38.ちょっとお昼休憩です!
「そもそもなんで相手が準備するの待つ必要があるんですかね~? すぐに投げれば、それだけで終了するのに。野球って面倒な球技だと思います」
野球の試合を終えた新樹先輩の感想だった。
「才能はあるのに、もったいないね」
「陽乃女お姉ちゃんが本格的にスポーツ始めたら、どうなっちゃうんだろう……」
「金メダル何個取れるんだろ」
「でも、陽乃女はデザインしてる時の方が生き生きしてるから、そっちの方がいいわ!」
「ふふ、ありがとうございま~す!」
火之浦先輩と新樹先輩のハイタッチ。
火之浦先輩の言葉に、俺も少し感心した。
ちゃんと新樹先輩のことを見てるんだな。
「総当たりだから、負けても試合あるのが面倒」
「そうなんですよ~。なら、勝った方が面白いですよね」
「分かるわ!」
「投手疲れるって聞きますけど、新樹先輩大丈夫なんですか?」
「問題ありませんよ~」
「なんでそんな動けるか理解に苦しむ」
「ご飯食べに行きましょ!」
「賛成」
「お腹空きました~」
「あ、お姉ちゃん! 屋台の場所の案内があるよ!」
「ありがと、萌揺!」
土浦からタブレットの案内画面を火之浦先輩が受け取った。
横目で俺もそれを確認した。
陽碧市の至る所、特に競技に使う施設同士を結ぶ同線上に多く分布しているみたいだ。
もちろん陽碧市に元々存在する店も出店しているみたいだ。
それにファミレスなど、いつものお店も営業しているらしい。
陽碧市外からの観光客も訪れるみたいだし。
「色々と混みそうですね」
並んだり、混んだ店内だったり。
あまりそういうのは得意ではない。
さっさと並んで、さっさと入店して、さっさとご飯は食べたい。
「ええ!? 待つ時間も楽しまなくちゃ!」
だが、我らがリーダーは俺とは反対の意見みたいだ。
「どうやって楽しむんですか?」
「しりとりとかあるでしょ!」
「あ、そういう感じっすか」
遊びで時間つぶしできるでしょ? という意味か。
「私は嫌。待つぐらいなら、簡単なご飯で済ませる。自炊するし」
「私は慣れているので~。そういう時間も含めて、”食事”ですから」
「え、と。私はそういう経験ないから分からないや」
五者五様だった。
俺と比較的意見が近い水無瀬先輩だが。
「そもそも食事に興味ない。食事のために並ぶってなに?」
そこが俺と違う。
できるなら美味しい食事を食べたいとは俺は思うけど、水無瀬先輩はそのへんもどうでもいいみたいだ。
「とりあえず屋台でも見てみますか」
「そうね! とりあえず見てみましょう!」
火之浦先輩を先頭にして、青春同好会屋台探索開始。
「なんか生徒も出店してません?」
出店の中には、陽碧学園の制服を着た人達もいた。
料理同好会、とか、焼き肉同好会とか色々看板に書いてあるけれど。
「同好会でも、希望を出せば出店できる」
「それもう文化祭じゃないですか!」
「もちろん、自分の組との兼ね合いが必要だけど」
「私達も出店してればよかったわね!」
「何するんですか?」
「色々な食べ物を作って売るわ!」
「多分保健所の審査通らないから無理だね」
火之浦先輩の欲深い願望は、水無瀬先輩によってバッサリ切られた。
探索している中で、見慣れた名前の看板が見つかる。
『新樹陽乃女のアマテラススポーツウェア』。
と、デカデカと書かれている。
「新樹先輩、しれっと出店してるんですね」
「両親の部下の人達が手伝ってくれてるんですよ~。遊ぶためのお金って、大事ですからね」
「流石っすね」
「ねえ、伊久留! 焼きそばとかフランクフルトとか沢山あるわ! はい!!」
「ぶふぉっ」
すでに買いあさっていた火之浦先輩に、次々と口に色々と運ばれていく。
濃すぎるソースの臭いが、口から鼻へと流れてきた。
これぞ、祭りって感じの味だった。
「むぐむぐ」
「次はラムネの早飲み対決よ! 萌揺、手伝って!」
「え、ちょ、お姉ちゃん!」
「ぜひリーダーに付き合ってあげて」
「……っぐ、水無瀬先輩も一緒にどうですか?」
「私は少食だし。リーダーの暴食に付き合ったら、破滅する」
「見たまんまですね、先輩」
「うるさい」
「でも、ここまで盛り上がってるとは思いませんでした」
「まあ、体育祭って行事は毎年絶対開かれるしね。陽碧学園の広告塔にもなるし、色々と盛り上がらないといけないってのもあるかもね」
「でも、こういう出店って文化祭とかでやるイメージでしたよ。体育祭って、運動メインの行事だし」
「その年の行事内容は生徒会が中心で決めるから、なんとも言えないけど。この辺の出店はサブイベントみたいなものだよ。体育祭は運動部とかが中心の行事で、ここなんかよりも競技してる場所の方が盛り上がってると思う」
「さっきの野球でスカウトマンが来てる、みたいな感じですか」
「そうだね」
去年は障害物競争みたいなもの、とか言っていたけど。
そんな競技で、運動部をアピールできるものなのだろうか?
「あくまで入口だよ、体育祭は」
「そ、そうですか」
「自分は学業だけじゃなくて、しっかりと運動にも注力してますよってアピール」
「そういうことも考えなくちゃいけないのは、生徒会も大変ですね」
「個人的には止めてほしいとは思ってる」
「運動ができないからっていう個人的な理由じゃないですか」
「売れ行きはとても良好でした~」
自分の出店の確認に行っていた新樹先輩は、とても嬉しそうにしていた。
「列もできてるし、好調で安心した」
「ありがとうございます~。これで体育祭少しは楽しめそうです」
「新樹先輩って、隠れ超人ですよね」
「いや、普通に超人」
彼女のどこに欠点があるのだろうか。
「欲しくても手に入らないものは、私でもありますよ」
「へえ、そうなんですか? それって……いて」
「御形はリーダーのお世話」
水無瀬先輩が俺の踵を思い切り踏みつけてきた。
そのせいで話は中断。
そのタイミングで、向こうの方から火之浦先輩と土浦がこちらに帰ってきていた。
「虹色のラムネが売っていたわ!」
「お、お姉ちゃん重い……」
「土浦に荷物持たせてるんですね」
体力ない土浦に酷いことをするものだ。
「ほら。だから御形がお世話しないと。萌揺は肉体労働で役に立たないから」
「土浦、先輩達と遊びたいとか言ってたんで嬉しいんじゃないですか?」
「結局後で文句言うから」
虹色のラムネがパンパンに詰まった袋を地面に落として、土浦はその場でへたり込んだ。
「土浦、大丈夫か?」
「お、男のあんたが持ちなさいよ、ほんとッ!」
「連れていかれたのは土浦だろ?」
「それとこれとは話が違うから!!!」
多分頭も回っていないのだろう。
「はあ、はあ」
「体育祭を機に、体力作りでもすれば?」
「余計なお世話よ!!」
「へいへい」
息を荒くしている土浦を無視して、火之浦先輩は買ってきた虹色ラムネを水無瀬先輩と新樹先輩に見せびらかしに行っていた。
袋の中には、ラムネがあと十本ぐらい残っている。
あの先輩、どんだけ買ってんだよ。
ラムネは一本で十分だろ。
「いや、まずい!!!」
「ま、まずいわね……」
「まずいですね~」
しかも、虹色ラムネはまずかったらしい。




