策動(24)
「ほかには何かある?」
ムラサキは淡々と報告を続けた。
「あとはカルン帝国という国が攻め込んできたとか、そういった話はありますが」
眉を寄せ、以前聞いた話を思い出す。
「それは滅んだと言っていたわね」
「はい。順番としては、一、カルン帝国がアスラルト国に攻め込む。二、アスラルト国が反撃に魔物を用いる。三、その魔物にカルン帝国が滅ぼされるという順です」
ムラサキが右手の指を立てながら一つずつ折って説明する。
「……馬鹿なのかしらね」
ぼそりと口をついた言葉は誰に向けたものでもなく、ただ感情の端をすくい取った独白だった。
人族というものは理解し難い。具体的な手段方法は分からないが、自分達の争いに魔物を使おうという発想が救いがたい。
軽く額を押さえて頭を揺らした。
「おっしゃることはわかりますが、無力で脆弱、寿命も短く、すぐ劣化してしまう種族である以上、ある程度は仕方ないかと」
ムラサキの言葉は客観的な観察によるものだったけど、その口調には諦観と憐憫が混ざり合っているようだった。
それを聞いて、少し冷静さを取り戻し、大きく息を吐いた。
何も昔のことを思い出して、八つ当たり同然に人族に危害を加えるつもりはない。
当時の愚かしさと、今の愚かしさは、似てはいても別物だ。同じ種族であるという一点以外の共通点はない。
神族に還りたいなどと不相応な考えをもたないだけ、不快感を抱かずに済んでいるからだろうか。
「……まあ、いいわ。ありがとう、ムラサキ」
軽く目を閉じ、口角を緩めて告げた。
「いえ、差し出がましい口を挟みました」
ムラサキは詫びるように言葉を口にした。私の心情を先回りして慰めようとしたことが出過ぎた行為であることを自覚したのだろう。それでいて、気遣いが届いたことへのわずかな満足も感じられた。
「では、こちらの報告も」
シチビが姿勢を正し、テーブルの上で指を組み直した。
「報告? この小屋以外にあるの?」
首を傾け、疑問を込めて視線を投げかけた。
「はい。私も情報が不足していると思い、ハネナガとオナガに情報収集を行ってもらっていました」
淡々とした口調で答えながら、一瞬だけ視線を二人に送り、すぐに私を見据えた。
「そう」
「独断でしたが、問題あったでしょうか?」
シチビは眉を寄せ、わずかに顎を引いた。表情は変わらないが、その静かな動作に私の反応を慎重に見極めようとする意図がにじむ。
私は拠点作りを指示したけど、それ以外をするなとは言っていない。指示を無視されれば傷つくけど、そうでないなら問題視することはない。
何より彼らはフィルのためを思って行動しているのだから、私が何か言うことはない。それを分かっていながらわざわざ聞いてくるあたり、シチビもどこか一線を引いているのだろう。
テーブルを挟んで返答を待つシチビに、私は軽く手を振った。
「ないわ。続けて」
「はい。そこで彼らには町に出向いてもらっていました」
「町?」
聞き慣れない言葉に眉を寄せる。
「村がさらに拡大したものと考えてください。そうですね……栽培を行わない人族が集住する場というのが実態に近いかと」
シチビは人差し指でテーブルを軽く叩きながら、説明のための言葉を探るように間を置いた。
「……素朴な疑問だけど、栽培をしないならどうやって食料を手に入れているの? 採集と狩猟ってこと?」
椅子から上体を起こし、テーブルに両肘をつき前傾した。
神族はそれこそ存在するだけなら食べ物自体が不要だ。
けれど、それではただ在るだけになる。行動し、力を発揮するには何かを摂る必要がある。
一方で、人族はもっと明確に、食べなければ死ぬ存在。
となれば、食料の調達手段は限られる。栽培、採集、狩猟――いずれかには頼っているはず。
「いえ、町ではそのような活動は行いません」
シチビはきっぱりと否定するが、そこに責めるような響きはない。
「ますます分からないわ」
両手を肩の高さまで広げ、困惑気味に首を振った。
「そうですね……どう説明したものでしょうか……」
