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第14話:ライバル登場?謎の女性トレーダー


師匠・風林寺源一郎の過去と、移動平均線への深い信頼。その話を聞いてから、俺、田中翔太のFXへの取り組み方は、また少し変わった。チャートに表示するインジケーターを減らし、師匠が「羅針盤」と呼ぶ移動平均線と、ダウ理論に基づいたライントレードという、ごくごく基本的な手法に改めてじっくりと向き合うようになったのだ。

情報がシンプルになったことで、以前より迷いは減った。だが、それがすぐに好成績に繋がるほど、FXは甘くない。相変わらずデモトレードでは一進一退。時折襲ってくる「もっと何か特別な方法があるんじゃないか?」という聖杯探しの誘惑と戦いながら、俺は来る日も来る日もチャートを眺め、源一郎さんの指導を受けていた。

そんなある週末の土曜日。俺は、少しでも視野を広げようと、都内で開催されるFXセミナーに足を運んでみた。主催はとあるFX会社で、テーマは「2012年後半の欧州危機と為替相場の展望」。なんだか難しそうだが、ファンダメンタルズの重要性を痛感していた俺にとっては、渡りに船だった。

会場は、都心の一等地にそびえ立つ高層ビルの会議室。参加者は老若男女さまざまで、熱心にメモを取る人、すでに一家言ありそうな顔つきで腕を組む人など、FXトレーダー(あるいはその卵)たちの熱気が会場を満たしていた。俺はといえば、一番後ろの席で、借りてきた猫のようにおとなしく講師の話を聞いていた。ギリシャだのスペインだの、相変わらず頭の上を「?」が飛び交うばかりだったが。

セミナーも終盤に差し掛かり、質疑応答の時間になった。何人かが当たり障りのない質問をした後、すっと手が挙がった。

「はい、そちらの黒いジャケットの女性の方」

講師に指名されたのは、俺の数席前に座っていた、長い黒髪が印象的な女性だった。歳は俺と同じくらいか、少し下だろうか。姿勢が良く、どこか近寄りがたいクールな雰囲気を漂わせている。

「本日のセミナーでは、ECB(欧州中央銀行)の金融政策が今後のユーロ相場に与える影響についてご説明がありましたが、ドラギ総裁の発言のトーンや、ドイツ連銀との温度差を考慮した場合、具体的な政策発動のタイミングと、それに伴うユーロドルの短期的なボラティリティについて、講師の方はどのようにお考えでしょうか?」

凜とした声で、淀みなく発せられた質問。その内容は、俺にとっては呪文のようにしか聞こえなかったが、会場の空気が一瞬にして引き締まったのが分かった。講師も「それは非常に鋭いご質問ですね…」と、額の汗を拭っている。

(な、なんだこの人…めちゃくちゃ詳しそう…)

俺は、その女性の横顔を盗み見た。知的な光を宿す瞳は、まっすぐに講師を見据えている。

セミナーが終わり、休憩スペースで無料のコーヒーを飲んでいると、偶然にもその女性が近くの席に座った。俺は、なぜだか無性に彼女と話してみたくなり、なけなしの勇気を振り絞って声をかけた。

「あ、あの…さっきは、すごい質問されてましたね…」

我ながら情けないくらい声が裏返っている。

女性は、俺を一瞥すると、軽く眉をひそめた。

「…何か?」

冷たい、とまではいかないが、明らかに「馴れ馴れしくしないで」オーラが出ている。

「い、いえ、その、あまりにも詳しかったんで、どんなトレードされてるのかな、と…つい…」

しまった、いきなりプライベートなことを聞きすぎたか?

すると、女性はふっと息を吐き、少しだけ表情を緩めた。

橘玲奈たちばな れいなです」

「あ、俺、田中翔太です!その、FXはまだ勉強中で…」

「勉強中…ですか」

玲奈と名乗った女性は、俺の言葉を吟味するように繰り返した。その視線は、まるで俺のトレーダーとしての実力を見透かしているかのようだ。

「私は、主にファンダメンタルズ分析を軸に、中長期的なポジションを取ることが多いですね。ただ、短期的なボラティリティを利用したスキャルピングも行います。経済指標発表時は特に集中します」

「ふ、ファンダメンタルズにスキャルピング…!?」

俺が苦手意識を持つファンダメンタルズを軸に、さらに高速売買のスキャルピングまでこなすというのか。まさに俺とは対極のスタイルだ。

「田中さんは、どのような手法で?」

玲奈さんの問いに、俺は少し誇らしげに、そして少し不安げに答えた。

「俺は、師匠から教わった、移動平均線を中心としたシンプルなテクニカル分析で…」

「移動平均線、ですか」玲奈さんの声に、ほんの少しだけ意外そうな響きが混じった気がした。「それだけで、今のこの不安定な相場を渡り合えると?」

その言葉は、俺の胸にグサリと突き刺さった。まるで、俺の信じるものが試されているかのように。

「い、いや、もちろん、それだけじゃなくて、ダウ理論とか、ライントレードとかも…」

しどろもどろになる俺に、玲奈さんは小さくため息をついた。

「まあ、手法は人それぞれですから。ご自身の信じる道を極めればいいと思いますよ」

そう言うと、彼女は颯爽と立ち上がり、会場を後にしてしまった。

一人残された俺は、なんだか狐につままれたような気分だった。橘玲奈。クールで、知的で、そしておそらく、とてつもない実力を持ったトレーダー。彼女の言葉が、頭の中で何度も反芻される。

(移動平均線だけで、本当に大丈夫なのか…?)

源一郎さんの教えを信じると決めたばかりなのに、早くも心が揺らぎそうになる。

その夜、俺は源一郎さんに玲奈さんのことを話した。

「ほう、面白い小娘がいたもんじゃのう。ファンダメンタルズとスキャルピングか。確かに、今の相場では有効な戦い方の一つじゃろうな」

源一郎さんは、特に驚いた様子もなく、静かに頷いた。

「風林寺さんは、ああいうトレーダーのこと、どう思いますか?」

「どう、とは?」

「いや、その…俺のやってることって、もしかして時代遅れなのかな、とか…」

すると、源一郎さんはいつになく真剣な目で俺を見た。

「田中君。人それぞれ、登る山のルートは違う。頂上が同じでも、そこへ至る道は無数にある。大切なのは、他人のルートを羨んだり、自分のルートを卑下したりすることではない。自分が選んだ道を、信じて登り続けることじゃ。君は君の道を行けばいい」

師匠の言葉は、迷い始めていた俺の心に、再び一本の太い杭を打ち込んでくれたような気がした。橘玲奈。彼女は間違いなく、俺にとって強烈な「何か」だ。ライバル、と呼ぶにはまだおこがましいかもしれない。だが、いつか必ず、あの人に追いつき、追い越してみたい。

そして、もし「FX Gladiators」の舞台で再会することがあれば…その時は、胸を張って自分のトレードを見せてやるんだ。

新たな目標と、強烈なライバルの出現。俺のFXへの情熱は、ますます燃え盛っていくのを感じていた。


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