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我々青春同好会は、全力で青春を謳歌することを誓います!  作者: こりおん
我々青春同好会は、全力で体育祭で勝ちを狙うことを誓います!

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46.火之浦先輩と一緒です!

「伊久留!」


 火之浦先輩が手を振っている。

 俺もとりあえず手を振り返した。


「おはようございます」

「うん、おはよう!!」


 体育祭から一夜明け。

 今日からの二日間は振替休日となっている。

 一日目の休みの日。

 平日休日関係なしに活動が行われるのが常だったけど、青春同好会のグループメッセージには誰からもメッセージが来ていない。

 今のところ、青春同好会の活動はなしということだ。


「朝、しっかり起きれてたのね!」

「まあ、頑張りましたんで」

「偉いわ!」


 朝七時過ぎ。

 寮の前で待ち合わせしていた俺達。

 朝起きれたことで頭を撫でられる俺。

 今日は二人との約束の日、その一。

 俺は今日、火之浦先輩と一日過ごすことになっている。


「他の三人には連絡してるんですか?」


 俺を撫でる先輩の腕を掴んで、ゆっくりと降ろす。


「凍里や陽乃女には連絡してるわ!」

「土浦にはしないんですか?」

「萌揺はうるさいし、黙ってれば今日は寝てるわよ」

「それはそうですね」


 水無瀬先輩や新樹先輩は、別にこのことを伝えても特に変わりはないだろう。

 土浦は、多分、発狂する。

 敬愛しすぎている火之浦先輩と俺が今日一日遊ぶ、なんて知った日には。

 どうやら土浦の休日は、昼頃まで寝るものらしい。

 

「でも、朝から遊びに行く必要はないのでは?」

「あるわ!」

「……先輩がそういうなら、従いますけど」


 流石に陽は昇っているけれど、朝独特の空気感がまだ残っている。

 人はあまり出歩いておらず、乗り物は忙しなく動き続けて。

 この辺りにはいない遠くの鳥の鳴き声が、風に乗って少しだけ聞こえる。

 そんな早朝に体育祭の疲れをまだ残したまま遊びに行こうなどと。


「はい!」

「?」


 火之浦先輩から、袋を渡された。

 何やら少し重いが。


「朝ご飯!」

「あ、おにぎり」


 袋の中に、ラップに包まれたおにぎりが三つ。

 ご丁寧に、海苔まで巻かれている。


「もし、朝食を食べていたなら、食べなくてもいいわ!」

「いえ、ありがとうございます」


 実のところ、食パンを一枚食べてきていた。

 だがそれでお腹が膨れているということはない。

 美味しそうなお握りをいただくことにした。


「美味い」

「やったわ!」


 このおにぎり、塩加減が抜群だ。

 中身の具は鮭か。

 小骨もなく、おにぎり全体の塩加減にベストマッチ。

 疲れの取れていない身体に染みわたる美味しさだ。


「じゃあ、行きましょ!」

「え?」


 一つ目のおにぎりを食べ終わるよりも前に、火之浦先輩は俺の手を取った。

 このままゆっくりおにぎりを食べる時間だと思っていたんだが。


「食べながら歩いても問題ないわ!」

「そ、それは、ゴフ、そうですけど」


 少し咽る。

 引っ張る力が強くて、身体が揺れるごとに舌を噛みそうになる。

 

「一旦、止まって! ゆっくり味わいたい!」

「それは嬉しいけど、時間は有限なんだから!」


 それは分かるけど!

 舌噛みちぎっちゃうから!


「まずはここね!」


 火之浦先輩は、俺の言ってることなんてお構いなし。

 いつも通り、俺をどこかへ連れて行く。


「そういえば」


 女子から手作りを貰うのは、初衣ねえ以外で初めてだったな。

 怒涛の勢いで思い出せなかったけど。

 なんか、ちょっと嬉しいな。


「ほら、シャキッと歩きなさい!」


 だから、もう少しこの嬉しさを噛みしめさせてくれないかな!?



