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第2話:凛の悩みとキィの「市場調査」

バレンタインデーまで、あと二週間ほど。

日陰 蓮は、最近の白峰 凛の様子がどうにもおかしいことに気づいていた。いや、元々どこかズレている人間ではあったが、ここ数日の彼女は、輪をかけて奇妙だった。書類整理をしていても上の空でため息をついたり、パソコンの画面を睨んで難しい顔をしたかと思えば、次の瞬間には頬を赤らめていたり。まるで、解けない難問にでもぶち当たった科学者のようだ。あるいは、恋煩いの乙女か。…いや、後者はないな、と蓮は即座に思考を打ち消した。あの白峰凛に限って、そんな非論理的な状態に陥るはずがない。たぶん。


「…白峰、お前、最近どうしたんだ? 何か変なものでも拾って食ったか?」

ある日の放課後、特準室で深刻な顔をしてタブレット端末を凝視している凛に、蓮はつい声をかけてしまった。別に心配したわけではない。ただ、彼女の奇行が目障りだっただけだ。

「なっ…! 失礼ね! 私は至って正常よ!」

凛は、慌てたようにタブレットを隠し、顔を赤らめて反論する。その反応が、ますます怪しい。

「ふーん。その割には、さっきから『トリュフ』だの『ガナッシュ』だの、妙に甘ったるい単語ばかり検索してるようだが?」

蓮の鋭い指摘(甘党ゆえの観察眼)に、凛はさらに動揺する。

「こ、これは…! 文化人類学的な見地から、バレンタインという習俗におけるチョコレートの象徴的意味合いについて考察しているだけよ! あなたには関係ありません!」

「はいはい、そうですか」

蓮は、それ以上追及するのをやめた。どうせ、まともな答えが返ってくるとは思えない。だが、凛がバレンタインとチョコレートについて異常なほど気にしているのは、間違いないようだった。

(…まさかとは思うが…)

蓮の脳裏に、ありえない可能性がよぎる。だが、すぐに首を振って否定した。自惚れるな、俺。あいつが俺なんかにチョコを渡すわけがない。きっと、理事長の姪として、付き合いで誰かに贈るのだろう。そうに違いない。そう思わなければ、なんだか落ち着かなかった。


一方、そんな凛の怪しい(?)行動に、誰よりも早く気づいていた人物がいた。もちろん、キィである。

キィの好奇心アンテナは、凛の微妙な変化を敏感にキャッチしていたのだ。

(リン、最近ずーっとソワソワしてる! チョコの本ばっかり読んでるし、ため息もいっぱい! これは、絶対何かある!)

面白そうな匂いを嗅ぎつけたキィは、早速、凛の秘密調査(という名のストーキング)を開始した。


放課後、凛が一人で図書室へ向かえば、キィもこっそり後をつける。凛が手に取るのは、やはりチョコレートのレシピ本やラッピングの雑誌ばかり。

凛が街のデパートへ行けば、キィも(蓮には内緒で)後をつける。凛が高級チョコレート売り場を真剣な顔で見て回ったり、製菓材料のコーナーでカカオの種類について店員に質問したりしているのを、キィは物陰からじっと観察していた。

(やっぱり! リン、誰かにチョコあげる気満々だ! しかも、すっごく悩んでるみたい!)

キィは、自分の推理が当たった(と思い込み)、興奮を隠せない。


そして、その『調査結果』は、もちろん(独自の解釈という名のスパイスをたっぷりと加えて)、蓮に報告された。

「ねぇねぇ、レン!」

特準室に戻ってきたキィは、目をキラキラさせながら蓮に駆け寄った。

「大変だよ! リンったらね、すっごくすっごく悩んでるんだよ!」

「…何がだ?」

蓮は、面倒くさそうに応じる。

「決まってるでしょ! レンにあげる、最高のバレンタインチョコをどうするかって!」

「はぁ!? 馬鹿なこと言うな! なんで俺に…!」

蓮は、思わず大声で否定する。

「だって! リン、レシピ本をすっごい真剣に読んでたし、デパートでも『このカカオなら、彼も満足してくれるかしら…?』とかブツブツ言ってたもん!」

(※実際には「このカカオなら、論理的に考えて最も風味がいいはず…」とか言っていたのかもしれない)

キィの報告は、具体的(?)であればあるほど、蓮の心をかき乱した。

「そ、それは何かの間違いだろ! きっと、理事長とか、他の誰かにあげるんだ!」

「えー? でも、リン、レンのことずーっとチラチラ見てたよ? きっと、レンの好みが分からなくて悩んでるんだよ!」

キィの悪気のない(しかし的を射ているような気もする)言葉が、蓮の胸にグサグサと突き刺さる。


(白峰が、俺に? チョコを? しかも手作りで?)

ありえない。ありえないはずだ。だが、キィの報告を聞いていると、そして最近の凛の様子を思い返すと、もしかしたら、万が一、億が一、そういう可能性も…?

蓮の頭の中は、期待と不安と、そして(認めたくはないが)ほんの少しの喜びで、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられてしまった。

「…くだらん」

蓮は、無理やり平静を装って、再び文庫本に視線を落とした。だが、もはや一行たりとも内容は頭に入ってこない。

彼の心は、来るべきバレンタインデーと、白峰凛がくれる(かもしれない)チョコレートのことで、完全に乗っ取られてしまっていたのだ。

キィは、そんな蓮の動揺ぶりを見て、「(ふふん、やっぱりレンもリンのこと、すっごく意識してるんだ! これは面白くなってきたぞー!)」と、ほくそ笑むのだった。


二人のバレンタインを巡る混乱は、まだ始まったばかりである。

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