35.体育祭前日です!
木曜日の夜。
中間試験の結果はまだ返ってこない。
先生たちの粋な計らいなのか。
今日のクラスメート達は、どこか安心した顔をしていた気がする。
中間テストの結果は、体育祭の後。
今は中間テストのことを忘れて、体育祭を楽しみたい。
陽碧学園の生徒全員、もちろん俺も、そう思っている。
「なーんでこうなるかなぁー」
反省室から出てきて、そんな声が漏れてしまった。
「阿呆。自業自得だ」
「慰めてくださいよ」
「青春同好会の奴らに慈悲などいらんだろ」
「それは反論できないですけど」
反省室の前で待機していた武見先輩の視線が痛い。
明日体育祭があるから、と決起会をしたがる火之浦先輩。
ただご飯とかお菓子とかを食べるものだと思っていたのだが。
海岸沿いまで行き、火之浦先輩が持ってきた花火を始めた。
「明るい時の花火って面白いのかしら!」
そんな興味本位の理由で、火之浦先輩は打ち上げ花火に火をつけた。
夏休みの夜にたまに聞く打ち上げ音が聞こえ、パンと綺麗な火花が散った。
正直、そこまで驚きはない。
太陽が昇った空に花火は不釣り合いだ。
全員それには同意しており、今度は夜花火を打ち上げようということになった。
で、あまりの花火を適当に処理していたところ、風紀委員がやってきた。
そりゃ、打ち上げ花火を上げれば、誰だって気づくだろう。
夏じゃないのに、そもそも学園の敷地なのに、打ち上げ花火は絶対おかしい。
そこで、俺達は急いで片づけて、分散して逃亡を図った。
で、結局俺は捕まって反省室行きとなった。
「し、死ぬ……」
と、後ろから土浦も反省室から出てきた。
結局捕まったのは、青春同好会新人二人だけだった。
「そういえば、土浦初めてか」
「も、もう入りたくないよぉ」
「青春同好会にいる限りはダメだな」
「ですよね」
「そ、それは嫌だけど」
反省室の課題で脳まで溶けた土浦は、その場に座り込んでしまった。
「なんか安心したよ」
武見先輩は俺と土浦の姿を見て、なぜか安心した表情をしていた。
「どうしてですか?」
「あいつら……ああ、お前らの先輩だが、反省室の課題も何気なしにやりやがるから、ちゃんとした難易度設定できてるか心配だったんだ。二人の姿を見て、改めてちゃんとしてたと気づくことができたよ」
「はあ、どういたしまして」
「学年上位陣が軒並み問題児なのは、悩みの種だよ。来年どうなるんだろうな」
「お姉ちゃん達に早く会いたいィ」
「さて、俺は仕事があるから失礼するよ。その女の子を、しっかり送り届けてやれ」
「はい」
「それと」
ようやく解放されると思った俺に、武見先輩は真剣な表情で、
「体育祭では、大人しくしててくれよ」
そう忠告して、どこかへ行ってしまった。
そんな無茶な注文を、俺にしないでくれよ。
「ほら、土浦起きろ。帰るぞ」
「おねえちゃ~ん」
何気に火之浦先輩無しの反省室は初めてだった。
土浦と俺の成績は同程度ぐらい。
お互いに助け合うことすらできず、前回の二倍の時間が掛かった気がする。
「起きろって。疲れてんのは分かるけどさ」
「なんでよ。あんたが先に帰ればいいじゃない」
「暗くなってきてんだから、一人にはさせられないだろ」
「……ふん」
「ほら。手を握れって」
「嫌」
「おいおい」
俺が手を差し伸べても、土浦は立ち上がろうとしない。
つっけんどんな態度でそっぽを向いている。
いつも通りの土浦だけど。
夕方は過ぎて、夜になろうとしている。
そんな時間帯に、土浦を一人で帰せない。
どうせ他の先輩達もどっかで待っててくれるだろうし。
「ほら、無理矢理連れて行くからな」
「なら、起きる! あんたの手伝いなんかいらない!」
「はいはい」
土浦は立ち上がり、スカートの砂を叩き落とした。
立ち上がったのを確認して、スマホでメッセージを確認しながら校門の方へと向かう。
火之浦先輩から『先に帰るわ!』と連絡が来ていた。
待っててはくれなかったらしい。
後ろを振り返ると、土浦がスマホを見ながら絶望していた。
「う、そ、だよね。お姉ちゃん達……」
「ま、三時間も四時間も待ってられないよな」
「ふ、踏んだり蹴ったり、というやつだあ!! わああん!」
「先輩達がいないだけで、泣くかよ」
「うるさい、馬鹿!!!」
土浦は速足で俺を通り過ぎていく。
俺もとりあえず土浦に付いていった。
「ついてくんな!!」
