策動(26)
「他には何かあるかしら?」
一人ずつに目を配り、テーブルの上で手を組む。
「いえ、報告は以上になります」
シチビが全員の意見を集約するように答えた。
「そう。では、これからの行動について話をしましょう。まず、この拠点だけど、みんな必要な時は自由に使って」
椅子の位置を整えながら、新しい話題へと移る。
「はい。情報共有のため、定期的な集会を設けてはどうでしょうか?」
シチビが視線を一巡させ、全体の同意を窺うように提案した。
たしかに、個別に伝えるのは【転移】があっても手間がかかる。
定期的に顔を合わせることで、情報の行き違いも認識の齟齬も減るはずだ。
「そうしましょう……どの程度の間隔がいいかしら?」
「五日に一度は集まった方がよいかと」
シチビが五本の指を立てて提案する。
たしかに短すぎず、長すぎず、ちょうどいい日数のように思える。
「わかったわ。そうしましょう」
一度頷いた後、重要な指示を続けた。一番重要な指示と言ってもいい。
「あと、ここはあくまで集合場所。敵に見つかっても無理な戦いはしないで」
私と護仕は一口では言い表せない関係だけど、フィルの従者たる護仕が傷つくことをフィルが望まないこと、そして大事に思っていることは分かっている。
私からすると、従者を少し大事にしすぎではないかと思う面もあるけど、その生い立ちを想像すると、ただの従者という扱いはできないかも、とも思う。
そんな彼らを、いくらでも代替の効く拠点ごときで傷つけさせるわけにはいかない。
「「「「承知しました」」」」
ユーカルとユーカクを除く全員が、声を揃えて応じた。
ユーカクの態度は今さらだし、ユーカルは私に「承知」なんていうつもりがないのは分かっている。そういう点を考えれば予定調和と言える。
私は両者を一瞥することもなく、次の話題へと心を切り替えた。
「あとはそうね……ムラサキはハネナガと組んで情報収集を」
「え?」「ええっ?」
私の指示が予想外だったらしく、二名の驚きの声が重なった。
「ここまでムラサキの見た目が大して問題にならないカルン帝国とやらで活動してきたものの、それも限界があるでしょう?」
手のひらを上に向け、諭すように説明する。
これまでムラサキは魔物から逃げ惑う人族に紛れ、髪を隠して目立たないよう情報収集してきた。
だが、それもそろそろ限界だろう。
逃げ惑う人々は魔物にやられるか、逃げ切るかのどちらか。逃げ切った人々は落ち着けばフードを被り続けるムラサキを次第に奇異な目で見るようになるだろう。
「それは……」
ムラサキは言葉を濁した。
たしかにこの説明だと単純にムラサキを役立たず扱いしたのに等しいか。
私は言葉の選択を少し悔いた。
「シュミル様の提案は分かりますが、僕は単独での方が……」
一方でハネナガも露骨に反対と表明はしないものの、戸惑いを滲ませている。
彼なりに成果を出してきた自負があるのだろう。それを否定されるように受け取ってしまったのかもしれない。
そういうつもりがなかっただけに、状況が拗れてしまったことに内心ため息をつく。
「ハネナガがうまくやっているのは分かるわ。でも、ハネナガのやり方も限界が近いでしょう?」
「限界、ですか?」
ハネナガは心当たりがまったくないと首を傾げる。
「ああ、限界というのは言い方が悪かったわね。不向きという方が適切かも」
右手を振って、否定しているわけではないことを強調する。
「具体的にはなんでしょう?」
ハネナガは真っ直ぐな視線を向けてきた。
「たとえば、冒険者ギルドだったかしら? そこで困りごとを解決する冒険者として活動するには、ハネナガの容姿では少し無理があるように思うわ」
できる限り彼自身への否定にならないよう言葉を選びながら、私なりの見解を表明する。
そう、これは適材適所の話に過ぎないのだ。
「……それは……」
ハネナガは言葉を途中で切り、視線を落とした。
