4.初衣ねえと待ち合わせします!
全校生徒およそ1500人。
そんなマンモス校だけあってか、陽碧学園の規模は無人島丸々一つを学園にしてしまうほどである。
中心地である陽碧市から、陽碧学園の校舎などがある島まで橋で繋がれており、それぞれの学年の棟、副教科を教えるための棟、教師や生徒会など学園を仕切るための棟、複数の体育館。学園生活で必要なもの全てがその島の中に収められている。
噂では、陽碧学園創立のために人工的に作られたのではないか、などとも言われている。
ただそんな噂などどうでもいい。
こうして他の高校よりも立派な学び舎に通えている、という事実がそこにあればいいのだ。
ちょっとした問題は発生したが、入学初日のイベントは全て終了。
特に勉強の時間はなかったので、新入生それぞれ別行動といった形になる。
少しの間お喋りをした後に、舘向と水無瀬とはまた明日ということで別行動。俺は初衣ねえに会うための待ち合わせ場所へ向かっている最中だ。
高校生活、青春の醍醐味、『部活』。
陽碧学園には部活とは別に、『同好会』という括りが存在する。
ついさっき入学式をジャックしていた無法集団『青春同好会』も、名前の通り同好会という括りになる。
その違いは単純明快で、生徒会や教師達から認められているのが『部活』、そうでないものが『同好会』となる。
部活は学園内の予算を部活同士で分配するという形で支援が受けられる。その分、支援に見合った成績を上げることが必要となる。学園全体でその活動を後押しし、部活はそれぞれの活動をもって応える。そういった関係性なのが、部活。
初衣ねえ曰く、活動や成績に対してシビアな意見を受けるので、真面目に部活動を行う者たちが集まる傾向にある。部活動の予算会議などは必見、らしい。
それに対して、同好会。こちらは学園側からは支援を一切受けられない。予算や活動場所、遠征などの陽碧市外での活動などでは、学園側へ許可を得る必要がある。予算は同好会のメンバーが必死に算出するし、活動場所が別の同好会で被った場合は譲り合うか、戦ってその場所を勝ち取る必要がある。同好会としての活動をするためには多くの犠牲を払う必要があったりするのだが、その分同好会を創設することは簡単。ただ、同好会を名乗り上げればいい。それだけ。
「夢にときめけ! 明日にときめけ! 一緒に甲子園めざしましょう!」
「只今体験入部してまーす! 一緒にサッカーやろうぜ!」
「家庭科室でお菓子配ってます! 料理同好会メンバー募集中でーす」
「一緒にUFO探しましょう!!!」
UFO探索同好会、なんてあるのか。本当に何でもありなんだ。
待ち合わせ場所まで行く道中で、数えきれないほどの部活や同好会を目にした。
そういえば陽碧学園への入学が決まってから初衣ねえと色々準備をしていたせいか、部活や同好会について深く考える機会がなかったな。用事が済んだら、色々なところを見て回ろうかな。
そんなこんなで、初衣ねえの待ち合わせ場所に到着。
待ち合わせ場所は、生徒会室。陽碧学園生徒会会長の私的利用である。
「すみません。失礼します」
生徒会室の重い扉を開ける。
生徒会室は初衣ねえから何度も写真で見せられたものが広がっている。他の一般教室とは、形容しがたい雰囲気を肌でヒシヒシと感じる。他の教室には絶対ない電子機器や電化製品などの特別感。そして何より学園を代表する者たちが集まっているという事実が、この荘厳な雰囲気を作り出してるんだろう。
生徒会室には、三名の役員がいた。
「……朝、出会った御形伊久留君ですね」
さて、さっきからこっちに冷たい視線を送ってくる大導寺先輩をどうしたものか。
「どうも」
「会長は今職員室にいますので」
「いや、その、会長と待ち合わせをしてるので」
「そうですか。では、ここで待っていても大丈夫ですよ」
大導寺先輩に促されるがままに、俺は選ばれた者にしか座れない生徒会室の椅子に座ることとなった。
「会長のお知り合いなら、生徒会役員の紹介もしておきましょうか」
「あ、ありがとうございます」
「葉揺、響真、自己紹介して」
「はーい!」
