10.連行、青春同好会新人(仮)!
「すみません。手錠外してください」
「ダメ」
俺は手錠で腕を拘束されている。
その手錠から伸びた紐を水無瀬先輩が掴んでいる。
さながら、散歩中の犬。
人間としてのプライドはズタボロだった。
「逃げるでしょ?」
「いや逃げても、追いつかれるでしょ」
「万が一もある」
「万が一もないです」
あの非常階段の扉みたいになるのはごめんだ。
「ほら、ささっと歩くのよ、伊久留!」
「水無瀬先輩が遅いんですって」
「凍里お姉ちゃんに口答えするな、馬鹿!!」
「……なんか怒られるし」
「私の責任にされてるのは、解せない」
一度水無瀬先輩を通り過ぎてしまったとき。
思いっきり紐を引っ張られ転んでしまった。
曰く。
「飼い主よりも先に行こうとする犬は躾がなってない証拠」
ということらしい。
意味わからんし、俺犬じゃないし。
火之浦先輩が青春同好会の一番前を自分のペースで歩いている。
一番後ろが、俺と俺を引っ張る水無瀬先輩。
その中間に、新樹先輩と土浦だった。
現在時刻は16時。
ちょこちょこ陽碧学園の生徒達とすれ違う。
みんな、ちらちらとこちらを見てくる。
傍から見れば、不審者に映るんだろうな。
「あれってもしかして」
「うわ、噂のやつ?」
「青春なんちゃらほんわかみたいなやつじゃね?」
なんて言葉がチラホラ聞こえてくる。
青春同好会の評価。
やっぱあまりいいものじゃないみたいだな。
そんな青春同好会が、男子生徒を引っ張っているという状況。
これからもっと評判悪くなるんだろう。
「やっぱりあの男子も?」
「きっと新しいメンバーだよ」
「ほんと、とんでもない男子だわ。みんなに言っとかないと」
「手錠つけられて引っ張られて、まるでペットね」
「でも、なんか喜んでるわよ」
「ヒィッ」
いや、俺の評価も落ちてない?
「可哀そう」
「あんたらのせいだろ!!」
「ほら、叫ぶとまた目立つ」
「さるぐつわでもつけますか~?」
「するか」
「するなよ!」
引きずられる俺をからかう水無瀬先輩と新樹先輩。
「ねえねえ、お姉ちゃん! 今度一緒に遊びに行こうよ」
「えー、いやぁー」
「もう! 休日ぐらいいいじゃん!」
「休日だって、立派に青春しないとダメよ!」
「遊びに行くのも立派な青春だよ!」
「二週間前も遊びにいったじゃない」
「やだぁ~!! また遊びたいの」
前では、火之浦先輩と土浦の個人的な話が繰り広げられている。
土浦の好意を軽くいなす火之浦先輩。
仲がいいのか、悪いのか。
「ほんと馬鹿みたいに諦めないよね、萌揺」
「萌揺ちゃんの栄養は全部胸にいってるんですよ~」
「あー、それは本当に同意」
「本当に世界って残酷ですね~」
「……そうね」
二人の視線は、土浦のたわわな胸へ向けられていた。
水無瀬先輩は小柄。
新樹先輩はモデル体型とは言いつつ胸の方は少し。
「変なこと考えたら、海に突き落とすから」
「いや何も考えてないっすよ?」
「青春同好会内でセクハラ禁止だから」
頭の中で考えるぐらいは許してほしい。
「リーダー」
「なに、凍里?」
水無瀬先輩が早足で火之浦先輩の方へと進んでいく。
俺もついでに連れていかれた。
「風紀委員に出会ったら、どうするの?」
「その時はその時じゃない?」
「今日は事前にルートを考えてただけ。今回何も考えてない」
「無理そう?」
「無理じゃないけど」
「じゃあ、いいじゃない!」
「捕まる可能性が高くなるとは思う」
「大丈夫よ!」
「……その心は?」
「凍里がいるから!」
「ふう」
なんというか。
この二人、謎の信頼関係があるよな。
土浦が火之浦先輩に好き好きな感じと似ている気がする。
火之浦先輩の凍里先輩への信頼が強すぎる。
そんな印象を受けた、さっきの会話でだが。
「それで、今から何するんですか?」
「だから、帰るのよ!」
「はあ?」
何を言ってるんだ、この人は?
この人達に俺の寮の所属は教えていないはずだが。
「そういえば、伊久留! お腹空かない?」
火之浦先輩の言葉に、昼ご飯を食べていないことを思い出す。
あのまま拉致がなければ、と少し考える。
初衣ねえ達生徒会とご飯でも食べに行っていたのだろうか。
「空いてます」
「よね! なら、どこかで食べていきましょう!」
「わ、私学食食べてみたい!」
「学食行ったら、風紀委員に確実に見つかる」
「今日の日替わり定食なんだったかしら?」
「からあげ定食ですよ~」
「却下よ!」
「なんでよ、お姉ちゃん!」
「唐揚げなんて、どこでも食べれるもの」
「それなんか色んな方面に喧嘩売ってない?」
「伊久留は何食べたい?」
「え、ええ、ん~」
「即答しなさいよ、このあんぽんたん!」
「おい、この新入りの扱いどうにかしろや!」
「あんたも新入り」
「同じ穴のムジナ、というやつですね~」
使い方間違ってるっつーの!!!
「ファミレス行こう」
「そうね、そうしましょう!」
「やっぱり自由に選べるところが一番ですね~」
「うぅ……せっかく入学したのに、お姉ちゃんたちが冷たいよぉ」
「というか待て待て! こんな状態で、人がたくさんいるところに行くのはまずいだろ!」
せめて紐だけでも取ってくれよ!
なんて言葉も無視される。
歩いて数分先のファミレスに俺達は足を踏み入れることとなった。
「意外と混んでるね」
「やっぱり入学式があったからですかね~」
「とりあえず空いている席に座っちゃいましょう!」
引っ張られて、空いている角の隣の四人席へ。
五人いるので、椅子とは逆のソファ席に三人で座ることとなる。
火之浦先輩、俺、水無瀬先輩。この並びで。
「お前そこ変われよ!!!」
「仕方ないだろ! 捕まってんだから!」
土浦がギャーギャー文句を言って、新樹先輩が力づくで宥めていた。
――――ガシャン
と、近くで皿が割れる音。
「いっくん!!!!」
う、初衣ねえ!?!?