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我々青春同好会は、全力で青春を謳歌することを誓います!  作者: こりおん
我々青春同好会は、全力で体育祭で勝ちを狙うことを誓います!

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34.体育祭まであと少しです!

 中間試験は終わった。

 五月の最後、金土日で体育祭は開催される。

 土日を挟んだ月曜日の学園は、活気に満ち溢れている。

 中間試験が終わったという解放感。

 体育祭を目前に控えた高揚感。

 廊下や教室で聞こえてくる会話から、そんな感情が読み取れる。

 それは青春同好会も例外ではなかった。


「さあ、買い物に行くわよ!」


 今日も今日とて、食堂で昼ご飯。

 すでに昼ご飯を食べ終わっていた火之浦先輩がそんなことを言っている。

 まるでピクニックに行く前の子供のようだと思った。

 

「何か買う必要があるの?」

「もちろんあるわ!」


 水無瀬先輩はタブレットから視線を外さずに、火之浦先輩に質問していた。

 今日は火之浦先輩、俺、水無瀬先輩の並びで座っている。

 横目にタブレットを見ると、各競技と出場選手の情報が事細かに記載されていた。


「体育祭はね、お祭りなのよ!」

「そうだね。()()()だもんね」

「だから、お菓子とか欲しいじゃない!」

「そうなの?」

「いや、俺に聞かないでくださいよ」

「だから放課後はみんなでお買い物よ!」

「ええ……」


 水無瀬先輩は嫌そうな反応を示していた。

 土浦はもちろん鼻息を荒くして喜んでいる。

 新樹先輩はいつも通り朗らかな笑みを浮かべている。

 

「反対意見はないわね!」

「ん」

 

 誰も手を挙げていない。

 嫌々ながらも、水無瀬先輩は付いてきてくれるらしい。


「でも、まだ日数ありますよ。直前とかでいいんじゃないですか?」


 今は月曜日で、体育祭開催まで時間はある。

 お菓子とか買うなら、直前の方がなんとなく良い気もするが。


「今日、したいの!」

 

 らしい。

 今までも数日前からやること決めて、なんてことはしてこなかった。

 突拍子もない火之浦先輩の言葉にも驚くことはしない。

 しかも今回はただの買い物だ。

 桜の木を作る、とか、生徒会室に侵入して、とかではない。

 楽なものだ。


「じゃ、放課後になったら橋渡ったところに集合ね!」


 というわけで、今日の放課後は買い物に付き合うことになった。

 青春同好会にしてはまともな活動内容だ。


「それ、さっきから何してるんですか?」


 隣の水無瀬先輩に話しかける。

 タブレットに表示されている情報が何なのか、少し気になった。


「赤組の出場選手についての情報」

「例えば?」

「体力測定とか部活の大会の結果とか。その選手が競技でどれくらいの力を発揮できるか、ここから予測する」

「そのアルファベットは、ランクというか、評価値みたいな感じですか?」

「そうだね。他言しないでよ」

「しませんよ」


 正直、ビッシリ色々と情報が敷き詰められているからよくわからない。

 なんか数字が記入してある、なんかアルファベットが記入してある。

 その程度の認識でしかない。

 

「それ、私も見ていい?」

「リーダーはダメ」

「どうしてよ!」

「リーダーはこの情報上手く使う」


 それ、俺は上手く使えないから見てもいい、と言ってませんか?


「えー! 見せてよ!!」

「駄目だから」

「伊久留、それ取って!」

「無茶言わないでくださいよ!」


 タブレットを取ろうとする火之浦先輩。

 それを阻止しようとする水無瀬先輩。

 その間で揉みくちゃにされる俺。


「ち、近いんで! あと倒れそうなんで!」

「リーダー、こっちには生徒会長がいるんだから、不正はダメ……」

「もー! 凍里の考えも知りたかったのに!」


 身を乗り出した火之浦先輩が、俺の太ももの上に倒れこむ。

 柔らかい感触にドギマギしながらも、火之浦先輩を起こして、水無瀬先輩から距離を取らせた。

 

「伊久留、どうして邪魔するの!」

「不正ですから。勝手に見るのはダメですよ」

「これも作戦よ!」

「そういうのはバレちゃダメなんです」


 ポカスカ叩かれる。

 体育祭に、相手の作戦を盗んだらダメなんて規定はない、と思う。

 そもそも空き教室で作戦会議をしているのだから、情報は簡単に漏れるだろうし。

 だから水無瀬先輩のタブレットを見ることは特に問題はない。

 俺がタブレットを見ても水無瀬先輩は文句を言わなかった。

 

