30.一緒にちょっと買い物です!
勉強会が始まって数日が経った。
学校に残ったり、ファミレスで食べながらしたり。
勉強会も色々と形を変えて行われてきた。
「リーダーのため」
と、水無瀬先輩はそう言っていた。
そんな当の本人は、何度かサポートには回っていたものの、退屈そうにこちらを眺めていることが多かった。
俺の進捗を聞いてみたり、後ろからジッと問題用紙を眺めてみたり。
どうにかして勉強会に絡もうとするのだが、水無瀬先輩と新樹先輩の教え方に死角はなく、結局は最初に戻り退屈そうにするのだった。
そんな勉強会のおかげで、中間テストに大慌てだったはずなのに、少し自信を持って取り組めるようにはなった。
先輩達が作ってくれた模擬試験も良い点数を取れるようになったし、突発的に出された問題にも上手く対処できるようになった。
最初の中間テストは高校が始まって二ヶ月も経たない内に始まるため、高校で習う難しい単元もそこまで多く出てこない。
それを鑑みて、「これぐらいできれば大丈夫」と水無瀬先輩は言っていた。
そんな言葉に煽てられた俺は勉強会が終わった夜、自室に帰った俺はやる気に満ち溢れたまま勉強に励むのであった。
「ノートがない!」
勉強頑張りすぎて、ノートを使い切ってしまった。
ノートの補充はしていない。
まさかここまで勉強熱心になるとは思わなかったからだ。
というわけで、近くの空いているお店にノートを調達しに行くことにした。
学生を中心に回す陽碧市には、学生に合わせた店舗を多く抱えている。
文房具を中心に販売している店舗ももちろんあるが、24時間営業のコンビニなどにも文房具がよく売ってあったりする。
夜遅くに文房具を切らした学生が買えるように、という営業戦略。
そのため普通の文房具店よりも料金は高い。
コンビニに向かうよりも距離の関係で二倍の時間が掛かる。
ただ金額的な面と、ちょっとした気晴らしという考えで文房具店に向かうことにした。
「ん」
「あれ?」
文房具店に向かう途中、見慣れた人と出会う。
「水無瀬先輩、何してるんですか?」
「御形こそ」
低い背丈に抑揚の抑えられた声色。
いつもの制服ではなく、ラフな格好をした水無瀬先輩。
「・・・・・・」
「なに?」
「いえ、プライベートに会うのって珍しいなって」
「それもそうだね」
水無瀬先輩は片手にスマホを握っている。
そこから伸びたコードは、首にかけた水色のヘッドホンに繋がっている。
特にそれ以外はもっていない。
散歩でもしていたのだろうか。
「御形はどこに行くの?」
「文房具店です」
「ああ、あそこのね。でも明日購買で買った方がよくない?」
「それはそうですけど、やる気がある時に勉強はしときたいんです」
「ふーん」
「じゃあ、また明日よろしくお願いします」
「ん」
水無瀬先輩に別れを挨拶をして、文房具店に向かう。
ペタペタ、サンダルの音を鳴らしながら。
水無瀬先輩が俺の隣を一緒についてくる。
「あれ、帰る方向が同じでしたか?」
「暇だから」
「へ?」
「特にどこか行くつもりもないし」
「・・・・・・」
それは、答えになってないんじゃないだろうか。
俺の横、その少し後ろを水無瀬先輩は歩いていた。
「あの~」
「ん」
「水無瀬先輩に、文房具を見てほしいんですけど」
「いいけど」
「ははは」
なんとなく、俺から水無瀬先輩を誘ってみた。
水無瀬先輩の声色だけでは嫌がっているかどうかの判別がつかない。
ただその後も付いてきてくれているということは嫌がってはいないのだろう。
ふと、火之浦先輩の姿が浮かぶ。