*****



「デジャブだなあ」


 ツナマヨおにぎりと梅おにぎりを食べ終わった時に、俺達は目的地へと到着した。

 陽碧学園の校門前。

 今日は休校日。

 無論、許可がない者は入ることができない。


「朝から海水浴か」


 火之浦先輩と二人で学園に忍び込んだことを思い出す。

 あの時は夜だったな。

 海に飛び込んで、屋上に行って。

 

「何を言ってるの?」

「え? 以前火之浦先輩と屋上に行ったことを思い出しました」

「そんなこともあったわね!」


 あの時は橋から海に飛び込んで校門を突破したっけ。

 今日の海は、意外と静かだ。

 飛び降りても、問題はないと思う。


「伊久留、どうかした?」


 火之浦先輩は開かれた校門の前で首を傾げて俺を見ていた。

 え、なんで開いてんの?


「火之浦先輩、魔法でも使ったんですか?」

「?」

「なんで開いてるんですか?」

「……何が?」

「いや、許可ないと開かないじゃないですかこれ」

「許可を取ってるんだから、開くに決まってるじゃない?」

「え? 許可?」

「そうよ。ほら」


 火之浦先輩のスマホ画面。

 そこには入校許可証と書かれた書類が表示されていた。

 『火之浦美琴』と個人名で許可証が発行されている。


「珍しいですね、そんなことをするなんて」


 いつもの火之浦先輩なら、あの手この手で侵入を試みると思う。

 

「邪魔が入るのは許せないからね」

「邪魔?」

「ほら、行くわよ!」


 火之浦先輩はまた俺の手を握って校内の方へと引っ張っていく。

 確かに勝手に侵入したら、反省室の対象になってしまう。

 火之浦先輩はそれを気にして、許可を取ったと。

 

「校舎にはいかないんですか?」

「目的はそっちじゃないから!」


 校舎の方には向かわず、外周を沿って歩いていく。

 そういえば、青春同好会名義で許可は取れないんだっけか。

 でも、青春同好会の火之浦美琴って名前は有名だろうに、よく許可が取れたものだ。

 

「許可証って見れるんですか?」

「ダメ!」

「え、許可証ってそういう規則だったりします?」

「そうじゃないけど、ダメ!」

「……そうですか」


 火之浦先輩の圧に負けてしまった。

 火之浦先輩がどういう手段で許可を得たのか。

 そのノウハウでも見れれば、と思ったんだが。

 そこまで言うなら、やめておこうか。


「…………」

「伊久留?」

「え、は、はい?」

「今日は元気ないわね!」

「朝早いからじゃないですか?」

「私は元気いっぱいよ!」

「それは見れば、分かりますよ」

「ほんと!? 伊久留は凄いわね!」


 んー。

 そういえば、今日はずっと手を握りっぱなしな気がするな。

 朝だから通行人はそこまでいない。

 第三者から見れば、俺達二人はどう見えるのだろうか。

 仲いい姉弟か、友達か、それとも……。


「やっぱり元気がないわ!」

「そんなことないですって!」

「おにぎり、美味しくなかった?」

「そ、そんな。めちゃくちゃ美味しかったですよ!!」

「ふーん。じゃあ、また作るわ!」

「……百個とか作るのはなしですからね?」

「凄い! なんで考えてることが分かったの!」

「マジっすか」


 極端だな、この人。

 おにぎり百個は無理よ。


「伊久留って、海好き?」

「嫌いではないですけど、好きってほどでもないですね」

「そう。私は好き!」

「じゃあ、陽碧市は先輩にとって理想の場所ですね」

「ええ! だから、ここを伊久留と一緒に歩けるのがとても嬉しいの!」

「……はあ」


 そういう照れることを直接言われるのは、むず痒いな。

 

「ほら、ここ!」


 火之浦先輩が連れてきたのは、以前技術部部室を訪れた時の浜辺だった。

 陽碧市街とは逆の方向にあるこの浜辺。

 明るい晴天に照らされて、視界一杯に綺麗な海が広がっている。

 