「水無瀬先輩も嫌がってるんで。正々堂々戦いましょう」


 しかし、火之浦先輩が見るのは嫌がった。

 火之浦先輩がその情報を知るというより、恐らく火之浦先輩経由で小夜鳴先輩に情報が渡ることを恐れたのだろう。

 火之浦先輩はぶーたれていたが、水無瀬先輩が恐れる気持ちも分かる。

 小夜鳴先輩だったら、その情報を上手く使うだろうし。

 

「それもそうね!」

「ふう」

「楽しそうですね~」

「むー。私が向こうに座ればよかった」


 土浦は羨ましそうにこちらを見てくる。

 先輩達にいつも隣にいてほしい土浦が俺にそんな視線を送るのは日常茶飯事だ。

 

「そういえば、そろそろ梅雨が始まりますね~」

「嫌な季節」

「私は外でないから気にしないけど」

「梅雨は梅雨で面白いわ!」

「服が濡れるのは勘弁ですね~」


 六月は梅雨の季節。

 天気は基本雨。

 嫌いな人もいれば、好きな人もいる。

 俺は嫌いだ。

 濡れるのが、嫌いだから。

 新樹先輩と同意見だ。


「火之浦先輩は梅雨好きなんですか?」

「雨でしかできないこともあるからね!」


 火之浦先輩らしいな、と俺は思った。

 雨でしかできないこと、が俺にはよくわからなかったけど。

 そういう考えは素敵だと思う。


「でも、俺は雨嫌いです」


 素敵だけど、そこは相いれない。

 登下校が毎日億劫になる、というだけで嫌いになる理由は十分だ。


「私以外、梅雨嫌いなの?」

「嫌い」

「ですね」

「そこまで好きではないで~す」

「わ、私は特に気にしないけど」

「好きの反対は、無関心っていうよな」

「御形、うるさい!」

「そうだったのね、それは知らなかったわ!」


 バシン、とテーブルを火之浦先輩が叩いた。

 大体こういう時は、何か思いついた時だ。

 

「梅雨でもできる遊びを考えるわ! 待っていなさい!」

「誰も待ってないけど」


 冷静に突っ込む水無瀬先輩。

 でも、なんか楽しそうなんだよな。

 気のせいかな。


「なんだかんだ美琴ちゃんが考えることは楽しいですからね~」

「つ、梅雨は部屋で静かに……まあ、いいか」

「萌揺とゲームよりはマシ」

「そんなに嫌ですか」

「萌揺と戦ったんなら、分かるでしょ」

「まあ」


 成す術もなく、あっという間に制圧される。

 割とあのゲームは頑張っていたんだけど、実力差を見せられたらな。

 

「でも、あれだけ強かったら味方だと頼もしいのでは?」

「何しなくても勝てるって、楽しくないよね」

「……なるほど」

「わ、私の名前呼んだ?」

「呼んでない」

「呼んでねえ」

「ふ、二人して酷くない!」


 動揺する土浦に一瞥すらしない水無瀬先輩。

 相当土浦とゲームするのが嫌らしい。

 今後そういう場面に遭遇したら、逃げようと思う。


「ねえ、伊久留! 早くご飯食べなさい!」

「まだ昼休み始まって十分しか経ってないですから」

「伊久留! ジュース買いに行きましょ!」

「いやまだご飯……」

「伊久留! お菓子も」

「だあ! うるさいですよ! まだ食事中ですから!」


 火之浦先輩は俺の肩を掴んでブンブン振り回してくる。

 手に持った弁当が手から零れそうになるほど力強かった。

 