大導寺先輩の他の二人、女子生徒が元気よく立ち上がり、男子生徒はパソコンをいじったまま微動だにしない。元気よく名乗りを上げた女子生徒から自己紹介が始まった。
「あたいは、生徒会書記。土浦葉揺! 陽碧学園三年生で、妹は陽碧学園の一年生だ! もし同じ苗字の奴がいたら、多分妹だからよろしくな」
出された手を握り返したら、ブンブンと元気よく振り回された。
「そして、こいつが三年生の岡本響真。会計で、いつもパソコンと睨めっこしてる陰気なやつだ。基本喋りかけても口で会話しないから、何かお願いしたいことがあるならメールを送ること! メールだったら、返信くそ早いからさ!」
と、土浦先輩が勝手に岡本先輩の自己紹介を済ませてしまった。
特に気にしていないようで、視線や顔を一切こちらに向けずに、岡本先輩は小さく一礼を返してくれた。
眼鏡のレンズには、何か難しい文字が色々と羅列されているのが写っていた。会計って、結構難しい業務をするんだなと感心した。
「そして、私が生徒会会長鐘撞初衣でーす!」
急に部屋の扉がバシンと強く開かれて、見慣れた初衣ねえが登場してきた。
思い切り開かれた扉の衝撃は、俺の肌で感じ取れるぐらい強かった。
会長だからって、そんなことしていいのか、初衣ねえ。
「会長、どうでしたか?」
「うん。体育祭は無事に開催することは決定したよ。あとは細かいところを詰めていこうね」
「体育祭?」
「そうだよ、いっくん! わたし、いっくんが楽しめるような体育祭を寝る間を惜しんで考えたんだから! ほっんとに楽しみにしててね!!!」
ワシャワシャと頭を思いっきり撫でられた。
「やめろって」
「むふふ~、いっくんも晴れて生徒会役員だねー」
「いやいや」
「会長。職権乱用で風紀委員に通報しますよ?」
大導寺先輩が俺と初衣ねえを引き剝がしてくれた。
「やだやだ掩ちゃんやめてぇーーー!!!」
「……これは全校生徒の前で見せられませんね」
「うひゃひゃひゃ!!! ほんっとおもしろいな、初衣ちゃん」
呆れる大導寺先輩と大笑いの土浦先輩。
特に何も反応しない岡本先輩。なんというか、一癖二癖あるな、この生徒会。会って数分だったけど、なんかもうお腹いっぱいだわ。
「今日の仕事はこれで終わりでしょ? ほら、いっくん、一緒に帰ろ!」
「初衣ねえの寮と俺の寮は離れてるだろ?」
「わたしが、送り届けてあげるって!」
「いっくん、てあたいも言っていいのかな?」
「ダメ! それは私だけのものなの!」
「じゃあ、いくるっち。 いくるっちはどの寮なの?」
「僕はマーズです」
「お、あたいもあたいも! じゃあ、一緒に帰れるな!」
「ぐす……私はヴィーナスなの。どうして運命は私達を引き裂くんだろうっ!」
「たまたまです、会長」
「だって、縦割りも違うんだよ! これは陰謀だよ、陰謀! 先生達を訴えてやる!」
初衣ねえは涙目で俺の身体を前後にブンブン揺らしてくる。
色々と不満があるようで、俺の事お構いなしにギャンギャン叫んでいた。
「いつもの会長とのギャップが……」
「うひゃっひゃっひゃ!!!!!」
土浦先輩の笑いのツボにはまったのか、床に転げながら大爆笑をしている。
大導寺先輩は目頭を押さえながら頭を抱えて、岡本先輩は動じず作業を進めていた。どうやら俺がいつも接している初衣ねえの姿は、この生徒会、ひいては陽碧学園全体では大変珍しいようだ。
それもそうか。生徒会長に任命されるぐらいなのだから、他の生徒からは初衣ねえは凄く輝いてみえているのだろう。ぜひともそういう姿を俺も拝みたいものなのだが、いかんせん初衣ねえはなぜかこういう風に壊れた機械みたいなことをするのだ。
「会長、そろそろ仕事をしていただきたいのですが」
「掩ちゃん! 私の仕事はこれでもう終わりのはずなんだけど!?」
「いえ、広報委員から別件で生徒会と話をしたいことがあると」
「……断れない内容じゃない!」
「いえ、そもそも断る断らない以前の問題ですが」
「ほらぁ、初衣ちゃん行くよ~」
「御形君は、申し訳ないですが、もう少し生徒会室で待っておいてくれませんか?」