「行くわよ、伊久留!」


 火之浦先輩は俺を引っ張って浜辺へ向かう。

 緩やかな坂を駆けた、靴の中に砂が入るほどの足踏みで。


「先輩、こける!」

「私が受け止めてあげるから大丈夫!」

「ちょ!」


 坂道で加速したまま、俺達は砂浜の上に足を踏み入れた。

 少しバランスを崩したが、火之浦先輩に支えられながらさらに進んでいく。

 進んでいく。

 ……進んでいく。


「待て待て待て待て待て!!!」

「海ーーーーー!!!」

「ばかやろぉぉぉ!!!」


 俺達は、そのまま海の方まで突っ走った・

 浜辺と海の境界を跨ぐ。

 シューズの中に海水が一気に侵入してくる。

 海面がちょうど俺の膝辺りまで浸かった時、火之浦先輩は足を止め振り返った。


「気持ちいいわね!」

「……そうですね」

「やっぱり伊久留、元気ないわね?」


 当たり前だ!

 海に入ることはとりあえずいいとして、靴やズボンがずぶ濡れになってしまったことに関しては看過できないぞ!

 

「さあ、泳ぎましょ!」

「そこまではしませんって!」

「え~? どうして!」

「今水着じゃないですから。それに少し寒いし」

「泳げば暖かくなるわ!」

「ですから……」


 グイグイ腕を引っ張って海の中へ引きずり込もうとしてくる火之浦先輩に必死に抵抗する。

 どうやら昨日の体育祭で初衣ねえと海の中に飛び込んだことが癖になってしまったらしい。

 数分の攻防が繰り広げられる中、浜辺の方から声を掛けられた。


「おめえら、何やってんだ?」


 コーヒーを片手に唖然とこちらを見ているのは、技術部部長。

 以前出会った時と変わらず、汚れた作業服を着ていた。

 技術部部長に見られてたことに気付き、一瞬力が弱まる。

 その隙を突かれて、俺は先輩に転がされてしまった。

 

「ぶへえ!」

「あら、久しぶりね!」

「朝からイチャコラ忙しそうだな」

「えへへ~」

「してませんよ!」

「冗談だよ、冗談」


 火之浦先輩から解放されて、急いで砂浜へと上がった。


「逃げないで!」

「た、助けてください!!」

「……イチャコラしてた奴のセリフじゃねーな、そりゃ」


 こっちにこい、と技術部部長から引っ張られる。

 火之浦先輩もついてくる。

 俺達は技術部の部室に招き入れられた。


「女子の誰かよー。この阿呆に着せれる服渡して更衣室に連れてけー」

「は、はい!」


 技術部の女子数人が火之浦先輩を部室の奥へと連れて行った。

 

