29.青春の勉強会です!
最初だけは、現状把握と今後の勉強予定を考えるために放課後すぐ開催されることになった。
放課後に一回集合し、勉強道具とかお菓子とか各自用意したいものを用意してから、一緒に土浦の寮へと足を運んだ。
青春同好会に入る前に、土浦の部屋に訪れている。
あの時は生徒会室にいたところを捕まった時だった。
パニックで何も考えていなかった。
改めてこの部屋を訪れて、そもそも女子の部屋に上がったことが初衣ねえぐらいしかなかったな、ということを思い出していた。
そうなると、緊張してしまうのが男の子というもの。
人形とか、可愛い小物とか、女の子っぽい感じのものにドギマギしてしまう。
「部屋漁ったら、ここから蹴落とすから」
土浦の部屋は、最上階。
死ぬので、下手なことをするのは止めておこう。
「じゃ、まず模擬試験」
俺のドギマギは一瞬にしてどこかへ消えた。
部屋に到着するなり、俺と土浦は模擬試験を受けることになった。
「去年の中間試験、過去問だから」
「過去問とかって貰えるんですね」
「いや、裏ルートで入手」
「そすか」
どんなルート?
「時間制限はなし。分からないなら飛ばす。分かるならしっかり解く。これだけ」
「分かりました」
「うぅ、なにこれぇ」
「今の実力を確かめるテストだから、間違えても問題ない」
俺と土浦は模擬試験を解き始める。
模擬試験は中間テストで扱われる科目で、過去問からいくつか抜粋されたものだった。
先輩方は買ってきたお菓子を囲いながら、談笑を始めた。
隣の土浦はあーでもないこーでもない、と必死に問題を解いている。
俺はまあ、平均的に解き進められていた。
火之浦先輩と一緒に反省室に行った時に教えてもらったことが生きている。
高校最初のテストということで、そもそも範囲も狭く中学の復習も多い。
平均点は高そうだけど、それでも赤点は大丈夫そうだ。
「そういえば、ここってどう解くの?」
「これはこの定理を応用して、上手く計算式を合わせる」
「なるほどね!」
「そういえば、凍里ちゃん理系科目満点でしたっけ?」
「前回はね」
「ん~、どうしたら凍里ちゃんに勝てるんでしょうか……」
「陽乃女は記憶力はいいけど、ケアレスミスが多いからね」
「全ての問題を暗記するのは?」
「ん~、それは流石にキャパオーバーですかね」
「でも、私も歴史とかでは勝てないから」
「私は理系科目で勝ちたいんですよ~」
談笑はいつしか勉強の話題にシフトしたらしい。
一時間ぐらい経過して、俺は解答を完成させた。
二割ぐらいは分からなかったから解かなかった。
残りは頑張って埋めた。
土浦もあと少しのところまで迫っている。
俺が終わってから十分後ぐらいに、土浦も模擬試験を終わらせた。
「お疲れ。じゃ、陽乃女。採点手伝って」
「は~い」
水無瀬先輩と新樹先輩が採点を行う。
その間、俺は適当にスマホを弄っていた。
土浦は火之浦先輩に何か相談事をしているようだった。
「じゃ、早速」
採点が終わって、一通り結果を見終わった水無瀬先輩が声を上げる。
「御形は基礎はできているから、ケアレスミスと応用問題をしっかりこなすこと。文系科目は高校の内容だけ頭に入ってないから、そこをしっかりやれば問題ない」
「は、はい」
「萌揺は基礎ができてない。解き方は分かってるのは伝わったけど、基礎ができてないとダメ。まずはそこから」
「う、うん、分かった」
「じゃ、それぞれに合わせた勉強でやっていこう」
効率重視の水無瀬先輩は、俺と土浦に適した勉強を教えてくれた。
理系科目については、とにかく問題数をこなすこと。
問題を解く際は、どうしてこのやり方を使ったのかを文章として明記することを徹底された。
文系科目については、何度も反復して覚える。
記憶力に関しては個人個人違いがあるから、まずは基本的な反復を試してみるということ。
土浦はとにかく基礎の反復。
基礎を覚えることはもちろんだが、その基礎を早く頭から引っ張り出すことも視野に入れるらしい。
基礎的な問題ばかりの問題集をとにかく解く。
それを完璧にできるまで繰り返す。
学校の授業とは違い、それぞれの歩幅に合わせた勉強方法。
水無瀬先輩の考えたものだが、流石作戦を考え続ける人だと感じた。
これがあれば、赤点はおろか平均点越えすら達成できそうだ。
「分からないところは逐一教えるから」
理系科目は、水無瀬先輩。
文系科目は、新樹先輩。
火之浦先輩は、二人のサポートに回ることになった。
「ちなみに、終わりってどう判断するんです?」
「私と陽乃女判断」
「火之浦先輩には聞かないんですか?」
