58.中間試験直前です! ①
勉強会は継続的に行われ、ある程度の自信がつくまでにはなった。
どれだけ高い点数を取れるか、という部分ではない。
赤点を回避できるかどうか、という部分の自信だった。
正直、学年内の順位とかどうでもいい。
受験生になったら変わるんだろうけど。
とりあえず赤点を回避すればいいだけの話なのだ。
青春同好会で反省室に入れられるのはまだマシだとして。
テストで赤点を取ったから反省室なのは許せない。
そもそも学園中に良い噂がない状況の中。
加えてテスト赤点組というレッテルが張られるのは嫌だ。
「終わったぁ……」
舘向が小さな声でそんなことを呟いた。
机の上には本とかプリントが散乱している。
最後の授業、丸々テスト勉強に費やしたらしい。
今回の授業内容は中間テストの範囲には入っていない。
だから別に授業を受ける必要はないわけで。
ただそれは先延ばし。
いつかはやらなければならないんだから、真面目に受けとくべきだ。
と、これは水無瀬先輩には散々注意されたことだ。
俺が賜った水無瀬先輩の忠言を、舘向にも送ることにした。
「うるせい! 今が大事なんだ!」
それには俺も同意するけどね。
「真面目に勉強してんだ。意外」
こちらにやってきた水無瀬涼乜は呆れ顔だった。
「んだよ。こっちくんなあほ」
「明後日からテストなのに、その調子じゃダメだね」
中間テストは、水木金の三日に振り分けて行われる。
いつもはタブレットを使った授業だが、定期試験は紙で行われる。
普段タブレットのみで済ませる人はここで躓くと水無瀬先輩は言っていた。
問題の解答を紙に記入する力には慣れが必要、と新樹先輩も同意していた。
読めば基本暗記できる新樹先輩は、最初の中間試験で失敗したらしい。
陽碧学園が特殊なだけでであって、他の高校の大半は紙で行われる。
大学試験やその他の試験も基本はそれだ。
そういう力が必要なのだから、それに倣うのも必然ではある。
「もうタブレットで二択ぐらいにしてくれ!」
「それはありがたいな」
「だろ!!!」
「言い訳するぐらいなら勉強したら?」
「水無瀬このやろう!」
ぎゃあぎゃあ喚きながらも、舘向は勉強を続ける。
「ねえ」
そんな騒がしい舘向とは別に、水無瀬が俺に小さく声をかけてくる。
「あの、ちょっと、聞きたいことが」
「なに?」
「……お姉ちゃんのことなんだけど」
「先輩のこと?」
「え、と。最近元気してる?」
「ああ。元気だよ。勉強教えてもらってるし」
「……そう」
と、水無瀬はそのまま教室を出ていった。
「なんだ?」
土浦姉妹は、一応仲は良さそうだけど。
水無瀬姉妹は、なんか距離感があるな。
他人の事情に首を突っ込むのは野暮な話だが。
少し気になる。
「あ、赤点だけでも阻止しなければ、お小遣いがぁ」
「……諦めたら?」
「御形まで、俺を見捨てるのか!!」
バンバン、机を叩く。
うるさいからどっか行ってほしい。
「ねえ」
と、また別の女子生徒の声。
土浦萌揺だった。
「なんだよ」
「ちょっとなんでそんな雑な対応なのよ!」
「仕方ないだろ。水無瀬とお前は違うだろ」
「あの子、もしかして凍里お姉ちゃんの?」
「妹だとさ」
「ふーん」
土浦は水無瀬が出ていった扉をジッと見つめている。
「どうした?」
「別に」
何か思うところでもあるのか?