「んで、お前は外な」

「ぶほっ」


 部長から作業着を投げられた。

 頭でそれを受け止めた後、俺だけ部室の外へと追いやられた。


「着替えたら、服を渡してくれ。下着も濡れてんならそれもだ。その作業着は下着無しで脱いでも構わん。誰かに見られたら自己責任な」


 と、技術部部長はそう言って扉を閉めた。


「……ま、男は外だよな」


 部室の影に隠れて、俺は濡れているもの全てを脱いで貰った作業着を来た。

 部室の扉を開けて濡れた服を技術部の部員に手渡した。

 奥では火之浦先輩が技術部の人達が作ったものに興味津々だった。

 三十分ぐらいで乾くらしいので、俺は部室の外で過ごすことにした。


「朝から災難だな、まったく」


 とりあえず砂浜を歩くことにした。

 ここに来たのは、三度目だったかな。

 二度目は青春同好会で技術部を訪れた時。

 一度目は、火之浦先輩と屋上まで忍び込んだ後に迎えのボートを待った時か。

 技術部の部室周りはガラクタで溢れているけど、そこを抜ければ綺麗な砂浜が広がっている。

 ゴミも見当たらないし、綺麗な貝殻も沢山だ。


「これとか、キラキラ光って綺麗だな」


 普段はこういうタイプじゃないんだけどな。

 暇だったから、ついそんなことをしてしまった。

 その辺を歩き回り、目についた貝殻を手に取っていく。

 十個ぐらいを拾ったあたりで、ふと我に返った。


「メルヘンな性格じゃねえだろっての」


 微妙な暇つぶしをしてしまったな。

 でも、この貝殻どうしようかな。

 なんだか捨てるのももったいない気がする。


「お、可愛い趣味持ってるじぇねえか」

「…………」

「恥ずかしがんなって。そうだな。それちょっと寄越せ」

「……どうぞ」

「あいつから聞いたが、これからどっか行くんだろ? 俺がいいもん作ってやる。後で届けさせるからら、それはお前の自由に上手く使えよ」

「どういうことですか?」

「服も乾いてるから、さっさとあのお姫様を連れてってくれ」

「お姫さまって……」


 技術部部長の後を追っていく。

 部室に入る前に、部長から乾いた俺の服が渡された。

 

「凄いですね。完璧に乾いてる」


 それに、凄くいいにおいがする。

 作業着から着替え終わった後、服の中からフレグランスの香りがした。


「ほら、さっさと連れてけ。あいつがいると、作業が進まん」

「す、すみません……」


 部室の中では、火之浦先輩が女子数人と仲良く談笑していた。

 両手には見たことのない機械を握っていた。

 周りの男子達はオロオロしながら先輩を見守っているように見える。


「ほら。いいもんあげるんだから、さっさとしてくれよ」

「は、はい。ありがとうございます」

「おう」


 ササッと火之浦先輩の方へ向かう。


「伊久留! 見てこれ!」

「火之浦先輩。次の場所へ向かいますよー」

「分かったわ! じゃあみんな、また会ったらもっと話しましょ!」


 先輩と話していた女子達は、名残惜しそうな表情で別れを告げる。

 この短時間で、どれだけ仲良くなってるんだこの人。


「じゃ、また来るわ!」

「ふん。二度とくんな」


 技術部の部室を後にする。

 『いいものをあげる』って言ってたけど、なんだろうか。

 それに後で送るって言ってたけど、どうやって?


「じゃ、行きましょうか!」


 火之浦先輩は再び俺の手を取って連れて行く。

 次は一体どこへ向かうのか。


「もう海はいいんですか?」

「海はまた夏休みにでも行きましょ!」

「…その時はちゃんと水着ですからね」

「可愛い水着を、ちゃんと伊久留に見せてあげるから!」

「…………」


 手が握られていることが、今まで以上に恥ずかしくなる。

 火之浦先輩の水着か。

 早く見たいな。


「伊久留、変な顔」

「……たまたまです」



**********



「おいひ~」

「先輩、口にソース付いてますよ」

「伊久留、拭いて!」

「……はあ」


 色んなものを食べ歩きしたり。


「伊久留、もうちょい右!」

「いや、絶対ここで合ってます!」

「私の方が正しい!」

「勝手に押さないでくださいよ! 俺のお金ですよ!」


 ゲームセンターで色々と遊んだり。


「ほら、伊久留! この服可愛いと思わない?」

「なんですか、その鶏が服一面に印刷されている珍妙な服は」

「可愛いと思わない?」

「……すみません。思わないです」


 火之浦先輩の買い物に付き合ったり。

 火之浦先輩に連れまわされて、色んなことをやった。

 大体が火之浦先輩が決めて、何をするかが決まる。

 時々俺の意見も採用されながら。

 これは楽しかった。

 これはもう少しこうすれば面白いかも。

 これは青春同好会でまたやろう。

 色んな場所をまわりながら、その都度二人で感想を言い合った。

 

「陽碧市も楽しい場所が沢山ね!」

「そうですね。結構歩き回りましたけど、まだほかにも色々」

「そうね! 陽碧市って意外と広いわよね!」

「自転車とかあると便利かもしれませんね」

「青春同好会で自転車は何台も持ってるわ!」

「そういうのって自分のが欲しいじゃないですか」

「そういうもの? 青春同好会のメンバーじゃない」


 そういえば、あれって誰の所有なんだろう。

 もしかして、盗んだやつとかじゃないよな?


