2.珍事件発生より、少し前!
入学式から二時間ほど前。
俺は陽碧学園に続く橋の橋を歩いていた。
「ああ、ようやく勉強地獄から解放されるんだ……」
無人島一つ丸ごと敷地の陽碧学園。
その島へと続く橋に一歩足を踏み入れて、感慨に耽った。
陽碧学園はスペシャル難関校。
だが、俺はそこまで賢くない。
全国統一模試でも平均点ぐらいしか取れない。
そんな俺がどうして陽碧学園に足を踏み入れることができたのか。
「あ、いっくん!」
「初衣ねえ、その呼び方はやめてくれよ」
「ふふ、いっくんだって『初衣ねえ』だなんて可愛い呼び方してくれるじゃない?」
「それはそれ、これはこれだ」
「じゃあ、私も。それはそれ、これはこれ、ね?」
初衣ねえ。
俺の幼馴染で、陽碧学園の生徒会長。
「それで、陽碧学園生徒会長がこんなことで油を売ってていいのか?」
「だって、いっ君の制服姿だよ! 早く見たかったんだもん!」
「卒業してから昨日まで毎日毎日制服着させられたんだけど」
初衣ねえが高校二年で、俺が中学三年の時。
「私が生徒会長になって、いっ君に最高の学園生活をプレゼントする!」
そんなことを言ってきた時のことを、今でも思い出せる。
結局有言実行で生徒会長になってるし、俺を入学させるし。
初衣ねえはあらゆる面でハイスペックなのだった。
「ふふ、私たちのことをみんな噂しているね」
初衣ねえはとても嬉しそうにしている。
俺はとても恥ずかしいのに。
「ほら、初衣ね……会長はさっさと仕事に戻ってください」
「あ、もお! ちゃんと私のことは名前で呼んで」
「一応体裁ってあるだろ? 名誉ある陽碧学園の生徒会長様を、名前で呼ぶなんて恐れ多いと思って」
「いいのよ、いっくんは特別だから」
「特定の生徒を優遇するのは、生徒会長としてどうなの?」
「今は生徒会長じゃなくて、ただの一般生徒だから!」
「腕にしっかりと生徒会の腕章をつけているけどな」
ああいえばこういうし、こういえばそういうのだった。
「会長、何をしてるんですか?」
初衣ねえが固まる。
喜びの表情が一気に崩れ去った。
「あ、あらあらあらあら、掩ちゃんじゃないの? どうしてそんなに怖い顔をしているのかなぁ」
「他の生徒会メンバーが働いているのに、どうして会長はこんなところで遊んでいるのでしょうか? 確かに生徒会長は陽碧学園の代表であり普段自由があまり効かない立場ですから、こういった時間も大切です。ですが、流石に時間を費やしすぎですよ。生徒会メンバーはもちろん、その支持の下働いている風紀委員の方々に失礼だとは思いませんか?」
「う、うぅ……」
タジタジな初衣ねえを初めて見た気がする。
「それで、この新入生は知り合いですか?」
「……前話した、いっくん」
「ああ、この子が」
冷たい視線が俺に向く。
「どうも、初めまして」
「生徒会副会長、大導寺掩。話は全て会長から聞いています。会長には会長の仕事がありますので。入学式もありますから、早く校舎に向かったほうが良いと思いますよ?」
スッと、校舎のほうを指差す大導寺先輩。
いや、呼び止められていたのは俺。
「そもそも、そのつもりでした。すみません。生徒会の仕事、頑張ってください」
「はい」
「いやだぁ、いやだよぉ、やあああああああ!!!!」
初衣ねえの絶叫。
大導寺先輩にそのまま引きずられて、どこかへ行った。
初衣ねえの生徒会長としての姿を、実は楽しみにしてたんだけど。
なんだかなぁ。
新入生や先輩たちから変な視線を向けられてるし。
「ったく」
さて、そろそろ俺もちゃんと入学式のために向かうとするか。
「そこの君! ちょっと待って!」
背後から誰かに呼び止められる。
……次から次へと。
「なんでしょうか?」
「これ、チラシよ!」
とても美人な女子生徒がいた。
活発そうな見た目と、元気な声色。
太陽みたいな人だと、直感的に思った。
「あなたに受け取って欲しいんだけど、受け取ってくれないの?」
「い、いえ、全然。欲しいです」
目が合う。
目を逸らす。
お、俺に受け取って欲しい?
あ、新手の告白?
