99.火之浦先輩が大変です! ②
「ん」
火之浦先輩が起きた。
タブレットの画面を閉じる。
「伊久留……」
「ちょうどいい時間ですよ。ほら、帰りますよ」
「まだ、もう少し……」
寝起きの火之浦先輩。
いつもの高いテンションとは違う。
「夜通しゲームしてたのが悪いんです」
「……どうして、知ってるの」
「ログイン履歴見れば分かりますから」
「んんんんんん!!!!!」
大きい声で、大きく背伸び。
顔をあげる火之浦先輩。
まだ眠そうだ。
「他の三人は?」
「新樹先輩は仕事で、水無瀬先輩は……」
遡ること、十数分前。
「凍里ちゃん、借りていくわね」
「嫌」
食堂にやってきた小夜鳴先輩。
先輩の誘いに、水無瀬先輩は速攻拒否。
「ちょっと遊びに付き合ってほしいだけなのに」
「あの二人の絡みに疲れてるし」
「ああ、千遊ちゃんと柚丹ちゃんね。さっきすれ違ったわ」
色々と騒いでいた猪飼姉妹。
俺に会いに来た初衣ねえ。
彼女たちは数分前に生徒会室へと帰っていった。
「お茶菓子も出すわよ?」
「嫌」
「ね、お願い。私に付き合って」
「…………」
「ね?」
「はあ」
水無瀬先輩は一つため息をついて、立ち上がる。
「え、行くんですか?」
「まあ、うん。たまにはね」
「ふふ。さっすが凍里ちゃん」
「じゃあ、陽乃女。リーダーを……」
「あ、じゃあ、私も少し出かけますね~」
火之浦先輩を任されるはずだった新樹先輩もどこかへ。
「というわけです」
「ふーん」
眠いからか、少し興味なさげだな。
「あと一時間で学園閉まりますから、帰りますよ」
「ん」
「ほら、立ってください」
「ん」
「……もう少しいますか?」
「うん」
というわけで、もう少し食堂にいることにした。
放課後直後の頃より、食堂にいる人は少なくなった。
だからテーブルを占拠し続けても問題はない。
「何か飲みますか?」
「コーヒー……!」
「お好みは?」
「微糖で……」
自販機に向かう。
微糖とブラックを買って、元のテーブルに戻る。
「伊久留、ブラック飲めるんだ」
「飲めますよ」
「凄いわ、ね」
微糖の蓋を開ける。
「二人は久しぶりね」
「そうでしたっけ?」
二人でいるタイミング、結構あった記憶あるけど。
「どのタイミングも、二人のほかに誰かいたもの」
「そうでしたっけ……?」
具体的に、と言われると思い出せない。
確かに誰かがいたような気もするけれど。
「伊久留は記憶力が悪いわね」
「ですね」
火之浦先輩はコーヒーを飲み終わった。
俺はまだ半分も飲んでいない。
「さ、行くわよ!」
コーヒーを飲み終えた火之浦先輩が唐突に立ち上がる。
「いや、俺まだ飲んでないですよ!?」
「飲みながら、歩くことはできるわ!」
そりゃ、できますけど。
「どうせなら、もう少しゆっくりしても……」
「ほら、一緒に帰るわよ!」
コーヒーを持っていない方の腕を引っ張られる。
こうなったら、火之浦先輩は絶対引かない。
従う以外に道はなかった。
「傘は持ってますよね?」
「もちろんよ!」
良かった。
流石に一緒の寮まで相合傘はちょっと恥ずかしい。
「でも、どうせだし!」
「え?」
学園から出た瞬間。
火之浦先輩が俺の傘に入ってきた。
「傘あるんでしょ!?」
「学園に傘を置いていた方が、後々便利だもの!」
「べ、便利ですか?」
「伊久留はコーヒーも飲まないといけないものね!」
ということで、相合傘。
傘の持ち手は火之浦先輩。
火之浦先輩に言われるがままに。
俺はコーヒーを飲みながら歩く。
「雨の時って、ちょっと暗くなりますよね」
「そうね! 静かになるのも、結構好き!」
「火之浦先輩は、晴れでも雨でもあまり関係ないですね」
「いつだって楽しくやりたいものね!」
「お願いですから、寮に着くまで大人しくしててくださいね」
急な思い付きで、この雨の中を振り回されるのは勘弁してもらいたい。
今まで一緒に活動してきて、この人の危険性は十分承知している。
「大丈夫よ!」
そんな火之浦先輩。
自信満々の御様子。
「信じれないですね……」
「心外!」
「いつも予想外の行動するじゃないですか」
「本当に大丈夫だから!」
横で並ぶ火之浦先輩が、こちらに顔を向ける。
いつもよりも近い、火之浦先輩の顔。
「ど、どうしてそう思うんですか?」
少しキョドった俺の言葉に、
「この傘から出たいって思わないもの!」
直球、ストレート。
火之浦先輩の言葉に、身体が一気に熱くなった。
「ど、どういう意味ですか!」
「そのままの意味よ!」
この人のストレートの性格には、本当に困る。
本当に、困る。
「そういえば、今日は何があったの?」
「何がって……火之浦先輩が寝ていた時ですか?」
「そう! 放課後の」
放課後、火之浦先輩が食堂で寝ていた時間。
その間にあったことを説明した。
とは言っても、ただ談笑していただけ。
説明することは、そこまでない。
「会長が来たの?」
火之浦先輩が引っかかったのは、初衣ねえの件だ。
「ああ、俺に用事があったみたいで……」
「起こしてほしかったわ!」
それはそれで、さらに騒動になるから。
その時の猪飼姉妹と同好会先輩二人バチバチだったんだから。
「で、用事って?」
「七夕祭の手伝いを頼まれただけですよ」
「手伝い?」
「七夕祭りが生徒会主催の行事だから、人手が必要らしいですよ」
「手伝うの?」
「? ええ、手伝うって言いましたよ」
体育祭の終わり。
保健室で初衣ねえに言った。
手伝って、と言われたら手伝うと。
「そういう約束でしたから」
「そうなの?」
「……そうですよ?」
「ふーん」
え、と。
なんか興味なさげだ。
「手伝うって?」
「具体的には何も聞いてないです。また連絡するって」
「本当に手伝うの?」
「……ええ、手伝います、けど」
「ふーん!」
今回は少し語気が強め。
興味ないというか、怒ってないか?
「あの、火之浦先輩?」
「ふん!」
そんな分かりやすく怒るんですね。
「別に青春同好会を蔑ろにするってわけじゃなくて」
「少しぐらい相談しなさいよ!」
「いや、寝てたし」
青春同好会の活動がない時とか。
そういう合間の時間を縫って手伝おうと思ってたんだけど。
でも、火之浦先輩の論点はそこではなく。
「私も一緒にやりたいもの!」
私も誘ってほしかった、という点だった。