シチビは目を伏せ、言葉を探るように間を置き、ややあって顔を上げた。
「基本的に、神族の方々は自分に必要なことも、欲しいものも、自分で手に入れますよね?」
「ええ、そうね」
会話が長くなりそうだと判断し、長丁場に備えるように椅子に深く腰を沈めた。
——もちろん例外はある。
【創造】の契約法などは誰もが使えるわけではないから、必要なら持っている相手に依頼するしかない。
けれど、そういった限定的な場合を除けば、神族は皆、自分に必要なことを自分で行うのが基本だ。
欲しいものがあれば自分で作り、必要な技術があれば身につける。そういう在り方が当然とされてきた。
「その対極だと考えてください」
シチビは両手を広げ、諭すように言葉を紡いだ。
「対極?」
「はい。自分は特定の作業だけを行い、それ以外は他者に任せるのです」
その説明にハネナガが小さく頷いている。
「……それは従者ではなくて?」
即座に理解するに至らず、こめかみを押さえながら確認する。
従者という存在があれば、何かを他者に任せること自体は珍しくない。
フィルは護仕がいても任せようとはしなかったけど、それは例外中の例外。大半の神族は従者がいるなら任せるだろう。
ただ、従者持ちの神族というのは【創造】の契約法もち程ではないにしても、それなりに希少だから、必然的に大半の神族は自分のことは自分ですることになる。
「ああ、従者とはまた違います。極端に言えば、食材を採集する者、それを運ぶ者、調理する者、料理を運ぶ者が別なのです」
右手を上げ、空中で四つの点を順に示すように説明した。
「はぁ? なにそれ?」
思わずテーブルに両手をついて立ち上がってしまった。
でも、こんな訳の分からない話を聞かされたら、それも仕方がないと言える。
――非効率にもほどがある。
神族でも、子供でなければ自分で採って食べるのが一番手っ取り早い。
ましてや、自分がどれだけ食べたいかなど、他者が分かるはずもない。
「シュミル様の感想はわかりますが……たとえば、調理が苦手でも、美味しい食べ物を食べたいですよね?」
「それは……まあ、そうでしょうね」
私は右手で顎に手を当て、目線を斜め下に向ける。
好き好んで不味い物を食べたくはないだろう。
「そうやって、調理が得意な誰かに任せることで、自分が苦手でも美味しいものを食べたいという欲を満たせる。そういう仕組みです」
シチビは指を一本ずつ折りながら言葉を紡ぐ。
視線だけでその手の動きを追った。
「その理屈だと、食べる者と食べない者がいるということ?」
「ああ、いえ、さすがに食事なしで生きていけるわけではないので、食べる役割が分担されるわけではありません」
シチビははっとして目を見開き、両手を肩の高さまで上げて小さく振った。
「……つまり、それぞれの得手不得手を極めて細分化していて、町では食材の栽培も採集も行わないということね?」
椅子に背をもたれ、視線を天井へ向ける。
役割の徹底——簡単に言えば、そういうことだろう。
たとえば戦闘において。
どんな場面でも相手より有利ということはない。私は対魔族戦は不得手だし、近接よりも遠距離の方が好みだ。返り血浴びないし。
一方、フィルは明らかに近接戦が得意で、対魔族に向いている。おそらく天界でフィルほど向いている者はいない。その一方で遠距離は苦手だろう。……返り血を喜んで浴びるとは思いたくないけれど。
特性の違いを補い合い、分担すれば、個々の弱点は最小限に抑えられる。
戦闘に限らず、日常の営みでも同じことが言えるのかもしれない。
「そういうことになります」
私が一応は理解、納得ではなく理解、したように顔を向けると、シチビは深く頷いた。
「……そう……」
目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
奇抜ではあるけど、人族の慣習一つ一つに難を付けても始まらない。
左手で目元を押さえながら、混乱気味だった思考を落ち着かせた。