「それじゃあ、またね!」
女子生徒はチラシを渡して、さっさとどこかへ行ってしまった。
「なんだこれ」
もらったチラシに書かれていたのは、端的にこの一文。
『青春同好会、メンバー募集』
「青春同好会なんて聞いたことないけど」
初衣ねえから、部活とか同好会についての話は一応聞いている。
初衣ねえの口から、そんな同好会の名前は出てこなかった。
「……え?」
ふと周囲を見渡す。
青春同好会のチラシがいたるところに貼られているところに気づく。
橋の壁。
地面。
新入生達が持つ鞄。
生徒の背中。
「見境なさすぎだろ!」
思わず突っ込んでしまった。
さっきまでなかった場所に、何故かチラシが張り付けてある。
「いつの間に、こんなことを……」
周りの新入生がかなり困惑している。
なんなら、周りの先輩達も困惑している。
風紀委員の腕章を付けた生徒が、誰かに連絡をしているようだった。
「こんなに騒がしいのも、陽碧学園の伝統なのかな……」
俺の身体に、どこにもチラシは張り付けられていない。
周りの騒ぎは先輩達に任せて、さっさと校舎に入ってしまおう。
「ん?」
空の方から、凄い大きな音が聞こえる。
聞いたことある音だ。
これは、ヘリコプター?
「あ、あいつら何をする気だッ!」
生徒の誰かが、空を指差しながら驚きの声をあげる。
その先には、ヘリコプター。
ヘリコプターの下に、「青春同好会」と書かれた垂れ幕が付けられていた。
「ま、また青春同好会?」
これも新入生勧誘の一部なのか?
それにしても、高校生がヘリコプターを使うなんてありえないだろ。
橋のちょうど真上の上空まで来たヘリコプター。
扉が開かれ、何者かによってチラシが大量に配られた。
「え、ま、またチラシ!?!?」
「入学式のサプライズ的な?」
「凄い量の紙が海に落ちてる……」
「おい、誰かあいつらを捕まえろ!!」
風紀委員がどうにかして捕まえようとしているけれど。
結局、ヘリコプターはどこかへ飛び去って行った。
「た、多分サプライズか何かだよな……」
海に漂う無数のチラシ。
そのどれもが、俺が受け取ったチラシと瓜二つだった。
海だけではない。
橋の上にも大量にチラシが撒き散らされている。
「サプライズであってくれ……」
これを処理しなければいけない初衣ねえのことを思う。
「生徒会って、大変だな」
他人事のように呟いた。
こんなことをしでかす連中を御さなければならない生徒会も大変だな。
「さて、さっさと」
「見つけたわ!」
ガシッと、誰かに手を掴まれる。
「さっきチラシを受け取ってくれてありがとう!」
見れば、ついさっき青春同好会のチラシをくれた女子生徒だった。
「さあ、陽碧学園に一緒に行きましょう!」
「ちょ、うえええ!?」
謎の美少女に手を引っ張られて連れ去られる。
これが、青春、というものなのだろうか。
「私達は青春同好会!」
「え。ええ。なんですって!」
「私、あなたと一緒に青春がしたい!」
「ど、どういうことですかそれ!」
唐突の告白に、上がっていた心拍がさらに上昇。
「おい、あいつ青春同好会だろ! 捕まえろ!」
「これ以上は無理ね! やっぱり凍里の言う通りだったわ!」
誰か生徒の声を聴いて、女子生徒は立ち止まり手を離す。
「じゃあ、私、いつまでも待ってるから!」
「ど、どういう」
俺が聞き返すよりも早く、女子生徒は俺から離れていった。
そして、そのまま橋から海に飛び込んだ。
「何やってんですか!!!」
俺は思わず叫んでしまった。
青春同好会。
いずれ新入生皆がその破天荒ぶりに驚かされる。
そんな中、俺はいち早くその異常性に気付かされた。
「私、あなたと一緒に青春がしたい!」
その言葉が、俺の脳から焼き付いて離れない。
「か、勘弁してくれ」
美少女の告白だろうが、俺は決して動じない。
俺の青春は、あんなものなんかじゃ決してない。
せっかく初衣ねえが、俺を陽碧学園に入れてくれたんだ。
初衣ねえに恥じない、青春を送るべきなんだ!
「初衣ねえには、迷惑かけられんだろ」
そう自分に言い聞かせる。
強く、言い聞かせる。
それでも、それでも、
「青春したい、かあ」
彼女の告白が、俺の頭から離れないのだ。
主人公とヒロインの出会いはここから。
……運命の出会いかどうかは分かりませんが、
少なくとも、ろくでもない始まりではあります。
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