昔から水無瀬先輩を知ってるなら、会ったことぐらいあるだろうに。
「今日勉強会はどこでやるか知ってる?」
「知らないぞ」
「そう」
「……?」
土浦は心ここにあらずの状態だった。
ジッと扉を見つめているままだ。
「なあ」
舘向。
「土浦さん、どうしたの?」
「知らねーよ。俺も土浦とはそこまで親しくないって」
「そうなのか? 結構一緒にいるのに?」
「友達の友達みたいなもんだからな」
「ふーん。結構可愛いのに、勿体ないことするよな」
確かに、客観的に見れば土浦は可愛い。
ただその可愛さは普段の土浦の態度で相殺されている。
今のところ、魅力はプラマイゼロ。
「可愛さっていうのはな、単純な足し算じゃないんだぜ」
「お前が言うと、説得力がないぞ御形」
うるせい。
早く勉強しろ。
「伊久留! 来たわ!」
土浦の視線の先の扉が勢いよく開かれる。
青春同好会リーダーのお出ましだった。
「お姉ちゃん、会いたかったぁ~!」
「萌揺、最近学校に来てて偉いじゃない!」
「えへへ~」
土浦は自分の頭を撫でられて、満足そうにしている。
「ふっ、羨ましいぜ」と舘向は席を立った。
「あの人は、伊久留の友達?」
「クラスメートっすね」
「ふーん」
「青春同好会に誘うんですか?」
「・・・・・・しないわ!」
少し悩んだけど、火之浦先輩は俺の質問に元気よく答えた。
「リーダー。廊下走らないで……ッ!」
と、ぜえぜえ息が荒い水無瀬先輩が遅れてやってきた。
「はあ、はあ。ああ、もう……」
「お疲れ様です」
「今度から、はあ、御形がこっちに来て」
「うっす」
今までに見たことのない顔色の水無瀬先輩。
隣の席に座って動かなくなった。
「新樹先輩は来ないんですか?」
「ジュース……買いに、いく……言ってた」
「声かけてすみません」
俺の質問に答える水無瀬先輩。
かなり限界みたいだ。
本当に体力がないなこの人。
「お姉ちゃん! 中間試験頑張ったら一緒に遊んで!」
「いつも遊んでるじゃない?」
「じゃなくて! 一緒に!」
青春同好会ではなく、個人的にということか。
火之浦先輩は理解してなかったみたいだけど。
「んー、考えておくわ!」
今のは適当な返事だな。
「なんか今日するんですか?」
「そうよ、伊久留!」
俺の質問に、火之浦先輩は瞬時に土浦から俺に顔を動かした。
肩を前後に大きく揺さぶりながら、本当に楽しそうに話し始めた。
「ねえ伊久留!!」
「はい、はいっ」
「メントスコーラ、するわよ!!」
「え、ええ、ちょ、一旦止めて!!」
メントスコーラ。
コーラにメントス入れれば爆発する、とかいうやつ。
小学校の時になんか話題になった記憶がある。
今更、するんですか?
「新樹先輩のジュースって、そういうこと」
「メントスがたまたまあったのよ!」
「刹那的ですね」
「ほら!」
火之浦先輩が手のひらを見せてくる。
その手のひらには、小さなメントスが一つ。
「え、一個だけ?」
「そうだけど?」
「普通、売られてるやつじゃ……」
「だから言ったじゃない。たまたまあった、てね」
「ちなみにどこで?」
「部屋の机の裏側に落ちてたの!」
どうやら、昨日部屋の模様替えをした時に見つけたらしい。
「んで、メントスコーラというわけですか」
「実はやってなかったのよ! 盲点だったわ!」
それが流行ったのは小学校の頃。
小学校の時はそういう意味の分からないものは禁止されていることが多い。
俺もそうだったし。
そもそもメントスとコーラを買うお金すら持たせてもらえないしな。
ブームをすぐに去ったし、やってないといっても驚かない。
「でも一個だけですか?」
一つ見つけたからと言って、メントスなんてすぐに用意できる。
火之浦先輩なら沢山買ってきそうだけどな。
「私も勉強しないといけないもの!」
「え、するんですか?」
「当たり前よ! 明後日テストなんだから!」
「ま、真面目……」
「今度こそ一番を目指すわよ!」
一番を目指すリーダー。
赤点回避を目指す俺。
同じ同好会でも、ここまで目指す先が違うのか。
「そういえば」
と、珍しく土浦が俺と火之浦先輩の会話に入ってくる。




