15.不法侵入、陽碧学園! ①
陽碧学園のセキュリティ意識は高い。
学園内の施設を利用したい時、学園側へ許可を得ることは必須、
もし許可なく施設などを利用していたら、風紀委員会の処罰が執行される。
いわゆる反省室行きというやつだ。
ちなみに、反省室行きが決定したのに反省室に向かわなかった場合。
「退学処分って聞いたことあるわ!」
「ええ……」
火之浦先輩がそう答えた。
一回バックレようとしたところ、教師から本気の叱責を受けたと。
青春同好会のリーダー様は、自転車を漕ぎながら自慢するように語っていた。
始めて反省室行きが確定した時のこと。
自慢するようなことではないのだが、本人曰くそれも楽しかったとのこと。
とりあえず楽しかったら、なんでも大丈夫らしい。
「人が少ない場所ってワクワクしない!?」
「俺は怖いと思っちゃいますね」
「ビビりね、伊久留!」
運よく学校関係者や警察に見つかることもない。
俺を乗せた火之浦先輩号は学園の道のりを順調に走り抜けていく。
風を切るのが心地いい。
たまに先輩の声が聞こえない。
先輩の向きや風の音で、声が途切れ途切れになるからだった。
「ほら、学園に潜入よ!」
「なんていいました!」
「潜入!!」
見えてくるのは、城塞・陽碧学園。
校舎のある島へと渡る橋は閉鎖されてない。
が、敷地内に一歩足を踏み入れる場所の門はすでに閉まっている。
車が通る場所と、歩行者が通る場所。
どちらの門も閉まっている。
なので、出入りには出入りを許可する電子証明書が必要だ。
今学園から帰宅しようとする生徒は、タブレットをかざして門を開けていた。
この通り。
陽碧学園のセキュリティは万全のようだ。
島へと渡る橋の前の駐輪場に自転車を止める。
火之浦先輩は素早く鍵を閉めて、橋の奥の城塞の観察を始めた。
「……無理でしょこれ」
「考えればなんとかなるわ!」
「えー」
陽碧学園の島に行くには、この橋を渡る以外の方法はない。
ボートを使えば行けないことはないけど、波が荒いと転覆の可能性がある。
ジッと観察を続けている火之浦先輩。
その後俺の方に駆け寄って右手を握る。
「何か案が浮かんだんですか?」
「ええ、さいっこうに楽しいやつがね!」
嫌な予感しかしない。
ちゃっちゃと走って、閉まった門の近くまで向かう。
火之浦先輩は欄干の方でしゃがんでまた何か観察を始めた。
ぶつぶつと何か言っているみたい。
が、小声で聞き取ることはできない。
とりあえず警備員の人がこちらに気づくかどうかの確認をしておく。
「うん、多分大丈夫ね!」
多分、とついたらそれは大丈夫ではない。
「ねえ、伊久留?」
立ち上がってこちらに近づいてきた火之浦先輩が俺に一言。
「泳げる?」
「ん?」
その一言に、一瞬思考が停止する。
そういえばさっき海の方を眺めていた気がするけど。
「泳げるなら大丈夫ね! 私そういうの得意だから任せて!」
「え?」
ガシッと左腕を握られた。
思考がまとまる前に火之浦先輩に無理やり引っ張られる。
俺に疑問を投げかけておいて、自分で勝手に解決して。
「まっ……」
「それ!」
俺と火之浦先輩が宙を舞う。
意味が分からないかもしれないが、言葉通りだ。
火之浦先輩は俺の身体を引っ張って、海にその体を投げ入れた。
無論引っ張られた俺も同じように。
――ボチャン。
これは火之浦先輩が入水した音。
――ドボォン!
