71.体育祭前日です! ②
逃げ出した土浦を追うことはしなかった。
自分の部屋へと帰る道中、初衣ねえのことを考えた。
物心がついた頃から、俺は初衣ねえのことを知っている。
土浦と先輩達のように、俺も初衣ねえとは旧知の仲だ。
もし、俺が土浦と同じ立場だった時。
俺は、初衣ねえに一緒にいてほしいと頼めるだろうか。
生徒会長として多忙の初衣ねえに?
「無理、かもな」
そういうことなのだろうか。
幼馴染の初衣ねえと、生徒会長の初衣ねえ。
同じ初衣ねえなのに、違う初衣ねえを見ているように思う。
普段の初衣ねえには色々言えるけど、生徒会長の初衣ねえには。
「邪魔しちゃダメだって思っちゃうかも」
同じ穴の狢というやつか。
土浦のことが、心配になってきた。
なんとかしてあげるべきか。
「ん?」
寮の前まで来たら、火之浦先輩がベンチに座っていた。
深々と座り込んで、空を眺めながら足をプラプラさせている。
何を考えているんだろう。
火之浦先輩、美人だから絵になるな。
「せんぱ……ごばぁつ!!!」
火之浦先輩に話しかけるために走りだそうとした瞬間。
後ろから思いっきり引っ張られる。
そして、数メートル後ろの茂みまで引きずられていった。
「ぐ、ぐるじ……」
「ご、ごめん、いっ君! 力加減間違った!」
初衣ねえが覗き込んでくる。
そんなに心配そうな表情をしている癖に、やってることは暴力そのものだぞ。
この人には、遠慮というものがないようだ。
「で、なに? 何かあるなら、連絡くれればさあ」
「約束しても、火之浦美琴に邪魔されるじゃない!!!」
「ああ……」
「最近は火之浦美琴も作戦会議でいなかったから、タイミングさえ合えば会いに行けたのに」
「生徒会も同じように忙しいよね」
「そうよ! もう、掩が行かせてくれないのよ! ひどくない、あの子!!!」
でも、大導寺先輩がいなければもっと忙しかったと思う。
「体育祭はもうすぐ終わるし、そうしたら火之浦美琴は自由になるし、いっ君と関わる機会がもっと減っちゃうし、そうなったら私死んじゃう……」
「体育祭が終わったら、また何かあるの?」
「予定たっくさんあるんだから、忙しくない方が珍しいかも」
「凄いね、初衣ねえ」
「むふ。いっ君に褒められるなら、もっと頑張ってもいいかも!」
たまに褒めてくれ、って初衣ねえの目が言ってるな。
「そんなことはいいとして、どうして俺を襲って……」
「お、襲ってない! 助けただけ!」
「唐突に後ろから引っ張った癖して」
首回りが、まだ少し痛かった。
初衣ねえって、結構力強いんだね。
火之浦先輩が座っていたベンチの方。
すでに彼女の姿はなかった。
なんか、ちょっと、残念だ。
「い、いなくなったわね!」
そんな俺を他所に、初衣ねえはとても嬉しそうだ。
今日は初衣ねえが火之浦先輩を出し抜くことに成功した。
「甘いわね!!!」
「きゃあ!」
そんなことはなく、火之浦先輩が茂みの向こうからこちらに飛びかかってきた。
どうやら火之浦先輩は気づいていたらしい。
姿を消したのも、ここまで忍び込んでくるためだった。
「どうして気づいたのよ!」
「私が伊久留の悲鳴に気付かない訳がないわ!」
嬉しいようで、嬉しくない言葉だな。
そんな覚えられるぐらいの悲鳴上げてましたか?
「なにそれ! 私はいっ君の呼吸で見分けられるんだから!」
「凄いわ! 私もいつかそうなりたいわね!」
なんちゅう会話してるんや。
「って、そんなことはどうでもいいの! 火之浦美琴、離れなさい!」
「嫌よ! 伊久留は青春同好会のメンバーなんだから!」
「意味が分からない理由を言わないで!」
「いや、事実事実」
「いっ君は生徒会に入れる予定だったんだから!」
「いいわね! 今度の生徒会選挙は一緒に立候補しましょ!」
唐突のお誘いに、俺は即座にノーを突き付けた。
一緒に?