隣を歩く水無瀬先輩の姿とは正反対の彼女。
「なんで水無瀬先輩は火之浦先輩と仲良くしてるんですか?」
そんな疑問を口にする。
「幼馴染だから」
理由は端的、それだけだった。
「そういえば、そんなお話されてましたね」
「それ以上の理由はない」
「そっすか」
「御形だって、美琴に付いていきたいと思ったんでしょ?」
「まあ、楽しいですからね」
それに色々と忙しい。
退屈しない学園生活を送れている。
「それと同じだよ」
優しい声色で、水無瀬先輩は答えてくれた。
文房具店に辿り着くと、水無瀬先輩は一歩俺の前を歩き店内を案内してくれた。
「よく来るんですか?」
「うん。品揃えいいから」
「ノートはどこに売ってるんですか?」
「こっち。御形は罫線の間隔が小さいやつがいい。同じページ数のノートでも、より沢山問題解けるから」
「でも、文字小さいのって不便じゃないですか?」
「読めればいいよ。御形、文字綺麗だし」
俺の勉強法や文字の書き方など、色々な情報から水無瀬先輩は俺に合うノートを選んでくれた。
「じゃあ、買ってきます」
「この辺で色々見てるから」
レジに向かって、水無瀬先輩が選んでくれたノートを買った。
また買いに来ないでいいように、三冊も買っておいた。
「水無瀬先輩、どんな文房具に興味があるんだ?」
買ったノートはレジ袋へ。
さっき水無瀬先輩と別れた場所まで戻る。
「・・・・・・・・・」
水無瀬先輩は真剣な表情で、文房具の棚を見つめている。
誰が見ても真剣そのものだと分かるぐらい、水無瀬先輩は微動だにしない。
何を見ているんだろうと、少し遠回りをして棚を確認する。
『可愛い動物特集!』
そんなポップが、棚の上にデカデカと可愛らしく飾られていた。
ここでまた火之浦先輩の姿が浮かんだ。
先輩も絵本が好き、だなんて言っていた気がする。
その時は子供っぽいなとは思ったけど。
まさか水無瀬先輩にも同じ気持ちを抱くとは思わなかった。
「じー」
「あれ、どういう感情?」
水無瀬先輩は冷静、クールな参謀タイプ。
感情の起伏は表に出さない。
そんな水無瀬先輩は、可愛い動物でまとめられた文房具の棚をいつもと変わらない表情で見つめている。
いや、待て。
もしかして、今水無瀬先輩は嬉しがっているのか?
よく目を凝らして見れば、水無瀬先輩の頬が赤みがかっている気がする。
さらに目を凝らして見れば、昔遊んであげた近所の犬みたいに、尻尾をブンブン振り回しているような気もしてくる。
「待て待て、一旦落ち着こう」
水無瀬先輩から見えない様に、近くの棚の影に隠れる。
「声をかけるべきか」
悩む。
まるで子供がゲーム売り場の棚の前にいるかのように、水無瀬先輩は幸せそうに可愛い動物尽くしの文房具棚を見つめている。
あの幸せそうな空間を壊すことはどうなんだろう。
幸せが水無瀬先輩を満たすまで声をかけない方がいい気がする。
「ちょい」
「ひゃあ!」
隠れながら悩む俺の膝を、誰かに蹴られる。
振り向くと、水無瀬先輩が冷ややかな目線で俺を見上げていた。
「声かけて」
「いやあ、声かけづらくて」
「だからって隠れるのはどうなの」
ふん、と鼻息を鳴らして、水無瀬先輩は出口の方へとスタスタ歩いて行った。
「ちょ、待ってくださいって!」
「また明日」
「怖いですって! もう少ししっかり別れの挨拶をしましょうよ!」
結局、水無瀬先輩はそのままこちらの方を振り向かなかった。
そのまま夜の道、その先へと消えていく。
水無瀬先輩は可愛い動物が好きなんだね。
なんていいう収穫は、もうすでに頭から抜け落ちていた。




