7.とりあえず自己紹介します!
陽碧学園は全国各地の学生から人気がある学校だ。
だから、多種多様な出身地を持つ学生が多く存在する。たまに外国からやってきた、なんて生徒もいる。
陽碧市に元々住んでいる者は少ない。ほとんどが寮と下宿のどちらかを選択する必要がある。
下宿では、陽碧市に住む家族やお店にホームステイという形で住まわせてもらうこと。
学園側からはある程度の補助はつくし、下宿先の人は陽碧学園の学生をバイトとして働かせることもできた。無論学生から見てもそれは魅力的なものだったらしく、今まで下宿関連の大きな問題は発生していない。陽碧学園の生徒はそれなりに優秀だし、下宿先の方々も優しいのだ。
下宿を楽しむために大きな家を作った、なんて噂もあったりするぐらい。
もう片方の寮についてだが、生徒会の面々と話した時に少しだけ話題にもなっただろう。
陽碧学園は、陽碧市に五つの寮を持っている。
マーズ、ジュピター、サターン、ヴィーナス、マーキュリー。
名前から分かる通り、惑星の名前をそのまま寮の名前にしている。理由は不明、他の惑星が使われていない理由も不明だ。とりあえず、そこまで名付けのセンスがないことは分かった。
一つの寮で300人規模の生徒が過ごせる、とんでもなく大きい建物だ。一人暮らしをするには十分すぎるほどの部屋が用意されている。個人部屋だったり、グループ部屋だったり、色々なオプションもついてきたりする。一介の高校生にこんな楽園を用意してもいいんですかレベルの寮。そりゃ、陽碧学園への入学志望が増えるわけだ。
ちなみに俺は、マーズ所属。
どの寮に分けられるかはランダムだが、寮によって違いがあるのは立地ぐらいだ。どの寮でも同じような設備が整っているからだ。
そういえば、立地以外にもう一つ。
寮に所属しているメンバーも、大きな違いになってくるのだろう。
初衣ねえ曰く、ランダムで選ばれているとはいえ、意外と似たようなメンバーが集まるらしい。
学園での用事が終われば、寮へ帰宅し、明日の準備を進めながら今日一日の疲れを癒す。
陽碧学園の学生のほとんどがそういう一日を過ごすのだ。
「さて」
陽碧学園入学初日の全日程が終了し、俺は今学生寮のとある一室にいた。
寮の名前は、『サターン』。俺が所属する学生寮とは違う。
「ようこそ、青春同好会秘密基地へ」
ただの寮の一室なんだけどな。
なんてツッコミはやめておこう。
青春同好会のリーダーっぽい口調の女子生徒は、腕を組み胸を張り物理的に上から目線で話しかけてくる。俺は両手をタオルで縛られて、正座させられている。足が痺れてきた。
「あの」
「質問を受け付けましょう!」
受け付けるんだな、この流れで。
「帰して」
「いや!」
「……はい」
速攻大きな声でダメだと言われちゃいました。
「とりあえず名前だけでも教えてくれませんかね……」
部屋の中にいるのは、俺以外に4人。
内3人はさっき俺を拉致してきた奴らで、仲間と思われる奴がもう一人。
「名前!? 私は、火之浦美琴よ! よろしく!」
「あ、はい、ども」
なんというか、ハイテンションをぎゅっと固めたみたいな感じの人だ。
火之浦美琴先輩。なんというか、とりあえず明るい感じの人。元気で快活で前向きな女子生徒、と言えば良いのだろうか。明るい髪の毛を短くまとめているところと、思いっきりな声で話している姿からそういう印象を受けるのだろう。
なんか一緒にいると疲れそう、そんな感じ。
「ほらリーダー、うるさいから。前もそれで注意されたばっかりじゃん」
その隣、他のメンバーより一回り小柄な人。
その声色に抑揚はほとんどなく、ただ淡々としている感じの人。冷静かつ冷徹、冷たい雰囲気を漂わせる女子生徒。さっき参謀なんて言葉が聞こえてきたけど、きっと、というか絶対この人が担当なんだろう。
「水無瀬凍里。よろしく」
水無瀬凍里先輩か。
……ん、水無瀬?