「リーダーは、自由にさせておく」
水無瀬先輩は火之浦先輩に対して、少し詰まったコメントを残した。
この勉強会においては、火之浦先輩が邪魔であると遠回しに言っているような気がするのだが、どうしてだろう? 別に成績が悪いというわけではないし。
「何かないかしら……」
「お姉ちゃん、部屋を漁らないで」
なるほど。
静かにできないからか。
「御形、ここ間違ってる」
「萌揺ちゃんは適当に記憶するのが合ってるんじゃないですか?」
「んー。問題の解き方は分かっても、公式とか忘れちゃうんですよね」
「公式は二つ三つ覚えて、後は自分で求めればいいよ」
「英単語覚えられないよぉ」
「とりあえず意味の雰囲気だけでもつかみましょ~」
「萌揺ってゲーム持ってないの? パソコンとモニターしかないわ!」
「ここ、この問題と似た解き方。途中問題がないからよく惑わされる」
「ほー。最初から考えるの難しいですね」
「歴史覚えられないー!!!」
「萌揺ちゃんは中学の方からやり直して、全体像を見直しましょうか~」
「萌揺ー。パソコンの暗証番号ロックかかっちゃったわ!」
「ちょっとお姉ちゃん!!」
土浦がバシンとテーブルを叩く。
水無瀬先輩は呆れ顔を火之浦先輩に向けていた。
「御形、無視して」
「ねー! すぐ使えなくなるんだからやめてよ!!」
「勉強してるんだから、すぐ使えなくてもいいでしょ」
「そういう問題じゃないって!」
「萌揺ちゃ~ん。お勉強に戻りましょうね~」
「いた、いたいいたい!!」
新樹先輩が土浦の頭を掴んで、強制的に座らせていた。
火之浦先輩は土浦のパソコを開くのを諦めたのか、ベッドに倒れこんで土浦所有の漫画を読み始めた。
「リーダーの日常生活、こんな感じだから。無視ね」
「へ、へえ」
青春同好会のメンバーの中で、一番関わる機会が多いのは火之浦先輩だった。
それは青春同好会の活動外での話であり、メンバーの中で一番プライベート部分のことを知っていると思っていた火之浦先輩が、自分の思っていた像とは違うことに衝撃を受けた。
パソコンの暗証番号を突破できないから、すっぱり諦めたんだろう。
もう少しガツガツ聞いてくると思ったんだけどな。
「御形、ここ、違う」
「うす」
勉強会は進んでいく。
先輩達が用意した模擬試験で満点を取れるまで勉強会は続くことになった。
始めたころには明るかった窓の外も、徐々に夕暮れのオレンジへと変わっていた。
火之浦先輩は結局ずっと漫画を見ていた。
サポートに回ることは一切なかった。
まあ、水無瀬先輩と新樹先輩で事足りたから問題はない。
時間を空けて三回ほど模擬試験を解いた。
俺と土浦は満点をとれたわけもなく、最終的にとった点数は六割七割だった。
結構頑張ったつもりなのだが、ケアレスミスやど忘れもあった。
集中力が切れたと言い訳はすることは可能だけど、こうして目の前で教えてくれる先輩二人にはとても申し訳ないなというのが正直なところだ。
「今は何時?」
「六時ですね~」
「ふう。流石に疲れるね」
「も、もう無理だよぉ……」
「満点取れればいいんですけど、申し訳ないです」
「謝る必要なし。もう少し頑張れいける」
水無瀬先輩から労いの言葉を貰えるとは。
「……なんでそんな感動の表情をする」
「いや、水無瀬先輩からそんな言葉が聞けたのが嬉しくて」
「凍里ちゃんはいつも辛辣ですからね~」
「……その評価は解せない」
「とにかく、感謝しかないです。ありがとうございます」
「お安い御用ですよ~」
「ふーん」
「ねえ、もう終わり?」
ベッドで漫画を読みながら、火之浦先輩は進捗を聞いてきた。
「リーダー。まだ終わらないよ」
「えー、どれぐらい点数取れてるの?」
「六割ぐらいかな」
「じゃあ、いいじゃない! 赤点取れなければいいんでしょ?」
「今回はそうかもしれないけど、次の試験はどうなるか分からない」
「次を考えれば、ねえ。そんなことより、何か買いに行きましょ!」
「……確かにお腹が空いた」
「そうだわ! ファミレス行きましょ!」
「いいですね~。そこで勉強の続きもできますし」
「うええ!?」
土浦だけ、本当に心の底からの拒否反応を示していた。
「も、もう、し、死んじゃうぅ」
俺とは違って、暗記を中心にやっていた土浦。
脳に入れこんだ知識量が、許容量を超えたみたいだ。
彼女の頭の上に、オーバーヒートの蒸気が見える。
「ま、息抜きにはちょうどいいか」
「行きましょ! 行きましょ!」
「行きましょ~!」
先輩方三人は、楽し気に外出の準備を始める。
土浦は「もういや」と言葉を漏らして、ピクリともしなくなった。




