50.初衣ねえとデートです! ①
初衣ねえに連れられて、市街地を歩き回る。
昔は、何をするにしても俺の前には初衣ねえの姿があった。
何度も何度も初衣ねえに色々な場所へ引きずり回された。
「いっ君、行こ!」
面倒くさいと思ったことも、もちろんあったけど。
それでも、初衣ねえが楽しそうに連れてくもんだから。
自然と楽しい気持ちになっていたのを思い出す。
その時は、そこまで深く考えることもなかったけど。
初衣ねえ達とは対極の存在、『青春同好会』の一員になって。
今度は初衣ねえの背中じゃなくて、面と向かって今接している気がした。
対等、なんて言うのも馬鹿馬鹿しいけど。
初めて、初衣ねえの隣を歩いている。
なんか、そんな気がする。
「あ、さ、財布忘れた!!」
買ったアイスの支払いを済ませようとした時。
初衣ねえは自分の鞄を漁りながら泣いていた。
これも、まあ、初衣ねえの新しい一面だ。
昔はそんなドジすることもなかったんだけどな。
こういう一面を知れたことも。
隣を歩いている、という実感が湧く理由なのかもな。
「俺が出すよ」
「あ、ありがと~。今度返すから、絶対!」
「いや、いいよ」
「……?」
「今日は、俺が奢る」
「ふわあ」
顔を赤くして、初衣ねえは口を大きくして驚きを示す。
「い、いっ君……っ!!」
「た、頼むから、外で抱き着かないでくれ!!」
想像以上に力強いな、初衣ねえ!
「ほら、アイス受け取って!」
「わ、私! いっ君の成長に大歓喜だよ!!」
「だ、か、ら!!! アイス受け取れって!」
お店の人も、アイス受け取ってくれないから戸惑ってる!!
「ああ、もう、感無量だよ~」
ようやくアイスを受け取った初衣ねえ。
目に少し涙を滲ませて、うんうんと頷きながらアイスを一口。
「う~、やっぱりここのアイスは美味しいね!」
初衣ねえが頼んだのは、ストロベリーアイス。
俺は、バニラアイス。
注文したのは、初衣ねえだ。
この店はキッチンカーで各所を移動しながら販売している。
陽碧市には結構な頻度で来るらしい。
初衣ねえはここのヘビーユーザー。
限定も含めて全種類制覇した。
今は三周目、なんだってさ。
「でも、なんで最初はバニラなの?」
俺のバニラアイスを選んだのは、初衣ねえ。
新規ユーザーの俺に合うアイスを選んでくれた。
「だって、まずはスタンダードのものじゃない?」
「バニラって、スタンダードなの?」
「白だもの」
「……まあ、確かにな」
基本、みたいな意味合いも、バニラに合ったような気もする。
カードゲームでも、バニラデッキなんてあるしな。
「じゃあ、初衣ねえも最初はバニラだったの?」
「もちろん」
「ふ~ん」
「これで、いっ君もこの店に通わなくちゃいけないね!」
う~ん。
たまには、でいいかもな。
俺はアイスよりも、クレープとかのほうが好きだし。
「限定って、どんなアイスがあるの?」
「季節限定が多いよ。夏だったら、ラムネとか、秋だったら、サツマイモ?」
「ほうほう」
「あとは店長の気まぐれだね。前はワサビとかあったよ」
「もしかして、食べたの?」
「いっ君は無理かもね。お寿司、いつもさび抜きだもんね」
「……今はさび抜きが基本だから」
「最初間違えて食べた時の慌てようは、今でも思い出せる~」
俺も思い出せる。
悶え苦しむ俺の隣で、ゲラゲラ笑う悪魔的な初衣ねえの姿。
「嫌な思い出だ」
「でも、ワサビ味も美味しかったよ! 今度出たら、一緒に食べよ」
「また笑われるのは嫌だ」
「そんなことしないって!」
肩をバシバシ叩かれる。
絶対笑うだろ、こいつ。
「ほら。次どこ行く?」
「寮」
「ねーえー! それじゃ、離れ離れじゃん!」
「うっせい」
「なんで、いっ君と離れ離れになるんだろ。寮とか組とか」
ついさっきまで騒いでいたのに、突然シュンと静かになる。
初衣ねえの寮は俺とは違うし、組もやはり俺とは違う。
寮も組も五つに分けられているから、一緒になるのは結構難しいとは思う。
陽碧学園の生徒数は多いけれど、結局のところ五分の一なのは変わらない。
初衣ねえは結構傷ついているみたいだけど、しょうがないとは思う。
今までほとんど一緒にいたわけだし。
そのしわ寄せが来たと思えば。
「生徒会長権限がそこまで及ばなかったのがなあ~」
「……及ばなかった?」
それって、やろうとして失敗したってこと?
「陽碧市って、生活には不便しないけど、娯楽は少ないんだよね」
「……初衣ねえ?」
「隣町まで行けば、色々あるんだけどね。結構な学生が暮らしてるから、生活に必要なものが多くなるのは当然なんだけど。だから、生徒会長して学園生活だけでも楽しくしたいなって」
「お、おお」
さっきの初衣ねえの言葉が引っかかっている。
さらっと、今のカッコいい言葉が頭をすり抜けた。
「じゃあ、隣町まで行く?」
とりあえず一旦忘れよう。
初衣ねえの会話に従って、娯楽がある場所へ行くことを提案する。
「陽碧市にもないわけじゃないんだけどね。隣町に行くなら、休日の方が」
「そんなに時間かかるの?」
「そうじゃないよ。歩いて往復できる距離だし。でも明日も生徒会あるから」
「ああ」
「学園は体育祭一色だけど、これからの行事のことも考えないといけないし」
「大変だね」
「うん。そうだね。でも、楽しいよ」
「本当に? 無理してるんじゃ……」
「今まで私が無理したことなんてないよ。信じて、楽しいんだよ生徒会」
「そうか。初衣ねえがそういうなら信じるけど」
まあ、なんというか。
青春同好会のせいで、胃を痛めてるんじゃないかと。
答える初衣ねえは気持ちいい笑顔だし、大丈夫なんだろう。
初衣ねえのデート回はまだまだ続きます!
ブクマや感想もお待ちしている、と初衣ねえも言ってます!