「もしかして妹居ます?」
「守秘」
「……へえ」
だんまりだった。
同じクラスに水無瀬涼乜という女子生徒がいたから、もしかしてと思ったのだが。
まあ、いろんな場所からやってくるんだから、同じ苗字の人もいるだろう。妙に顔立ちが似ているのも、まあそういうこともあるだろうからな。
「私は新樹陽乃女で~す」
部屋のソファで漫画を読む女子生徒。今この部屋にいる中で、明らかに頭一つ抜き出た美貌の持ち主だ。
まさしくモデル体型。スラっと綺麗なスレンダーの身体と、長く美しい髪。ソファでくつろいでいるだけなのに、新樹先輩の周囲がキラキラと輝いているようだった。
「……変態」
と、俺の視界を遮るように最後の四人目が前に立ちふさがった。
震えた。そう、震えたのだ。他の三人よりも遥かに大きな山を二つ携えた女子生徒。
「……名前は?」
「あんたに、教えるなんて、絶対、しないんだから!!!」
火之浦先輩よりも大きな声で、恐らく寝間着姿の女子生徒が喚いた。
「彼女は土浦萌揺。生徒会の土浦葉揺先輩の妹さんですよ~」
「ちょ、陽乃女お姉ちゃん! 全部話すのやめて!」
土浦先輩は、どうやらあの土浦葉揺先輩の妹のようだ。
「それに、御形君とは同級生なんですよ~」
「へ?」
じゃあ、土浦先輩じゃなくて、ただの土浦か。
「だから、全部言わないでって~」
「そういえば、伊久留はどのクラスなの?」
「え、あ、ああ、Bですけど」
いきなり下の名前で呼び捨てかぁ~。
ドキッとしちゃうな。
「じゃあ、萌揺と同じクラスね! 都合がいいじゃない!」
「だからだから!!」
「都合……?」
「それより、萌揺。どうして寝間着姿なの? 今日はちゃんと学校に行ったの?」
「凍里お姉ちゃん……」
「それ、今日行ってないでしょ?」
「う……」
「入学式ぐらいでないとダメ」
「うぅ……」
「萌揺ちゃんは、しょうがない女の子ですね~」
「うわああ、陽乃女お姉ちゃーーん!!!」
「お~、よしよし~」
「リーダーが半ば無理やり受験させたんだから、萌揺をしっかりリードしないと」
「萌揺、あんたはできる子なんだから頑張りなさい!!!」
「み、美琴お姉ちゃん……」
「都合がいいってどういう」
「ほら、リーダー。そろそろ解放しないと不味いし」
水無瀬先輩が、ちょいちょいと俺を指出した。
「あ、そうだった忘れてた!」
「……そのいい加減さだけは治してほしいんだけど」
「御形伊久留!」
「はい……?」
ビシッと、俺を指差してきた。
「青春とは、自分達がやりたいと思ったことへ突き進むこと!」
突然に、火之浦先輩による演説が始まる。
「青春とは、今この一瞬のために全力を尽くすこと! 青春とは、仲間達と共に最高に楽しい瞬間を分かち合うこと!」
一言一言のたびに、火之浦先輩がこちらに近づいてくる。
先輩の顔が、徐々に、徐々に。
先輩の整った明るい笑顔が、俺の目と鼻の先まで近づいて。
「私は、このメンバーで、今だけしかない青春を全力で謳歌したいの! この部活はそのためにあるのよ!」
「……非公式だから、同好会なんだけどね」
「火之浦先輩は部活と言ってますが……」
「言わせておいて」
「ねえ、伊久留!!!」
バシン、と勢いよく俺の両頬に火之浦先輩の手が添えられる。
「ようこそ、青春同好会へ! これから一緒に、全力で青春を謳歌しましょう!!」
おめでと~、と新樹先輩が拍手を送ってくれる。
土浦萌揺は、俺に聞こえるぐらいの舌打ちをする。
水無瀬先輩は火之浦先輩の言動に呆れつつも、どこか楽しそうだ。
俺はというと、とりあえず火之浦先輩の言葉に理解が追い付かず、ただ両頬をぎゅっとされたまま火之浦先輩を見続けることしかできず、
「どういうことですか?」
「そういうことよ!!」
「ん、んんん?」
「諦めた方がいい」
「さあ、明日何するか話し合いましょう!!!」
火之浦先輩の裏表のない純粋な笑みに、俺はすぐに言い返すことはできず、俺がメンバーになって初めての青春同好会の会議が速攻開催されるのだった。