策動(25)
「それで、ハネナガ、その町というもので何か見つけたの?」
体の向きを変え、テーブルの正面右側に座るハネナガに視線を向けた。
「はい」
ハネナガは立ち上がり、言葉を続ける。
「まずは町の構造についてですが、中央には市場というものがあり、周辺に店という様々な物を取り扱う小屋が並んでいます。果物を売る店、衣服を売る店、武器や防具を売る店、履物や装飾品を扱う店まで。あらゆる物が『お金』を経由して交換されています。これを『売り』『買い』と言っています」
ハネナガは右手の指を順に折りながら説明した。
履物と聞いて嫌なことを思い出したけど、それは置いておこう。ハネナガも思い出させるために言ったわけではないだろうし。
「直接物と物を交換しているわけではないと……」
指先を唇に当て、思案しながら呟く。
「はい。これを商売と言っているようです」
「商売……」
聞き慣れない単語を反芻するように呟く。
「物々交換では、服がほしい者と服が不要な者が直接出会わないと交換できません」
ハネナガは人差し指を立て、熱っぽく説明を始める。
「でも、商売では『お金』という物を間に入れることで、服が不要な者が服を売り、それを買い取った者が運び、運んだ先で服を欲しい者が買う、というように複数の者が関われます」
両手で物が移動する様子を空中に描きながら続ける。
「私たちには馴染みのない仕組みですが、町ではそれが当たり前のようです。建物を建てる大工、金属を加工する鍛冶屋、衣服を作る仕立屋など、様々な商売をしています」
「つまり、自分のできることで手伝ったり、持っている物を提供したりすることを、すべて一度『お金』にしているということね?」
目線を斜め上に向け、思考を整理するように言葉を紡ぐ。
「はい、そういうことになります」
ハネナガは説明が伝わったことがうれしそうだ。
「そしてその交換した結果の『お金』は、町の中でまた使われるというわけね」
テーブルの縁を指で円を描きながら、『お金』なるものの循環を理解しようとする。
「はい。あとは貸し借りでも『お金』が関わります」
「貸し借りで?」
また理解できないことを、と思わず眉をひそめる。
「はい。たとえば宿屋という建物では、他所から来た者に部屋を貸し、その対価として『お金』を受け取ります。食事を出すことにも必要です」
ハネナガは両手で空間を区切るような仕草をしながら説明する。
「なるほど。でも、その『お金』を手に入れるには、何か技能を持っているか、何かを提供できないといけないのね」
椅子に寄りかかり、顎に手を当てながら理解したことを言葉にした。
「はい。ただ、もう一つ方法があるようです」
ハネナガは指を立て、とっておきと言うように声を潜めた。
「冒険者ギルドという場所で、困りごとの解決を引き受けて報酬を得る方法です」
「冒険者? ギルド?」
また出てきた新しい言葉を反芻する。
「困りごとを解決する者を冒険者といい、その集まりを統率するのがギルドです。そこでは、依頼を出す側と、依頼を受ける側とを仲介しているようです」
「なるほど、町という場所での分担の一つということね」
私は顎をさすりながら目を細めた。
「はい、そうだと思います。町で暮らす人族は魔物を退治したり、護衛をしたりしない代わりに、そういった依頼を冒険者に任せているようです」
「なるほど……」
背もたれに深く寄りかかり、目を閉じた。
魔族と戦いたくありません、なんて神族なら存在自体が許されない。
だけど、『戦うことができる』ということと『倒すのが得意』ということには雲泥の差がある。
フィルなら一瞬で魔族を本当の意味で屠ることができるけど、私は一時間戦うことはできても、それだけ時間をかけても倒すことはできない。
私はフィルに対魔族戦闘を押しつけたりしないし、他の誰にも押しつけさせたりしない。だけど、フィルが望んで引き受けるなら、止めることはできない。
冒険者というのはそういう立ち位置なのだろう。
そこまで考えて、私は少し自己嫌悪した。立ち位置を理解するためとはいえ、よりによってフィルと人族を同列に扱ってしまったのだ。
「ただし、その依頼にも『お金』が必要です」