これは俺が入水した音だ。
「ごばごばあばがばああ!!!」
「ほら、25メートルプールよりも短い距離なんだから頑張りなさい!」
「ごば、うるせえ!! このやろう!!!!」
必死に文句をひねり出した。
しょうがないわね、と火之浦先輩は助けてくれた。
慣れた手つきで俺の補佐をしながら海岸まで泳いでいく。
今まで受けてきた水泳と違うのは、服を着ているかどうかだった。
水を吸ってかなり重さを持つ服。
当然泳ぎにくい。
火之浦先輩の補佐がなければ、溺れていたかもしれない。
「やっぱり見込みがあるわ! ちゃんと泳げたのはすごいわよ!」
「いや、はあ、それほどで、も……」
「ふふ。やっぱり伊久留は青春同好会に相応しいわ!」
「……嬉しくねえ」
本当に嬉しくない。
すんごい疲れて、息もキレキレ。
思いっきり声が出せないのがつらいところだ。
服が濡れて、肌に張り付く。
とてつもなく気持ち悪い。
「上手くいったわね!」
「……馬鹿がいるぞここに」
「さて、確かこの辺に服を隠しておいたはず」
火之浦先輩は俺のことを特に気にせず、海岸をちゃっちゃと歩いていく。
向かった先は橋の下。
ちょっとした茂みの中に向かって何やら探し物をしているご様子。
その探し物は、ちょっと大きめの鞄。
先輩はその中から乾いた服を取り出した。
「はい、伊久留。これに着替えて」
渡された服は、どこにでもありそうなジャージだった。
「……下着は?」
「女性ものしかないけど、いる?」
「いるか」
パンツやシャツも着替えたかったが。
今はこのジャージを受け入れるしかない。
下着なしで。
ちょっと高めの服をきてなくてよかった。
部屋着万歳。
「濡れたものはこの袋に入れておいて。また明日私が洗濯しておいてあげるから」
「そこまでするんですか?」
「え、だって、そこは責任というものじゃない?」
そうらしい。
「じゃ、お言葉に甘えて」
「あとそれと」
「ん?」
「私は下着も着替えるから、あっちを向いておいて」
妙に塩らしい先輩の声にドキッとする。
先輩がいる方向とは逆の方を向いて俺も着替えを始めた。
近くで女の子が裸になってお着替えを始めている。
そんな男の夢が詰まったイベントを体験するとは思わなかった。
海に飛び込んだおかげか。
飛び込み万歳なのだろうか。
もしこのまま先輩の方を振り向けば、どうなる?
もしかしてラブコメが始まってしまうのではないだろうか。
そんな邪な考えもすぐに消え去った。
今は青春同好会に弱みを握られるリスクの方が大きい。
濡れた服や下着とはおさらばした。
火之浦先輩のゴーサインを待つこととする。
「ん。準備完了! こっち向いていいわ!」
火之浦先輩の方を向く。
先輩も俺と同じジャージを着ていた。
「お揃いね!」
「不可抗力ですけどね」
用意したのはあなたでしょ。
しかもバッグの中、全部同じやつだし。
「さて、潜入は成功というわけだけど」
濡れた服をしまった鞄を茂みにポイッと投げ入れた。
「それ、そのままでいいんですか?」
「見つからなければそのままだし、見つかってもそのままにしておけばいいの」
「もったいなくないですか?」
「そう?」
金銭感覚壊れてません?
「伊久留が気にすることはないわ!」
そもそも青春同好会のメンバーじゃないしね。
「ほら、校舎に行くわよ!」
「あ」
また俺の手を引っ張って、先導する火之浦先輩。
海岸から上まで登れる道を歩いて、二人は校舎まで近づくことに成功。
海に飛び込んだことは特にバレてないようだった。
橋の門を超えさえすれば、そこまで気にするところはない。
「いい? 怪しまれないように、堂々と歩くのよ」
「あの、じゃあ、とりあえず手を放してくれません?」
男女が手を繋いで歩くのは、結構目立つと思うんだ。
「いや!」
速攻拒否られた。
そして、逆に強く握り返されてしまった。
初衣ねえとも、手を握ったことはないのに!
「ほら、行くわよ!!」
そのまま。
俺達は学園の奥へと進んでいく。
不法侵入はまだまだ続く!
着衣水泳をやったのは、小学校六年生だったと思います。
やったことがある人なら、分かると思います。
とても危険なので、絶対やらないでね!
約束してくれる人は、ブクマお願いします!




