53.反省室行きの武勇伝です!
「雨よ!」
久しぶりの雨。
青春同好会一同は教室の隅で窓の外をジッと眺めていた。
今日は元々「陽碧市全体で宝探しゲーム」をする予定だった。
発起人はもちろん火之浦先輩。
内容は午前中に水無瀬先輩が考える。
昼休みに全員で準備を行い、放課後に開始予定だったのだが。
最後の授業が終わる頃に唐突に雨が降り始めた。
「予行演習したかったわ!」
火之浦先輩は体育祭の宝探しのためにやりたかったらしい。
一度やっておけば、どこに隠せそうとかを探れるからだと。
「ま。こればっかしは仕方ないね」
それには水無瀬先輩も賛成していた。
体育祭のことを考えているのは水無瀬先輩も同じ。
「楽しみにしてたんですけどね~」
新樹先輩はそこまで興味はない。
楽しければなんでもいいというスタンス。
「雨嫌い……」
「帰りどうしよっかなー」
俺と土浦は特に何も考えていない。
「リーダー、どうするの?」
窓に顔を近づけて呆然とする火之浦先輩に声をかける水無瀬先輩。
水無瀬先輩の言葉に返答はない。
「はあ。陽乃女、どうする?」
「う~ん。今日は特にやることはありませんから、遊びたい気分ですね~」
「私はどっちでもいいから、何か考える?」
「そうしますか~」
「リーダーさんのこと、無視でいいんですか?」
「放っておけば、また元気になるから」
「そうっすか」
青春同好会三人でこれからどうするかを色々と考え始める。
土浦だけは火之浦先輩の周りで応援コメントを投げかけていた。
「雨なのに、学園全体は活気づいてますね」
「騒がしいから、体育祭の時期は嫌い」
「運動部の人達がより一層盛り上がっていますから~」
「風紀委員も大変ですね、この時期は」
「あいつらは年中大変」
「生徒会も体育祭の運営で大変みたいですよ」
「へえ。じゃあ、生徒会室入りたい放題だね」
「そういえば、なんで先輩達は生徒会室に入りたがるんですか?」
俺が青春同好会に入った時も、生徒会室に侵入した時だった。
その後も、何度か生徒会室侵入の提案があった。
「色々情報があったり、生徒会あてに送られたお菓子とか沢山ある」
「意外とセキュリティも甘いですからね~」
「それって反省室行きじゃ収まらないですよね……」
「反省室行きになるように、上手く調整してるから」
「そこまで本気でやりますから」
「生徒会室は宝の山ですからね~」
そりゃ機密情報とかもあるだろうし。
「それよ!!」
ん?
「生徒会室に侵入するわ!!」
三人の会話を聞いていた火之浦先輩。
突然そんなことを言い出した。
「どうして?」
まず突っ込んだのは、水無瀬先輩。
顔を見ると、心底面倒くさそうな表情をしていた。
「宝探しよ!」
「流石、リーダー」
棒読みで賞賛を飛ばす水無瀬先輩。
皮肉たっぷりの賞賛。
でも、火之浦先輩はご満悦の様子だ。
「で、何を探すの?」
「何かないの?」
そこは水無瀬先輩に頼むんだ。
「ないことはないと思うけど」
水無瀬先輩はそう言って、土浦へ目くばせをする。
土浦はすぐにタブレットを取り出して、何やら色々と操作を始めた。
数十秒経って、土浦はタブレットから水無瀬先輩の方に顔を向けた。
「他の部から生徒会の贈り物も特にない、かな」
「ほら、リーダー。宝は何もないよ」
「うぅ! なんかあるでしょ!」
「萌揺?」
「……ない、かなぁ?」
「もう! 雨、嫌い!」
窓をバンと叩いて、火之浦先輩は机の上に倒れこんだ。
釣り上げられた魚みたいに、机の上で暴れまわる。
「リーダー、はしたない」
「雨でもやれることは沢山ありますよ~」
「誰かいい案はないの!!」
「と言ってもなあ」
青春同好会は立ち往生。
いつも先行してくれる火之浦先輩は、少し調子が悪いらしい。
他四人も、特にコメントすることはない。
雨音が聞こえるだけで、時間は嫌でも過ぎていく。
「今日は解散する?」
「それはダメ!」
「じゃあ、何する?」
「んー!!!」
「リーダー、ジタバタしないで」
火之浦先輩の頭は働いておらず。
いつまで経っても案は出てこない。
「そういえば」
今までの会話を思い出しながら、俺は疑問に思ったことを提案する。
「学園内で宝探しはダメなんですか?」
数秒の沈黙。
「確かに!!!」
ガバッと起き上がって、俺の目の前まで顔を近づけるてくる。
そんな火之浦先輩は満面の笑顔で、俺の肩を掴まえて前後に揺さぶってくる。
「外でできないなら、中ですればいいじゃない!」
「確かに、誰も言わなかったね」
「言わないと気づけないこともありますよね~」
先輩方は俺の疑問に感心しているらしい。
土浦は、ギラギラ鋭利な視線を向けてくる。
「じゃ、早速始める?」
水無瀬先輩はルールを改めて説明してくれた。
メンバーの一人が学園内に少し大きめのビー玉を隠し、他四人がそれを見つける。
見つけた人が、隠した人が用意した商品を手に入れるというもの。
隠す場所は学園内の校舎。校舎外に隠すのは禁止。
十分経つごとにヒントを出していく。
ヒントの内容自体は隠した人が考える。
ルール自体は至極簡単だ。
「じゃ、とりあえず順番決めよう」
「待って!」
全員が少しだけやる気を出し始めたタイミング。
火之浦先輩は満面の笑みで手を挙げる。
「リーダー?」
「まだ、お宝用意してないわ!」
「……はあ」
水無瀬先輩は目頭を抑えながら凄いため息をつく。
宝探し自体は元々する予定だった。
だから、各々放課後までに準備しておこうという話だったのだが。
「昼休み、時間あったじゃん」
「わ、私にも色々あったの!」
「結局、雨降ってなくても同じ。どうしてあんなに悲しめたの?」
「わ、分かってるから! だからそうやって詰め寄るのはダメェ!」
表情に起伏が表れにくい水無瀬先輩。
それでも分かるぐらい、怒りが溢れていた。
「まーまー。許してあげましょうよ~」
「陽乃女……?」
「ここはリーダーの顔を立てるべきかと思いますよ~」
「陽乃女もか」
「いやあ~」
どうやら新樹先輩も同じらしい。
「御形もか」
「え、なんで俺だけ即答なんですか?」
「顔で分かる」
付き合い浅いのになんで分かるんすか。
そんなに顔に出てますか?
