8.初めての作戦会議します!
「さあ、明日何をする!?」
バン、と部屋に置かれているホワイトボードを叩く火之浦先輩。
パチパチ、とまとまりのない拍手を送る他の面々。
未だに腕を縛られている俺。
「いや、まず解放してくれ」
自由に動けないのは辛いのだ。
「ダメ。解放したら逃げるでしょ?」
「そうかもだけど、でも、逃げないから、ほら!」
「確証がないからダメ」
「くそ……」
実のところ、「逃げないから」という言葉は本心から出た言葉だ。
頭の片隅でチラつく、新樹先輩が非常階段の扉を蹴とばした記憶。暴力を振るうような先輩には見えないが、火之浦先輩の一言でもしかしたら扉を蹴とばす力が俺の方にむいてしまうかもしれない。
それが怖くて怖くて、本能が逃げるなとずっと警鐘を鳴らしているのだ。
本当に逃げないから、いい加減取ってほしい、腕のタオル。
「いいわ、凍里。取ってあげなさい」
「いいの、リーダー?」
「どうせ逃げないわよ、伊久留は」
「それはどういう根拠?」
「私が認めてあげたんだから、逃げるわけないじゃない!」
「……はあ」
ため息をついて、水無瀬先輩はササッと俺を解放してくれた。
やっと一息。
「いいんですか?」
「リーダーが言ってるから」
「それで俺が逃げたら?」
「その時はその時考える。それが私の役目だから」
「かっけーすね」
「陽乃女に蹴りを入れてもらう」
「ぜってーにげねーです!!!!」
とりあえず暴力を振るわれることは確定らしい。
戦意喪失だ。
「さあ、伊久留も解放したことだし、会議を再開しましょうか!」
「わーい!」
「伊久留が入って、初めての会議だから緊張するわね!」
「いや入ってない」
「それじゃ、まずは今日の反省からかしら?」
「だから入ってないって……」
青春同好会の雰囲気に流されそうになるが、俺は別に青春同好会に入るとは言っていない。ただ生徒会室にいたところを拘束・拉致されて、この青春同好会の秘密基地とやらに連れてこられただけだ。
「いい加減諦めて」
「ですがね、えと、水無瀬先輩? 僕は他に部活とか色々見て入部を決めたいというかですね」
「え~、意外と楽しいんですよ~」
「それは個人の感想というかなんというか……」
初衣ねえの言うことは、なんだかんだ従った方がいい。
これは俺の経験則からくるものだ。
初衣ねえの言う通りに勉強を続けたら、 陽碧学園に入学できたように。
「青春同好会に関わるな」と言われたなら、そうした方がいいに決まってるんだ。
「あら、伊久留は青春同好会に入りたくないの?」
「まあ、そうですね」
「でも大丈夫。私がきっと楽しませてあげるからッ!!」
「…………」
「ね、リーダーの性格がわかったでしょ?」
まるで暴走機関車だな、この人は!
「諦めな、って言ってんじゃん」
「うぅ、生徒会室で初衣ねえを待ってただけなのに……」
「生徒会と関わっていたら、いつかは巻き込まれていたと思うけど」
「水無瀬先輩、それはどういうことなんですか?」
「生徒会に目をつけられているし、私達も生徒会を対象としたことをやってるし」
「そうよ! 生徒会は私達青春同好会の敵なの!」
「……ちなみに、なぜ?」
「私たちの邪魔するんだもん!!」
そりゃそうよ。
青春同好会が学園生活を乱してるんだもんな。どこに生徒会室にチョークの粉爆弾を投げ入れる部活があるっていうんだ。非常階段の扉も蹴とばすし、聞いたことないぞそんな部活。
「そんなに生徒会敵対視しなくても……」
「それは無理」
俺の言葉に真っ先に反応したのは、青春同好会のリーダー火之浦先輩ではなく水無瀬先輩だった。
「生徒会は敵というのは、青春同好会の共通認識だから」
水無瀬先輩が一番気にしてなさそうだったのに。
「私はどうでもいいんですけどね~。その方が楽しそうですし」
「お、お姉ちゃん達がそういうならそうする!」
どうやら生徒会に対して思うところがあるのは、火之浦先輩と水無瀬先輩のようだった。
「結局高級コーヒー豆手に入らなかったし!」
「予想以上に早く気付かれたのが原因だね」
「萌揺ちゃんがしでかしちゃったんですね~」
「ち、違うもん! 私はちゃんとしてたもん! 多分入学式の件で対策されてたんだと思う」
「同じ手段を使うのはダメってことだね」
「今後その手段を使うのは、よしましょう!」
「コーヒー豆は今回は諦めよう」
「そもそも、コーヒー飲める人いましたっけ~?」
「「「…………」」」
いないんかいッ!!!