「いや、途中まで帰り道は一緒だろ」
「近寄ってくんな変態!」
「冤罪冤罪」
部活帰りの生徒達が驚いてるから、やめてくれ。
校舎を抜け、橋を渡り、陽碧市市街地の入り口に入る。
俺はいつのまにか土浦を抜き去っていた。
少しずつ、土浦の歩幅が小さくなっていたのには気付いていた。
抜き去ってしまえば、何かしら文句を言ってくるだろうとは思っていたが。
落ち込んでいるようにも見える。
顔は前を向いているけど、目線は足先辺りに向いている。
ちらちら後ろを確認しているが、土浦がこちらに気付く気配はない。
「おい」
「…………」
「おいって」
「え?」
「危ないって」
「ち、近寄んな馬鹿!!!」
俺が足を止めて、俺の声に土浦が気付くまで。
近づいてきたのは土浦の方だ。
俺は足を止めて待っていただけなのに。
「なんでそんな落ち込んでるんだ?」
「お、落ち込んでなんかないし……はあ」
「ため息ついてんじゃん」
「ついてねーし」
「何言ってんだか」
まあ、本人はそう言ってるんだから、これ以上追及するのもだな。
「はあ」
「…………」
「はあ」
「……本当に何があったんだよ」
そこまで背後でため息をつかれたら気になってしまうだろ。
「別に……」
「先輩達が待っててくれなかったのが気に入らなかったんだろ」
「それはまあ、そうだけど」
「連絡したら来てくれるんじゃないか?」
「うん、多分」
「連絡するか?」
「……いや、いい」
「珍しいな」
「うん」
結構一緒にいるけど、ここまで歯切れの悪い土浦は初めてだな。
先輩達が先に帰ったのが効いているのかと思ったんだが、そうでもないらしい。
「ご、御形は、体育祭何するの?」
「俺か?」
「そう」
「一応会議には参加してるけど、ほとんど火之浦先輩頼りだから、俺はそのサポートかな。やることあるのかは微妙だけど、一応火之浦先輩の暴走を止める役割かな?」
「やることあるんだ」
「ないようなもんだけどな」
「はあ」
「体育祭絡みで何かあったんか?」
こくり、と首を縦に振った。
「土浦は新樹先輩と同じ組だったよな。知っている人がいるから安心じゃないか?」
「ん。陽乃女お姉ちゃんは野球のチームに抜擢されちゃったから」
「ほう」
「私、その、どこの競技にも選ばれなかったし」
「となると、宝探しメンバーか?」
「他に一緒に探す人もいなくて、どうしようかなって」
「新樹先輩が……ああ、なるほど」
新樹先輩が野球の試合をしている時は、土浦は一人になる。
一人になってしまう時間が、土浦の悩みの種のわけだ。
「火之浦先輩とか誘えばいいんじゃないか?」
水無瀬先輩は中心メンバーだから忙しそうだけど。
火之浦先輩は宝探しの担当だから、そこまで忙しくないだろ。
「お、お姉ちゃん達の邪魔するのはちょっと」
「ん? なんで遠慮してんの」
いつも我儘ばっか言ってるのに。
「なによ、それ!!」
「だってお前いつもめちゃくちゃ我儘じゃん!」
「せ、青春同好会では自分のしたいことは言ってもいいじゃない!!」
「それはそうだけど、いつもは強引というかなんというか」
「こ、今回は同好会関係ないし」
「仲いいんだから、頼めばいいのに」
「そ、それは……」
何か言いたそうにしている。
だが、それ以降何も喋らずに、鋭い目つきで俺を睨み続けるだけだった。
「し、死ね!!!」
「理不尽だな」
土浦は呪いの言葉を吐き捨てて、自分の寮へと全速力で走っていった。
なんというか、よく分からん奴だ。
新樹先輩は、火之浦先輩と水無瀬先輩に陽碧学園で出会ったらしい。
土浦はその二人と幼馴染と言っていた。
青春同好会内の旧知の仲は、先輩二人と土浦ということだ。
そんな間柄だというのに、同好会以外のことには遠慮するみたいだ。
恐らく土浦は、同じ組の新樹先輩が野球の出番で不在な時に、一人でいなくてはいけないことが不安なのだ。
本当は他先輩達と一緒にいたいんだろうけど。
なぜか土浦は遠慮している。
お互い知っている仲だろうに。
逃げ出した土浦を追うことはせず、俺も自分の寮へと戻る。
その最中、初衣ねえのことを考えていた。
物心がついた頃から、俺は初衣ねえのことを知っている。
土浦と先輩達のように、俺も初衣ねえとは旧知の仲だ。
もし、俺が土浦と同じ立場だった時。
俺は、初衣ねえに一緒にいてほしいと頼めるだろうか。
生徒会長として多忙の初衣ねえに?
