19.初衣ねえ、滅茶苦茶怒ってます! ①
初衣ねえは基本的に過保護である。
過保護通り越した、最強過保護。
どれぐらい過保護なのか。
俺が歩く道の先に小石が転がっているのを許せないぐらい。
小学校へ登校する時、一度レッドカーペットを広げたこともある。
あの時の初衣ねえの目は本気の目だった。
初衣ねえの中の世界は、きっと俺を中心に回っている。
自分で言うのもなんだけど。
だから、初衣ねえは俺には甘い。
御形伊久留天動説が初衣ねえの中では基本らしい。
――ピンポンパンポーン。
入学式の翌日。
特段何もない、普通の学園生活を送った。
朝登校して。
陽碧学園の授業を受けて。
昼飯を済ませて。
授業が終わって。
放課後になって。
何故か青春同好会の面々と会うこともなかった。
平和な学園生活を満喫できたと思う。
これからもこんな平和が続いてくれればいいな。
なんて思いながら下校しようとした矢先のこと。
『一年生の御形伊久留君。至急生徒会室へお越しください』
生徒会室への呼び出しを食らった。
校内放送で、しかも名指し。
これにより、俺の名前が全校に知れ渡ることになった。
『生徒会長から直々に名指しで呼ばれる新入生がいる』と。
「いっ君、ここに座って」
背筋が凍る。
今までで数回だが、経験したやつ。
「座って」
返事を返さず、初衣ねえの言う通り椅子に座る。
ちなみに、生徒会室には生徒会メンバーが勢ぞろいしていた。
他三人はそれぞれの仕事に集中している。
だが、誰も初衣ねえに視線を向けていない。
俺も、視線を向けずに俯いたまま。
「……私はね、頑張ったの。いっ君が楽しい学園生活を送れるようにって、本当に本当に頑張ったの」
「そ、そうですか」
「そうですか、じゃないんだよ!」
バン、と机を叩く。
みるみる手と顔が赤くなっていった。
「痛いんだったら、やめておいた方がいいよ」
「う、うるしゃい! いひゃくないもん!」
噛んだし。
「……ッ、と、とにかく! 私は青春同好会に入ることを断固として許しません!」
「別にまだ入るとは……」
「今日の朝、火之浦美琴から自慢されたんだけど! 赤っ恥だったんだからね!」
「それは、その……ごめんなさい」
「……あ、謝っても許せないものは許せないの!」
「はあ」
生徒会長としての初衣ねえは相当我慢しているんだと思う。
それはきっと自分の我儘を通すための仮の姿なのだ。
初衣ねえは自分の我儘を通すためなら、それ以外のことは何でも我慢できる。
だが、自分の我儘は絶対に曲げない。
目の前の初衣ねえが、今まさにその状態だ。
きっと初衣ねえは天地がひっくり返っても許さない。
「え、と。そうだなあ、うーん」
本音を少し言えば、青春同好会に関わりたいという想いはある。
初衣ねえが率いる生徒会との学園生活も悪くないだろう。
だが、それよりも。
やはり火之浦先輩の思い描く青春というやつの方が楽しそうに思えるのだ。
これをしっかり伝えればいいんだけどな。
無理だ。
初衣ねえにこのことを直接伝えるのは。
「会長、そろそろ許してあげてもいいのでは?」
「掩ちゃん! ダメ! ここを引いたら、学園の風紀は一層乱れるよ!」
「ねー、会長会長! やることもたくさんあるんだから、御形君ばかりに構っていられないって」
「ここが分水嶺なんだよ! ここで決めないと、よくない未来がきっとくるの!」
よくわからんが。
今回の一件は初衣ねえ的に重要なターニングポイントらしい。
他メンバーは、初衣ねえの異常なやる気に呆れていた。
さて、どうやってここを切り抜けようか。
「なあ、初衣ねえ」
「……なに?」
初衣ねえの不機嫌な声。
「よく考えてほしいんだけど、俺がここに囚われているのはどうして?」
「いっ君には、青春同好会に入ってほしくないから!!」
「俺はまだ青春同好会に入るなんて宣言はしてないよ?」
「え?」
「だから、俺をここに呼んだのはちょっと間違いというか、話し合うべきは青春同好会の奴らじゃないの? 正規メンバーじゃない俺と話すんじゃなくて」
「一応私もそう忠告しましたよ、会長」
「そ、そんなこと聞いてないよ!!」
「大導寺先輩、もしかして初衣ねえ勝手に突っ走りましたか?」
「ええ、御形君。あなたの想像通りですよ」
知的で優雅な生徒会長としての姿はそこにはない。
目の前には今までずっと隣で見てきた等身大の初衣ねえ。
「じゃあ、今から青春同好会を呼ぶわよ!」
「あの子達が素直にやってくるなんて、私は思えませんけど」
「じゃあ、青春同好会に突撃よ!」
「響真。居場所は分かりますか?」
「……今んところ何も情報は入っていない。今日は活動してないんだと思う」
「校外で活動している可能性は?」
「あいつらの活動盛り上がるし、情報が全然ないなんてことは基本ない。例えそれが市外であっても。情報が挙がってないってことは、多分あいつら活動はしてない」
「では、青春同好会への突撃も却下ですね」
「もう、こんな時こそ活動してなよ!! なんなの、あいつら!」
「でも、いくるっちなら連絡先知ってるんじゃない? 青春同好会がいくるっちの連絡先を手に入れないなんてことはないと思うけど」
土浦先輩の一言の直後。
初衣ねえが俺からスマホを取り上げた。
「れ、連絡先がな、ない!!」
青春同好会に関わる人の連絡先はなかった。
どうやら俺のスマホが勝手に使われた事実はないようだ。
「では、いったん解散にしましょうか」
「そうですね」
「帰ろ帰ろ~」
「ダメ! いっ君が青春同好会の敵に回るまで生徒会室から出しません!」
「帰らせてよ……」
帰って今日の復習でもしたいんだけどなぁ。
「遊びにいこーぜー!!!」
「青春同好会みたいなこと言わないでください」
「ダメだって! いっ君が!」
「あいつらはもうちょいうるさいだろー」
「うぅ……早く帰りたい」
「いっ君が、いっ君が、いっ君がーー!!!」
「……昨日から会長の様子がおかしいんですが、どうすればいいでしょうか御形君」
「知りませんよ」
まるで俺のせいだと言わんばかりにこっち見てくるけど。
問題なのは俺じゃなくて初衣ねえだろ!
タブレット間で連絡が行えるため、基本的に放送は使われません。
放送を使うということは、それほど重要ということ。
今回に関しては、初衣ねえの独断専行です。
まあ、それほど重要だったということで。
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