生きてきた年数、そして思考はともかく、ハネナガの見た目はどう見ても子供だ。外見だけで見れば、十歳程度にしか見えない。
人族の慣習は知らないが、神族では十歳の子供は庇護して当たり前である。
それに倣うなら、ハネナガが冒険者として活動することは、実力はさておき、外見的にはありえない。
その姿で活躍すれば特別な存在として注目を集めてしまい、「どこにでもいる無害な子供」を演じて溶け込むというハネナガの強みを、自ら手放すことになりかねない。
「その点、ムラサキなら大丈夫。そもそも容姿の時点で目立つから。実力を発揮してさらに目立っても問題ないわ」
後ろに控えるムラサキに顔を半分だけ向け、横目で視線を送る。
目立つ自覚のあるムラサキは姿勢を崩さず、静かに一礼した。
「たしかにそれはそうですが……」
ハネナガは顔を上げ、渋々といった様子で同意の言葉を絞り出した。
「どのみち、お金とかいうものが必要なのでしょう? それなら、ある程度は人族に紛れて活動するのは悪くないと思うのよ」
私の説得に、ハネナガは両目を見開き、心底驚いたという表情を浮かべた。
「……意外です。シュミル様は、そういうことに頓着されない方だと……思っていました」
「あ、あのねえ、私をなんだと思ってるのよ?」
不本意な評価に思わず両手をテーブルに押しつけ抗議する。
私自身が人族に紛れて生活することはないと考えているけど、従者や護仕まで人族に紛れないようにとは思っていない。
むしろフィルの復活に必要なら、使える手段はどんどん使ってほしいと思っている。
そこへユーカクがぼそりと、でも私に聞こえるようにはっきりと、一言口にする。
「傲岸不遜」
「ちょっと、ユーカク!」
不当とも言える貶しに、私は勢いよく立ち上がり、ユーカクをきつく見据えるが、ユーカクは悪びれた様子もなく、私の視線を受け止めている。
日頃言いたいことも言えず我慢してきたと言わんばかりの態度。
彼の私への悪感情は今更ではあるけど、一度、少しぐらい懲らしめてもいいんじゃないだろうか。
「シュミル様、いったん落ち着いてください。ユーカクも少しは考えろ」
私とユーカクの間に割って入るように、シチビが立ち上がった。
シチビとユーカクの顔を交互に見やり、細く長い息を吐く。
「……そうね」
ムラサキより先に椅子に腰を下ろし、苛立ちを振り払うように頭を振った。
いけないいけない。危うくユーカクの思惑に乗せられるところだった。
フィルへの忠誠がやや過剰で、私をフィルの相手にふさわしくないと思っているユーカクは、それこそ自分の身をもってふさわしくないことを証明しようと考えている。乱暴でも粗暴でも、私に対するフィルの評価を貶め、フィル自身に私を見捨てさせたいのだ。
ただ、フィルの相手として『性格的に理想的な存在』として彼が思い描いているのがティアラ……のような存在であることは予想がつくけど、比較対象にすること自体が問題だと理解してほしい。
ややあってユーカクが小さな舌打ちと共に着席し、やれやれとシチビが首を振って椅子に座った。
シチビからすれば完全に振り回されているわけで、その点は少し悪いことをしたと反省。
もっとも一番悪いのはやはりユーカクだと今でも思うけど。
「とにかく、ムラサキとハネナガ、二名で動くことにしましょう。お互いの良いところを活かせるはずよ」
気を取り直して、私は話を元に戻した。
なんとなく流れでユーカクが中心であるような気がしてしまったけど、彼は別に話の主眼ではない。
ハネナガは腕を組んだまま、うつむいて目を伏せた。
数秒間思索に耽る様子を見せたが——やがて、表情がふっと和らぐ。
「そうですね。僕一人では限界があった部分も、ムラサキと分担すれば対応できそうです」
シチビがテーブル越しに身体を前に傾け、真摯な眼差しで問いかけてくる。
「私達はどうしましょうか?」
「そうね……」
唇に指を当て考えを整理しながら、ユーカクを一瞥する。
その目つきから「お前の指示など聞くものか」という強い意志を感じる。