「そうそう。実のところ、今日の仕事はもうないから、本来帰れるはずだったんだ~」
「わかりました。全然かまいません」
「んふ~、もの分かりのいい子は大好きだよ~」
「ねえ! 葉揺ちゃん、いっくんに近づくのはダメ!」
俺に近づいてきた土浦先輩を引き剥がして、初衣ねえは珍しく真剣な表情で俺を相対する。
「ちょうどいいタイミングだから、今言いたいことを言っちゃうんだけど」
「へ?」
「絶対に、『青春同好会』とは関わったらいけないからね」
青春同好会。
入学式で派手にジャックをぶちかました、とんでもない同好会のことだ。
「でも、そんなに言う?」
そんな真剣な表情で言うほどのものなのだろうか。
「詳しく話すと長くなるから、この話はまた今度です」
「ああん! いっくんと話す口実を作ったのにぃ~」
ずるずるずるずる。
誰もが憧れる陽碧学園生徒会会長、鐘撞初衣。副会長に首根っこを掴まれて生徒会室から引きずり出されていった。なんという哀れな姿なのだろうか。せっかく初衣ねえが生徒会会長の陽碧学園に入学できたのだから、もう少しカッコいい姿が見たいんだけどな。
「ま、初衣ねえらしいっちゃらしいけどな」
とりあえず椅子に座って、生徒会の仕事が終わるのを待つとしようか。
「~♪」
タブレットを取り出して、掲示板に書かれている今日の陽碧学園情報でも見てみよう。
生徒会が仕事に向かった先は、広報委員会と言っていた。
広報委員会は、陽碧学園に存在する三つの委員会の一つだ。生徒に向けた情報提供や学園外に向けたPRなど、メディアに関わることを統括している委員会。その性質上、テレビ業界やネット活動に関係した仕事に熱心な人も多く、敏腕プロデューサーも陽碧学園出身ということも多かったりするらしい。
タブレット内の掲示板の管理や、時々テレビのような動画も配布されたりしている。
陽碧学園の広告塔であり、学園内を繋ぐマスメディア。
それが、広報委員会だ。
時間があるときに、ちょこちょこタブレットをいじってはいたが、流石陽碧学園の広報委員会。
時間が過ぎるのを早く感じてしまう。引き込まれる記事の文章に、興味を引く見出しと画像。読んでいる人がどうやったら読みやすいのか、を追求し続けた至極の情報媒体だ。
「やっぱり凄いな……」
全てにおいて、高水準。
陽碧学園。予想以上に、とんでもない高校だった。
ガラガラガラガラ。
「ん?」
とめどない感激の嵐を受けていた時、何故か窓が開く音が聞こえる。
窓の方を見ると、聞こえた音が示すように生徒会室の窓が開いていた。
確かに窓の外はベランダになっているが、ここは3階建て校舎の3階だ。まだ午後で陽も落ちていないというのに、陽碧学園でポルターガイスト現象?
なんてことを考えていたら、開かれた窓から黒い球体が生徒会室に飛び込んでくる。今確かに誰かの手が見えた気がしたのだが、それよりもその明らかに危険な球体に目は釘付けになっていた。
黒い球体は数回バウンドし、コロコロと数十センチ転がってから動きを止める。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。
アクション映画でお馴染みの時限爆弾のカウントダウンのような音が聞こえる。
止まっていた思考が、一気に加速する。
「ば、爆弾!?」
俺の言葉と同時に、黒い球体から白い煙が撒き散らされ、十秒を待たずして生徒会室は白い煙で充満し視界不良で呼吸困難な空間へと様変わりした。
「ゴホッ、ゴホッ! こ、これチョークの粉か」
小学校中学校で嗅いだことのある懐かしい香りを、この白い煙から感じ取る。
流石に直接吸い込むのはまずいので、制服の袖で口を覆って窓の方に顔を向けた。
「作戦通り! 上手く生徒会室から生徒会役員全員追いやったわ!」
「この爆弾、上手くできてる。流石技術部」
「は~い! それでは、目当てのものを探しましょうか~」
窓の方にはいつのまにか、三人分の黒い影があった。
そしてその影の声に、入学式のあの事件を思い出す。
「青春同好会、活動開始ッ!」
青春同好会。
初衣ねえから絶対に関わるなと言われていた存在だ。