「次は生徒会室にあるお菓子にしましょう!」
「それより料理同好会のお菓子をもらいに行きたい」
「あ、私料理してみたいです~」
「それはありね!」
わんやわんや、何をしたいかの案出しが行われている。
俺と土浦は、そんな三人から取り残されていた。
「話しかけてこないで!!!」
「まだ何もいってねぇ!!!」
土浦は俺のことを、どうやら嫌っているようだった。
今日土浦姉の方にあったが、姉妹なのにここまで雰囲気が違うものなんだ。姉の方はフレンドリーな雰囲気だったが、妹の方は誰も寄せ付けない、まるで狂犬みたいだ。姉は豪快だが、妹は繊細のように思える。姉は生徒会で、妹は青春同好会と。
「同じクラスなんだろ? これからよろしくな」
「ふん!!」
「……一応挨拶はしたからな」
挨拶してなかったから、なんて言葉は聞きたくないからな。
「美琴お姉ちゃんはあなたのことを許しても、私はあんたを認めないから」
「へいへい」
「なによその態度、むかつく!!!」
「ほら、喧嘩はダメですよ~」
グイッと、新樹先輩に肩を引き寄せられる俺と土浦。
肩を握る力が、女生徒は思えないぐらい強いんですけど!?
「さあ、次は新人二人の番よ!」
「へ?」
新樹先輩から押さえつけられた俺と土浦の前に立つ火之浦先輩。
「二人の番とは?」
「二人がやりたいこと! なんでもいいわよ!」
「はいはいはいはい!!!」
土浦が手をあげながら大声を出す。
「はい、萌揺!」
「男子抜きで旅行!!!!」
「長期休みじゃないから、却下」
水無瀬先輩から即却下が入る。
「じゃあ、遊園地!」
「それは春休みに言ったじゃないですか~」
新樹先輩が乗り気じゃない。
春休みを満喫していたらしい。
「お腹すいたからご飯!」
「まだ夕食の時間じゃないわね」
火之浦先輩が腕時計を確認する。
時刻はまだ15時を過ぎたあたりらしい。
「お姉ちゃん達、却下多すぎじゃない!?」
土浦が一言。
やりたいこと、楽しいと思ったことをやる。そんなことを数分前に言っていたような気もするが。
「青春同好会としては、満場一致で決めたいのよね」
意外と民主主義。
「じゃあ、私は絶対反対するから、この男の意見は聞いちゃダメなんだよ!」
「それはそれ、これはこれじゃない?」
「ねえ、言ってること全然違うって!!」
火之浦先輩と土浦の言い合いが始まった。
「気分屋だから、うちのリーダー」
「振り回されるのが楽しいんですよ~」
水無瀬先輩と新樹先輩の談。
「お姉ちゃん、もっと私の話を聞いてほしいの!」
「もう。そろそろ萌揺も我儘をやめなさい」
「どの口が言ってんだか」
「ほら。伊久留もなんかないの!?」
「えぇ……」
そんな突然振られても困るし、そもそも青春同好会に入ることを許したわけではないんだけどな。
目の前の、俺を見る火之浦先輩の顔がキラキラと輝いて見える。それはきっと『綺麗で端正な顔立ちだから』なんて理由ではなく、『機体の新人(仮)が一体どんな面白い提案をしてくれるんだろう』という火之浦先輩の期待感が溢れて表情に零れてしまっているからだ。
しかして、そんな期待の眼差しを向けられたとしても、俺が青春同好会の活動を後押しするような意見を言わない。というか、そもそも火之浦先輩を満足させられる意見をだせるのかどうかも微妙だ。
とりあえず、ここは無難な答えを言うのが正解か。結局青春同好会全体では意見がまとまっていないから、ここで無難な答えで流せばまた全体の会議が始まるだろうし。
「帰りたい」
という至極真っ当な意見を、自分の中の本音を言ってみた。
水無瀬先輩と新樹先輩は「そりゃそうだ」みたいななんとも言えない表情だった。
「私の方がよっぽどまともじゃない!」
「いや、俺の方がまともだから! いきなり拉致された奴なら100パーセント同じ答え返すから!」
「いいわね! 伊久留の意見を採用!」
「「 はい!? 」」