「じゃあ、水無瀬先輩以外用意してないんですね」
「え?」
俺の言葉に、土浦が突っかかってくる。
「間違ったこと言った?」
「どうして私が持ってきてないってことになってるのよ!!!!」
「萌揺は準備してたの?」
水無瀬先輩も驚いているようだ。
「え、だって、凍里お姉ちゃんから言われたから……」
「萌揺、偉いわね!!」
火之浦先輩の誉め言葉に、照れる土浦。
んー、土浦がしっかり準備してるって言うのは解せないな。
ほんの少し負けた気分になる。
「じゃあ、三十分後。またここに集合」
「さ、三十分?」
「時間は有限」
「今日は申請してませんから、夜遅くまでできませんからね~」
「ほら、文句言わずにさっさとしてきて」
「ういーす」
「行ってくるわね!」
というわけで、宿題忘れ三人組で三十分以内に賞品を用意しにいくことに。
「私は適当に購買で何か買ってきます~」
と、新樹先輩はさっさと購買の方へ走っていった。
「じゃ、俺も購買で」
「ねえ、伊久留!」
購買に向かおうとする俺を、火之浦先輩が呼び止める。
「どうかしました?」
「生徒会室に行くわよ!」
「え?」
「ほら、行くわよ!」
「んん!?」
理由も言わず、火之浦先輩は俺の手を引っ張っていく。
強く手を振りほどくこともできない。
俺はなすがままに生徒会室の前まで連れていかれることとなった。
生徒会室に到着して、火之浦先輩は目をランランと光らせて、
「生徒会室に侵入するわよ!」
「まあ、そうだろうね」
火之浦先輩の言葉を聞いて、あの教室での一幕を思い出す。
生徒会室は宝の山だ。
そんな話があったな。
「だからって、侵入ですか?」
「そうよ、侵入するの!」
「生徒会室の正面からですか?」
「そうよ!」
この人、侵入という言葉の意味を分かっているのか?
「大丈夫よ。今生徒会室には誰もいないわ!」
「それはまたどうして?」
「萌揺が教えてくれたの! 今生徒会メンバーは別々の会議に参加してるわ!」
「本当?」
「もちろんよ!」
火之浦先輩はポケットから鍵を取り出して、生徒会室の扉に差し込んだ。
鍵は締まっていたようで、ガチャリという音の後に扉が開いた。
「またマスターキーですか?」
「今回はちゃんと生徒会室の鍵ね!」
そういう問題じゃないんだけどね。
どこで手に入れたのかは、一旦置いておこう。
「で、何探すんですか?」
「冷蔵庫とかその辺に美味しそうなお菓子とかあるんじゃない?」
「あるんじゃない、てなかったらどうするんですか?」
「それなら帰るわ!」
「そすか」
生徒会室に置かれている備品やその周辺を観察する。
確かに色々と学園内では見られないものが置いてある。
コーヒーメーカーとかティーポットとか。
容器に一口分のお菓子とかがまとめられていたり。
毎日毎日放課後集まって、学園全体のために働く。
だから、それ相応の報酬が置いてあるんだろうなと感じる。
それだけ頑張って何もなし、というのは少し寂しいしね。
「んー、なんか珍しそうなものがないわね!」
「何もなさそうなら、さっさと帰った方がいいんじゃないですか?」
「じゃあ、あと一分探したら帰りましょう!」
「そうですね。それが安全だと思います」
一分。
全力の捜索。
先輩は冷蔵庫周辺を。
俺は飲料用のスペースを確認。
コーヒーも紅茶も、インスタントが多めだ。
一つ、高級そうな入れ物のコーヒーがある。
が、残りは僅かだった。
となると、この辺のインスタントを持って帰るのが無難な気がする。
結構量あるし。
「御形は、コーヒー派かな、紅茶派かな?」
「え?」
火之浦先輩は俺のことは下の名前で呼ぶはずだが。
しかも、女子じゃなくて男子の声だ。
隣を見る。
「さて、話を聞こうか」
武見空先輩がいた。
学園内の風紀を取り締まる風紀委員のトップ。
風紀委員長は俺の肩に手を置いて、朗らかに笑った。
「伊久留?」
冷蔵庫の扉の上からひょいッと顔を出す火之浦先輩。
武見先輩と目が合った。
「これは失敗ね!」
こちらも同様に朗らかに笑った。