「無理、かもな」
そういうことなのだろうか。
幼馴染の初衣ねえと、生徒会長の初衣ねえ。
同じ初衣ねえなのに、違う初衣ねえを見ているように思う。
普段の初衣ねえには色々言えるけど、生徒会長の初衣ねえには。
「邪魔しちゃダメだって思っちゃうかも」
同じ穴の狢というやつか。
土浦のことが、心配になってきた。
なんとかしてあげるべきか。
「ん?」
寮の前まで来たら、火之浦先輩がベンチに座っていた。
深々と座り込んで、空を眺めながら足をプラプラさせていた。
何を考えているんだろう。
火之浦先輩、美人だから絵になるな。
「せんぱ……ごばぁつ!!!」
火之浦先輩に話しかけるために走りだそうとした瞬間、後ろから思いっきり引っ張られて数メートル後ろの茂みまで引きずられていった。
「ぐ、ぐるじ……」
「ご、ごめん、いっ君! 力加減間違った!」
初衣ねえが、涙目で寝そべった俺を覗き込んでくる。
そんなに心配そうな表情をしている癖に、やってることは暴力そのものだぞ。
この人には、遠慮というものがないようだ。
「で、なに? 何かあるなら、連絡くれればさあ」
「約束しても、火之浦美琴に邪魔されるじゃない!!!」
「ああ……」
「最近は火之浦美琴も作戦会議でいなかったから、タイミングさえ合えば会いに行けたのに」
「生徒会も同じように忙しいよね」
「そうよ! もう、掩が行かせてくれないのよ! ひどくない、あの子!!!」
でも、大導寺先輩がいなければもっと忙しかったと思う。
「体育祭はもうすぐ終わるし、そうしたら火之浦美琴は自由になるし、いっ君と関わる機会がもっと減っちゃうし、そうなったら私死んじゃう……」
「体育祭が終わったら、また何かあるの?」
「予定たっくさんあるんだから、忙しくない方が珍しいかも」
「凄いね、初衣ねえ」
「むふ。いっ君に褒められるなら、もっと頑張ってもいいかも!」
死なれたら困るから、時折褒めてあげよう。
「そんなことはいいとして、どうして俺を襲って……」
「お、襲ってない! 助けただけ!」
「唐突に後ろから引っ張った癖して」
首回りが、まだ少し痛かった。
初衣ねえって、結構力強いんだね。
火之浦先輩が座っていたベンチの方を見たら、すでに彼女の姿はなかった。
なんか、ちょっと、残念だ。
「い、いなくなったわね!」
そんな俺を他所に、初衣ねえはとても嬉しそうだ。
今日は初衣ねえが火之浦先輩を出し抜くことに成功した。
「甘いわね!!!」
「きゃあ!」
そんなことはなく、火之浦先輩が茂みの向こうからこちらに飛びかかってきた。
どうやら火之浦先輩は気づいていたらしい。
姿を消したのも、ここまで忍び込んでくるためだった。
「どうして気づいたのよ!」
「私が伊久留の悲鳴に気付かない訳がないわ!」
嬉しいようで、嬉しくない言葉だな。
そんな覚えられるぐらいの悲鳴上げてましたか?
