37.火之浦先輩 VS 初衣ねえ ver.テニス ②
初衣ねえの逆サイドにボールが放たれる。
完全な不意打ちだった。
「本当に! あなたらしいわね、火之浦美琴ッ!」
初衣ねえは一瞬遅れを取ったものの反応して見せた。
火之浦先輩は突然飽きて突然別方向へボールを打った。
それが災いして、ギリギリの部分まで狙えていない。
だから一瞬遅れたが、初衣ねえはボールまで辿り着いた。
初衣ねえの強打はもちろん火之浦先輩の目の前に来やしない。
火之浦先輩とは逆サイドへのボール。
追いつけない。
40ー15。
初衣ねえが王手だ。
「惜しかったわ!」
「私が真っ向勝負挑んだっていうのに、あんたって人はお構いなしに……」
「次は真っ向勝負、受けて立つわ!」
「もう信じないから!」
審判台から二人を眺める。
正直スポーツ観戦へ積極的に行くタイプでもないので暇だった。
「さっさと勝負ついて欲しいなぁ」
初衣ねえがあと一点取れば勝ち。
火之浦先輩も諦めてはいないだろうけど。
初衣ねえが勝って、さっさと終わらせてほしい。
昔から色々と万能で器用だった初衣ねえ。
スポーツをやっているところを見たことはなかったが。
ここまで強かったんだな。
「これで仕留めるッ」
サーブは初衣ねえ。
その表情はすでに勝ちを確信しているようにも見える。
まあ、次取れば勝ちだもんな。
反対の火之浦先輩も、同様な表情をしている。
二点も負けているというのに。
意味が分からない。
「あ!」
一回目のサーブはミス。
流石に疲れたか?
テニスはサーブを二回行える。
二回目でミスしなかったら、一回目のミスは帳消しだ。
火之浦先輩から送られたボールを受け取り、二回目のサーブへ。
「これで終わり、いっ――」
ボールを宙へと放った瞬間、初衣ねえの表情が歪んだ。
結果、初衣ねえのラケットは空を切る。
ボールはサーブとして放たれることはなかった。
数度バウンドして地面を転がる。
40ー30。
二連続サーブミスで、火之浦先輩の得点だ。
「初衣ねえ、大丈夫かー?」
気になって、初衣ねえに声をかける。
「大丈夫! ちょっと照明でボールを見失っただけ!」
と、初衣ねえからの返答。
照明?
確かに暗くなり始めているから照明はついているけど。
でも、照明?
別にさっきの一回だけ照明がついたというわけじゃない。
この勝負が始まった時から、照明はついている。
「んんん?」
解せなかった。
あのサーブの時だけ?
火之浦先輩を見る。
俺の視線に気づいて、どうしてかピースサインを送ってくる。
何かの合図だろうか?
「はっ!」
初衣ねえのサーブ。
今回は少し弱めで、入れること重視。
もちろんそんな弱々しいサーブは格好の的。
火之浦先輩はすかさず逆サイドへと打ち込んだ。
無論初衣ねえもそれは分かっている。
だからこそ、走る。
走って追いつく。
追いついたのだが、
「――ッ!」
だが、また空を切る。
ラケットとボールが衝突する音は聞こえない。
40ー40。
またもや火之浦先輩の得点だ。
「……あー」
俺は火之浦先輩の方を向いて納得した。
正確には、火之浦先輩の後方。
このコートの観戦席。
その場所に見慣れた姿がある。
フェンスに隠れてこちらを伺う人影。
青春同好会参謀、水無瀬凍里。
先輩は手に持っているもので、強い照明を送っている。
初衣ねえがたじろいだのも、その強い照明が理由だ。
「反則じゃん」
スポーツマンシップはどこへやら。
ボールを渡そうとした初衣ねえ。
だが、ボールは渡さない。
なにやら怒っているようだ。
「そんな二回も光が私の視界を塞ぐわけないでしょ! 反則してる!」
「証拠がないじゃない! 私達は反則してないわ!」
私達って言っちゃってるもんなー。
「別にルールも決めてないでしょ?」
「そ、それはそうだけど」
ボールを握る手が小刻みに震えている。
反則について、初衣ねえは確実にやっていると思っている。
だが、いかんせんその証拠がない。
確かに証拠がないなら、反則だとは言えない。
この世の誰かがこういった。
バレなければ犯罪ではないのだ、と。
とまあ、このままだと話は平行線だと思うから。
「はーい、いったんストップ」
審判である俺が公平に裁きを下してやろう。
「いっ君は黙ってて!」
速攻、救いの手を跳ね除けられた。
「一応審判だから。審判は神様だからね、初衣ねえ」
「伊久留、どうするの?」
「ああ、えーと」
とりあえず、不毛な戦いを終わらせよう。
「また今度で」
**********
初衣ねえは俺の公平なジャッジに満足していなかった。
あとは、大導寺先輩に託すことにした。
大導寺先輩には何度も謝る。
そしたら、何とか初衣ねえをこの場から引っ張って帰ってくれた。
いや本当、立派な副会長だよ。これからも初衣ねえを支えてやってくれ。
「で」
テニスコートの端。
ベンチ周りに集まる青春同好会三人。
俺。
火之浦先輩。
水無瀬先輩。
「火之浦先輩が、水無瀬先輩を呼んだんですか?」
「そうよ! これは私の発案!」
「でも、テニス以外だったらどうしたんですか?」
「それはその時じゃない?」
「ま、私も臨機応変に対応してただろうし」
「でも、光をぶつけるのはダメですよ。初衣ねえが怪我したらどうするんですか……」
「一応目に当てても大丈夫なやつ」
そんなものがあるんだ。
技術も進歩したね。
「まあそれはいいんですけど、走ってる時はダメですって」
「……それは」
「伊久留が正しいわ! ごめんね!」
「いやまあ、結果オーライなんで別に……」
「伊久留はあの人がとても大切なのね!」
「……まあ、はい」
仮にも今までお世話になり続けた人だから。
青春同好会と争うのは結構だけど。
ケガとかはあまりしてほしくないかな。
「でも、結局勝敗はつかなかったわね!」
「あのまま続けても、どっかで言い争いになっていたと思いますよ」
「それは言えてる。生徒会とはまたどこかで決着つけよう」
「というか、そもそも今回俺の蚊帳の外だったのが解せないっすね」
「ごめんね!」
体力づくりのために外出したのに。
結局テニスコートまで歩いただけ。
それ以外は審判席で二人のテニスをただ見守るだけだ。
体力がついたかと言われれば、答えはもちろんノー。
「またやればいい」
「それより、どこかでご飯食べましょ! せっかくだから、伊久留にもごちそうしてあげるわ!」
「そうしてくださると嬉しいです」
漫画を読むだけで時間を潰す。
それよりは、有意義な時間だったとは思うけども。
せっかくだったら、俺もテニスしたかったな。
他人の目に、強い光は絶対あててはいけません。
絶対ですからね!
分かった人は、ブクマ! です!!




