第五章「雨の武士道~ノブレス・オブリージュ~」
──雷が落ちた後、空には雨が降る。
乃木希典は、ドイツの空の下にいた。
留学先のベルリン。
雨が降りしきる異国の街並みを歩きながら、彼は傘を持たず、ただ静かに濡れていた。
街角の書店で、偶然見つけた一冊の本。
そこには、彼が知りたかった答えがあった。
──「Noblesse oblige」
貴族たる者は、民を導き、彼らのために尽くさねばならない。
その責務を果たすことで、初めて高貴であることが許される。
「身分ある者は、民のために生きねばならない」
かつて、乃木の師である玉木文之進が言った言葉。
そして、その兄弟子である吉田松陰が残した教え──
「体は私なり、心は公なり」
それらの言葉と、西洋の理念が、乃木の中でひとつに結びついた。
彼はずっと、武士道とは何かを考えていた。
己の道は雷ではなく、雨であると悟った。
雨は、大地を潤し、人々を生かす。
雷のように一瞬で世界を変えることはできなくても、静かに、確実に、誰かを支えることができる。
──それが、乃木の求めた新しい武士道だった。
異国の街を歩きながら、彼は静かに微笑んだ。
そして、一通の手紙をしたためた。
宛先は、日本にいる桐野利秋。
短い文章だった。
「僕は雨になろうと思います」
筆を置いた乃木は、窓の外を見上げた。
ベルリンの空には、灰色の雲が広がっていた。
──雷の後には、雨が降る。