

『昨日までとは別人だな。何か掴んだのか?』

『つーか、あのMAの使い方…なんか見覚えあるんだよな…』

すると、古参らしきハンドルネームのトレーダーが、こんな書き込みをした。

『…まさかとは思うが、これは伝説の「サイレントG」の手法に似ている気がするんだが…』

「サイレントG…?」

俺は首を傾げた。なんだそりゃ、新しいガンダムか?

だが、その名前が出た途端、チャットの流れは一気に加速した。

『サイレントGだと!?マジかよ!』

『知ってるのか?昔、移動平均線一本で年間億単位を稼ぎ出したっていう、あの個人トレーダーか?』

『メディアにも一切顔を出さず、正体不明だったけど、そのトレードは神業って言われてたよな…』

『まさか、あの「移動平均の翔」が、サイレントGの弟子とか…?いやいや、そんな馬鹿な…』

俺は、何が何だか分からず、ただ呆然とチャットのログを眺めていた。そして、ふと隣で静かにお茶を飲んでいる源一郎さんに目をやった。

「あの…風林寺さん?サイレントGって、誰のことですか…?」

俺の問いに、源一郎さんは一瞬だけ動きを止め、湯呑みから顔を上げた。その表情は、いつものように穏やかだったが、瞳の奥には、何か計り知れないほど深い感情が揺らめいているように見えた。

「…さあな。昔の話じゃよ。そんな名前のトレーダーも、いたのかもしれんのう…」

そう言って、源一郎さんは再びお茶をすすり始めた。多くを語ろうとしないその姿は、しかし、俺の中で急速に大きくなっていくある確信を、否定も肯定もしなかった。

(まさか…風林寺さんが…サイレントG…?)

グループAの戦いは、明日が最終日。橘玲奈との差はまだ絶望的だ。だが、今の俺には、師匠から授かった新たな武器と、そして師匠の謎めいた過去への大きな好奇心があった。

負けるかもしれない。それでも、この戦いから、俺は何かとてつもなく大きなものを持ち帰れるような気がしていた。


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