「あれは、古い自転車を貰って技術部に直してもらったの!」


 どうやら、ちゃんと正規の手段で手に入れたものらしい。


「青春同好会って、結構技術部に借りありますよね?」

「そうね! いつも感謝してるわ!」


 青春同好会って、厄介者扱いされているイメージがあったが。

 技術部と親交がある点を見ると、意外とそうでもないのかもしれない。

 技術部部長は嫌な顔してることが多いけど。


「おい」


 と、そんな技術部の部長さんが前からこちらにやってくる。


「朝振りね!」

「もう夕方になろうとしてんのに、まだ元気だなお前」

「どうも」

「おう、新人。例の物持ってきてやったぞ」


 技術部部長さんは作業服のポケットから、紙袋を取り出して渡してくる。


「あ、どうも」


 例の物と言われても、中身が何かは分からない。

 俺が朝拾った貝殻を使った何かだとは思うんだけど。


「じゃ、俺帰るわ」

「なんで俺達がここにいるってわかったんですか?」


 俺は別に技術部部長と個人的に連絡をとっていたわけではない。

 なのに、俺達と出会うことができた。

 たまたまか?


「空からドローンでずっと追跡してたんだよ」

「え?」

「じゃ、またな」


 技術部部長は大欠伸をして、陽碧学園の方角へ帰っていった。


「何を貰ったの?」

「いや、俺も何かまでは知らないです」


 技術部部長から受け取った紙袋を開ける。

 その中には、綺麗な貝殻のブレスレットが入っていた。

 貝殻は綺麗に研磨されていて、何かを塗られているのか光沢もある。

 

「とても綺麗ね!」

「……凄いな、あの人」


 まさしく職人技。

 外で販売しても遜色ないレベルだ。

 アクセサリーにそこまで興味のない俺でも、見惚れてしまった。


「これ、どうしたの?」

「朝貝殻拾ってたら、部長が持って行ってしまって……」


 俺が頼んだものではない。

 だから、この使用用途が全く不明だった。


「…………」

「……?」


 隣で、火之浦先輩が貝殻のブレスレットを欲しそうに眺めている。

 

「……いりますか?」

「え、いいの!」


 俺はそこまでオシャレに興味はない。

 多分このブレスレットを持って帰っても、ずっと使わずそのままだと思う。

 なら、欲しそうにしている人にあげるのがいい。


「やったあ! 伊久留、ありがとう!」


 それに、ここまで嬉しそうにしてくれるなら、そっちの方がいいしね。


「早速つけるわ!」


 俺から貝殻のブレスレットを受け取った火之浦先輩は、早速自分の右腕に取り付けた。

 本当に嬉しそうに、ブレスレットを眺めている。

 見ているこっちも嬉しくなるな。


「……というか」


 これって、俺からのプレゼントということになるのだろうか。

 いや、なるよな。

 なるよなあ……。

 そう考えると、ちょっと恥ずかしいな。

 初衣ねえ以外に、プレゼント渡すなんて初めてだし。


「伊久留?」


 ブレスレットから視線を俺に移していた火之浦先輩が、不思議そうに俺を眺めていた。


「……大事にしてくださいね」

「もちろんよ!」

「あざす」


 火之浦先輩は、これについてどう思ってるんだろうか。

 プレゼントとして認識しているのだろうか。


「ゆ、夕ご飯どうしますか?」

「あ、そうね! もうそんな時間ね!」


 『楽しい時間はすぐ過ぎるものね!』なんて嬉しい言葉を付け加えて。


「夕ご飯は同好会の皆も呼びましょう!」

「いいんですか?」

「皆にも会いたいもの!」

「あの」

「ん、なに?」

「そのブレスレットは、皆に内緒でお願いします……」

「どうして?」

「その、恥ずかしいので……」


 火之浦先輩は、俺の言葉に数秒キョトンとして、


「変な伊久留!」


 そう言って、いつものように笑ってくれた。

 数十分後に、青春同好会が全員揃って夕食に向かった。

 火之浦先輩は俺の言った通りに、ブレスレットはバックの中に隠しておいてくれた。


 今日この日、俺と火之浦先輩に一つ秘密が生まれた。

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