「なにそれ! 私はいっ君の呼吸で見分けられるんだから!」
「凄いわ! 私もいつかそうなりたいわね!」
なんちゅう会話してるんや。
「って、そんなことはどうでもいいの! 火之浦美琴、離れなさい!」
「嫌よ! 伊久留は青春同好会なんだから!」
「意味が分からない理由を言わないで!」
「いや、事実事実」
「いっ君は生徒会に入れる予定だったんだから!」
「それ面白いわ! 今度の生徒会選挙は一緒に立候補しましょ!」
唐突のお誘いに、俺は即座にノーを突き付けた。
一緒に?
火之浦先輩、生徒会に入りたいの?
「そういえば、凍里はどう! 凄い子でしょ?」
俺が火之浦先輩に真意を聞く前に、話題は体育祭の話へ。
「み、水無瀬さんなら凄く頼りになるとは思ってるけど!」
「でしょ! 欲しくても上げないわ!」
「別に欲しいとは思わないけど……」
「生徒会には小夜鳴先輩がいるんだし、必要ないだろ」
「それもそうね!」
「るる、か。頼りになるけど、可愛げがないのよね」
「かっこいいじゃない!」
「そうだけど、私としては可愛げがある方がいいな」
「え? 水無瀬先輩って可愛げあるの?」
「るるよりあるよ! るるなんてね!」
数分、水無瀬先輩と小夜鳴先輩の話題で盛り上がる三人。
「って、そういう話をしたいんじゃないの!」
「楽しかったわ!」
「仲いいね、二人」
「よくない!」「仲良しね!」
息ピッタリなんだもんな。
「じゃ、伊久留。行きましょ!」
「ねえ! いっ君は渡さないって言ってるじゃん!」
「明日から体育祭なんだから、帰って休むべきよ!」
「早く寝たい気持ちはある」
「火之浦美琴は、いっ君と同じ寮じゃない!」
「そうよ!」
「ずるい! ずるいずるいずるい!!」
陽碧学園生徒会長は、強く地団駄を踏んだ。
周りには人影はない。
この姿を生徒に見られなくてよかったな、初衣ねえ。
なんやかんや運がいいね。
「勝負よ、火之浦美琴!」
何か強い決心を目に宿して、初衣ねえの宣戦布告が行われる。
「明日からの体育祭で、勝った方が一日いっ君を自由にできるの!」
「乗ったわ!」
「乗るんだ……」
また賭けの景品にされてしまった俺。
初衣ねえ側からも、火之浦先輩側からも。
なんか俺の扱いが軽いような気がするんだわ。
「個人の戦績じゃなくて、どっちの組が勝つかどうかよ!」
「体育祭なんだもん、もちろんよ!」
「…………」
「もちろん体育祭が終わるまで、いっ君はどちらのものでもないからね!」
「どういうこと!」
「体育祭以外の時間は、二人だけの行動禁止ってことよ!」
「……分かったわ!」
「青春同好会リーダーなら、約束は破らないわよね?」
「破らないわ! 約束する」
「じゃあ、また明日! 絶対負けないから! いっ君、明日は迎えに行くからね!」
「え、なんで?」
「二人っきりは禁止なんだから、火之浦美琴と一緒に行動しないといけないでしょ!」
「それはそうだけど」
「じゃ、また明日、二人とも!」
初衣ねえは、何故か勝ち誇ったような顔をして自分の寮へと戻っていった。
「先輩、良かったんですか?」
「なにが?」
「あんな約束勝手にしちゃって」
あの約束通りにするとするなら、
体育祭以外の時間。
恐らく、体育祭が始まる前と後の時間のことを言ってたんだろうけど。
俺は、火之浦先輩と初衣ねえ、どちらか一人と一緒にいることは禁止されてたことになる。
体育祭以外の時間、俺は火之浦先輩と初衣ねえ三人でいるか、誰とも一緒にいないか、の二択になっている状況だ。
これは青春同好会にも影響がありそうなもんだけど。
「大丈夫よ。何かあっても、凍里が何とかしてくれるし!」
「先輩がいいなら、いいんですけど」
個人的には、あんな約束してほしくなかったんだけどな。
青春同好会とか関係なく、厄介ごとに巻き込まれるのが嫌なだけ。
ま、火之浦先輩は楽しそうだし、いいか。
「さあ、明日から頑張るわ! 伊久留も、一緒に優勝目指すわよ!」
「そうですね」
火之浦先輩は約束通り、そのまま自分の部屋へと帰っていった。
明日から体育祭。
陽碧学園に入って、初めての大きな学園行事。
いったいどんな楽しみが待っているのか。
楽しみだ。