火之浦先輩、生徒会に入りたいの?
「そういえば、凍里はどう! 凄い子でしょ?」
俺が火之浦先輩に真意を聞く前に、話題は体育祭の話へ。
「み、水無瀬さんなら凄く頼りになるとは思ってるけど!」
「でしょ! 欲しくても上げないわ!」
「別に欲しいとは思わないけど……」
「生徒会には小夜鳴先輩がいるんだし、必要ないだろ」
「それもそうね!」
「るる、か。頼りになるけど、可愛げがないのよね」
「かっこいいじゃない!」
「そうだけど、私としては可愛げがある方がいいな」
「え? 水無瀬先輩って可愛げあるの?」
「るるよりあるわよ! るるなんてね!」
数分、水無瀬先輩と小夜鳴先輩の話題で盛り上がる三人。
「って、そういう話をしたいんじゃないの!」
「楽しかったわ!」
「仲いいね、二人」
「よくない!」「仲良しね!」
息ピッタリなんだもんな。
「じゃ、伊久留。行きましょ!」
「ねえ! いっ君は渡さないって言ってるじゃん!」
「明日から体育祭なんだから、帰って休むべきよ!」
「早く寝たい気持ちはある」
「火之浦美琴は、いっ君と同じ寮じゃない!」
「そうよ!」
「ずるい! ずるいずるいずるい!!」
陽碧学園生徒会長は、強く地団駄を踏んだ。
周りには人影はない。
この姿を生徒に見られなくてよかったな、初衣ねえ。
なんやかんや運がいいね。
「勝負よ、火之浦美琴!」
何か強い決心を目に宿して、初衣ねえの宣戦布告が行われる。
「明日からの体育祭で、勝った方が一日いっ君を自由にできるの!」
「乗ったわ!」
「乗るんだ……」
また賭けの景品にされてしまった俺。
初衣ねえ側からも、火之浦先輩側からも。
なんか俺の扱いが軽いような気がするんだわ。
「個人の戦績じゃなくて、どっちの組が勝つかどうかよ!」
「体育祭なんだもん、もちろんよ!」
「…………」
「もちろん体育祭が終わるまで、いっ君はどちらのものでもないからね!」
「どういうこと!」
「体育祭以外の時間は、二人だけの行動禁止ってことよ!」
「……分かったわ!」
「青春同好会リーダーなら、約束は破らないわよね?」
「破らないわ! 約束する」
「じゃあ、また明日! 絶対負けないから! いっ君、明日は迎えに行くからね!」
「え、なんで?」
「二人っきりは禁止なんだから、火之浦美琴と一緒に行動しないといけないでしょ!」
「それはそうだけど」
「じゃ、また明日、二人とも!」
初衣ねえは、何故か勝ち誇ったような顔をして自分の寮へと戻っていった。
「先輩、良かったんですか?」
「なにが?」
「あんな約束勝手にしちゃって」
あの約束通りにするとするなら、
体育祭以外の時間。
恐らく、体育祭が始まる前と後の時間のことを言ってたんだろうけど。
俺は、火之浦先輩と初衣ねえ。
どちらか一人と一緒にいることは禁止されたことになる。
体育祭以外の時間。
初衣ねえ。
火之浦先輩。
どちらか一方と二人っきりになることはできない。
これは青春同好会にも影響がありそうなもんだけど。
「大丈夫よ。何かあっても、凍里が何とかしてくれるし!」
「先輩がいいなら、いいんですけど」
個人的には、あんな約束してほしくなかったんだけどな。
青春同好会とか関係なく、厄介ごとに巻き込まれるのが嫌なだけ。
ま、火之浦先輩は楽しそうだし、いいか。
「さあ、明日から頑張るわ! 伊久留も、一緒に優勝目指すわよ!」
「そうですね」
火之浦先輩は約束通り、そのまま自分の部屋へと帰っていった。
明日から体育祭。
陽碧学園に入って、初めての大きな学園行事。
いったいどんな楽しみが待っているのか。