**********



 放課後。

 陽碧学園から橋を渡った先のベンチに座って皆を待つ。

 これから体育祭に向けた買い物へ行くことになっているのだが。


「遅い……」


 俺以外、誰も到着していない。

 一人寂しく、スマホやタブレットを弄って十分は経過していた。

 放課後集合する、という話は確かにした。

 それは青春同好会全員が聞いていたのも確かだ。

 ただ、放課後の具体的な集合時間について誰も話をしなかった。

 俺は放課後になったらすぐ、だと思っていたんだけど。

 他のメンバーはそういう認識ではなかったらしい。

 グループにメッセージを送っても、既読すらつかなかった。


 教室を出る時、すでに土浦の姿はなかった。

 先に行ったと思ったんだけど、土浦の姿はどこにもない。

 あいつだったら、集合場所直接じゃなくて、先輩達の方に行きそうだが。

 一番の疑問は、火之浦先輩がまだ来てないことだった。

 いの一番に来そうな人なのに。


「事件? 反省室に入れられたとか?」


 有り得る話だと思う。

 あの人、突発的に何かするからな、人に迷惑になりそうなこと。

 でもそういうことがあれば、すぐに連絡寄越しそうなんだけどな。


「一度学園に戻る……いや、めんどくさいな」


 集合場所はここ。

 橋を渡る人なら誰でも目がつく場所だ。

 放課後になってなるべく早くここまで来たんだ。

 ここから離れてどこかへ行った、なんてことはないはずだ。

 だから学園まで戻って探すのが手っ取り早いんだけど。

 それは、ちょっと、めんどくさかった。


 俺は別に待つことが苦にはならない。

 夢の国の五時間待ちだって全然余裕だ。

 でも、待たせられるのは少し辛い。

 だって、寂しいから。


「やっぱ探すか」


 スマホをポケットに入れて、ベンチから立ち上がった。

 メッセージには未だ既読は付かない。

 なんかちょっと心配だから、学園に戻ることとする。

 橋を渡り、学園の敷地に入る。

 すると、奥の方から見慣れた姿がこっちにやってきた。


「火之浦先輩」

「あら? どうしたの!」

「なにかあったんですか? 反省室ですか?」

「ん、どうして反省室なの? 保険委員長に呼ばれたのよ」

「小夜鳴先輩? ということは、体育祭関係?」

「そうよ! 体育祭で宝探しに動員できる平均人数を教えてくれたの!」

「だから遅れたんですね」

「あ、メッセージ送ってくれたの? ごめんね、気づけなくて!」


 火之浦先輩は自分のスマホを取り出して、ようやく気付いてくれた。

 そういえば、火之浦先輩ってあんまりスマホ確認しないんだっけ?

 前の会議も連絡を知らなかったし。


「他の人達は?」

「知らないわ!」

「土浦とも会わなかったんですか?」

「萌揺? 会ってないけど」

「じゃあ、なんだったんだ?」

「あ、連絡きてる」

「誰からですか?」


 火之浦先輩はスマホのトーク画面一覧を見せてくる。

 『水無瀬凍里』からは、『ごめん。体育祭関係で遅れる』と来ていた。

 『ひのめ』からは、『仕事を少し終わらせて来ます』と来ていた。

 土浦からは、特に何も来ていなかった。

 俺のメッセージには何も送ってこなかったのに。

 時間を確認したら、俺がメッセージを送った後ぐらいの時間だ。

 くそう。


「萌揺はどうしたのかしら?」

「さあ。とりあえずメッセージ送ったらどうですか?」

「それもそうね!」


 火之浦先輩は両手でスマホを操作する。

 メッセージを送れたのか、先輩はポケットにスマホをしまった。


「じゃあ、行きましょうか!」

「え、いいんですか? ここ待ち合わせ場所ですよ?」

「いいわよ! 皆に行先伝えれば」

「さっき伝えたんですか?」

「頼んだわ、伊久留!」


 火之浦先輩はそのまま市街地の方へと歩き始めた


「え? どこに行くんですか?」

「秘密!」

「なんじゃそりゃ!」


 急いで火之浦先輩の後を追った。



***********



「人騒がせだな、もう」


 待ち合わせ場所から歩いて十分。

 陽碧市のスポーツ用品店にやってきていた。

 グループにこの場所に待ち合わせ場所が変更になったと送っておいた。

 体育祭前だからか、ちらほら生徒の姿も見える。

 特にスポーツウェアのエリアに固まっているように思う。

 俺と先輩も、このエリアにいる。


「前テニスした時の服じゃダメなんですか?」

「んー、別にいいんだけどね」


 女性用のスポーツウェアを一着ずつ確認している。

 その後ろでとりあえず腕を組んで火之浦先輩を待っていた。


「これ、どう思う!」


 赤色を基調としたスポーツウェア。

 可愛いというよりは、かっこいいよりのものか。

 火之浦先輩には似合うとは思う。

 それを着ている、火之浦先輩を想像してみた。

 ちょっと、いや、結構いいと思う。

 