シチビは軽く咳払いをし、手を組み直しながら補足した。
「そう。結局、私たちには手に入れる手段がないわけね」
肩を落とし、ため息をつく。
今、私たちが困っていることを人族の冒険者が解決できるとは思えないから依頼するも何もない。だが、そういう時がこないとも限らない。
最悪、脅してもいいのだけど、こちらにはアルスというかフィルという弱みがある。
できる限り穏便に――それが理想だ。
「そのお金とやらの入手方法は考えておいて」
視線をシチビに向け、きっぱりと言い切った。
丸投げであることは自覚しているけど、具体的な手法が思いつくアテがあるわけではない。
「承知しました」
シチビは即座に背筋を伸ばし、頭を下げる。
「それでその冒険者の中で、大口を叩く人物がいたんです」
ここで、先ほどより一段高く、ハネナガが声を弾ませた。
町や商売の話より、ここから先がハネナガの伝えたいことなのだろう。
「大口?」
左眉を上げ、興味を示すように首を傾ける。
「はい。『受けた依頼は確実にこなす凄腕冒険者。またの名を南の賢者』と言っていました」
抑揚を丁寧に模倣して、相手の発言をできる限り忠実に再現しようとしている。
「ふぅん……確かに大きなことを言っているけど、簡単なことしか受けない場合でも同じことは言えるわね」
私は顎に触れていた指先で、軽くとん、とリズムをつけた。
――本当に実力がある者なら、過小に語った方がいい。
必要以上の注目を避けられるし、余計な軋轢も生まれない。
反対に、実力が伴わない者は過少申告なんてできない。自分の力だけでは相手にされないことを自覚しているから、見栄と虚勢でどうにか目立とうとする。もしくは自分の実力を過大評価して――声だけが大きくなる。
その代表例が口に出すのも忌々しい愚兄だ。
「それはもっともです。ただ、彼女の周囲からは、少なくとも『簡単な依頼しか受けていない』という印象は受けませんでした」
まあ、ハネナガがとるに足らないと思うなら、わざわざ報告などしないだろう。
「そう……でも、それをわざわざ私に言うということは、何か役に立ちそうだと思ったということ?」
椅子の上で腰を落ち着け直し、ハネナガの表情を探った。
「冒険者をほとんど知らないので、相対的なものでしかありませんが、今のところはそう思っています」
「……そう……」
首筋の髪を右手で掬い、籠もっていた空気を入れ換えるように髪を持ち上げ、籠もった湿気を解放する。
まったくもって地上の『季節』というものは本当に過ごしにくい。夏直前のこの時期はたしか梅雨と言うのだったか、ただ暑いのではなく蒸し暑く、苛々まではしないものの不快だ。
指の間からこぼれ落ちる髪が首筋をくすぐる感触が、僅かながら気分転換になり、ハネナガの言葉を前向きに検討できる気がしてきた。
正直、人族という時点で有能といってもたかが知れている。
『賢者』という単語も『賢い』という意味なら少しは期待したいけど、職種の【賢者】を指すなら、たいした価値もない。あえて評価するなら、小回りが利く、その程度だ。
けれど、ハネナガがわざわざ提言してくれたものを無碍には扱えない。
彼は護仕の中で間違いなく、私に好意的な存在だ。
その彼が時間をかけて見つけ、よかれと名を挙げてくれた存在なら——一度くらい調べてみる価値はある。
「わかったわ。せっかく見つけてくれたのだし、私達の方でも探りましょう。居場所は分かる?」
「それについてはオナガから」
ハネナガに指し示されたオナガは、顔をあげ私を直視する。
「ハネナガから紹介を受けて、居場所は突き止めてます」
「そう……それじゃ、ユーカルをその場所に案内してもらえる?」
ユーカルを一瞥してから、オナガに話しかけた。
「……今からですか?」
オナガの声がわずかに上擦り、眉間にしわが寄った。
その反応に私は自分の失敗に気づいた。
これだと、話が終わっていない状況でオナガだけ除け者にするような状況になってしまう。
「ええ。そう思ったのだけど……皆の話が終わってからでいいわ」
片手を軽く持ち上げ、宥めるように言い直した。
「承知しました」
オナガは深く頷き、落ち着きを取り戻したようだった。