「い、いいと思いますけど」

「ふーん」


 俺の感想に、火之浦先輩はそこまで興味がないように思えた。

 

「これは!」


 バシッと見せてきたのは、ピンク色のものだった。

 花柄が散りばめられた、ちょっと、どころか結構可愛いスポーツウエア、

 その服を先輩は自分の身体と重ね合わせて、俺の方に見せてくる。


「可愛いと思いますよ」

「……そうね!」


 火之浦先輩は持っていた服を元の場所に戻した。

 意外と可愛らしい花柄の服も似合うんだな、と少し感心した。

 特に何も考えずに、咄嗟に感想を口にしてしまった。

 単純明快な感想だったけど、別に嘘偽りない言葉だし、まあいいか。


「他に何かいいものないかしら!」


 俺に向かって、そんなことを言ってくる。

 俺に、聞いているんだろうか?


「え、と」

「伊久留も探して!」

「はあ」


 先輩の隣に並んで、俺も女性用スポーツウェアを選ぶことになる。

 俺はそこまでファッションに詳しいわけではない。

 小学校はずっと母親が買ってきたものを着ていた。

 中学校は多少選んではいたけど。

 正直、自分にセンスがあるとは思えない。

 もし火之浦先輩に、ダサいと思われたらどうしようか。

 とりあえず適当に選んでみよう。

 目の前にあった服の中から一つを取り出してみる。


「伊久留は、こういうのがいいの?」

「へ?」


 俺の手元を覗き込む火之浦先輩。

 俺が手に持っていたのは、派手目のスポーツウェア。

 ピンクのハートが沢山散りばめられた、可愛らしいという言葉では言い表せないほど可愛さに全振りしたスポーツウェアだった。

 もうこれ買うの小学生ぐらいだろ、レベルのもの。


「いや、これは、適当に選んだだけですから」

「ほんと?」

「本当です」


 サッと戻す。

 これはあんまり、火之浦先輩に似合うものではない。

 ピンクとか可愛らしいものよりも、赤や黄の明るい色のものがいい。

 そしてハートや星みたいな装飾もいらないな。

 線が入っていたり、服を分割するような配色だったり。

 そういうシンプルな服の方が、火之浦先輩には似合う気がする。

 それっぽい服を手に取って、全体を確認していく。

 辺り一帯を探してみたが、結局どれがいいのか決められない。


「前着ていたのは、単色のやつでしたよね」


 初衣ねえとテニス対決していたのを思い出す。

 胸の辺りにロゴが入った、全体白のスポーツウェア。

 

「そうね! ああいうのが好きなの!」

「シンプルの方がいい、と」

「そこまでこだわりはないから!」


 隣の火之浦先輩は、服を取り出しては自分と重ねて、鏡でその姿を確認していた。

 こだわりはないらしいけど、選ぶときは慎重なんだと思った。

 先輩だったら、「これ!」て一瞬で選んでそうなもんだけどな。


「伊久留、どう?」


 見せてきたのは、黄色の線が斜めに三本入ったもの。

 やっぱり、火之浦先輩にはピンクよりも黄色が似合うな。


「いいですね。明るい感じが、似合うと思います」

「明るい色がいいの?」

「かっこいいと思いますよ」

「…そうね!」


 だが、火之浦先輩は手に持っていた服をまた戻した。

 どうやら買う気はないらしい。

 そんな時に、ポケットのスマホが振動した。

 水無瀬先輩から電話がかかってきていた。


「はい、御形ですけど」

『どこ』

「ああ。スポーツウェアが販売されてるとこです」

『動かないで』


 切られた。

 動かないで、て。

 なんでそんな命令形なんだろう。

 水無瀬先輩達とここで待ち合わせしてるんだから、動くはずないのに。


「火之浦先輩、みんなここに」


 いなかった。

 さっきまで隣にいたのに、火之浦先輩の姿が忽然と消えていた。

 そうして俺は理解する。

 水無瀬先輩の『動かないで』という言葉の真意を。


「御形」


 俺の名前を呼ばれた先を振り返る。

 水無瀬先輩と新樹先輩、土浦が全員揃っている。


「だから、言ったのに」

「すんません」

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