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策動(22)

 ~シュミルside~


 昼下がり、私は森の中に建てられた質素な木造の小屋の前で足を止めた。木々の間から差し込む斜めの日差しが、新しい木材の表面を照らしている。鼻をくすぐるのは、削りたての木が放つ甘い芳香だった。


「ふぅん、これが私たちの拠点ね」

 私は首を右に僅かに傾け、風に紛れるように独白を零した。目線を屋根の棟から基礎の部分までゆっくりと降ろし、全体を丹念に眺めていく。板を組み上げた壁面は丁寧な仕事ぶりを物語っていた。採光のための開口部には板戸がしっかりと嵌められており、屋根には雨風をしのぐための十分な勾配がついている。

 私は右手を伸ばし、人差し指でそっと木目をなぞった。滑らかに削られた表面が指先に心地よく触れ、しっかりとした造りであることが伝わってきた。

「任せた甲斐はあったわね」

 満足げに口角を上げ、シチビの方へ顔を向ける。

「恐縮です」

 シチビは背筋を伸ばしたまま、表情一つ変えず淡々と応じた。

 その傍らでユーカクは口を開いては閉じ、眉間にしわを寄せている。時折チラリと私を見上げては視線を落とす仕草に、まだ不満は残るものの直接的な反抗はしないという意図が感じられた。


 シチビが進み出て、木戸に手をかけた。内部を確認してから、片手で扉を押さえ私たちに向き直る。

 小屋の中央には四本脚の簡素な木製テーブルが鎮座し、周りには全員分の椅子が等間隔に配置されていた。板戸から射し込む一条の光に照らされ、浮遊する埃が銀色に煌めいている。

 私は髪を手で軽くかき上げ、振り返ってムラサキに告げた。

「ハネナガとオナガがきたら中に通して。それと、彼らが来たらムラサキも中に入って」

「承知しました」

 ムラサキは静かに答え、わずかに頭を下げた。


 シチビは椅子を床から慎重に引き、背筋を真っ直ぐに保ったまま腰を下ろした。

「アルスの様子はいかがでしたか?」

 部屋の静けさに溶け込むような、控えめな声が響く。

「ええ、契約法は問題なく使えるようね。でも、それ以上の進展はまだ......」

 テーブルの縁に指先を滑らせながら静かに椅子に座り、言葉を短く切った。皆が集まるまで詳細は控えておこうという思いがあった。

 隣でユーカルが同意するように小さく頷いた。

 テーブルの向こう側では、ユーカクが下を向いたまま下唇を噛み、内側に秘めた不満が表情に表れていた。

 シチビの腕がわずかに動くと、ユーカクは思考から引き戻されたように無言で席に着き、背もたれに体を預けた。


「建設中に人目につくようなことはあった?」

 板戸の隙間から見える森を一瞥すると、木漏れ日が床に揺れる影模様を描いていた。

「いえ。この場所なら、人の往来からは十分に離れています」

 シチビは感情を表さない均一な声で答えた。

「野生動物とかはいないの?」

「ええ、まあ」

 シチビは視線を一瞬下げ、言葉を選ぶように指先でテーブルを二度軽く叩いた。

「日中も夜間も出現します。とくに夜行動が活発になるイノシシは、たびたび突進してくるので、建物を守る必要があります」

「……そう」

 私はため息と共に背もたれに体重を預け、天井を見上げた。

 せっかく確保した拠点が獣の衝動だけで壊されるなんて馬鹿馬鹿しい。とはいえ、森の中の害獣を一掃するのは、アリを一匹一匹潰すようなもの。かといって【契約法】で森ごと焼き払えば拠点も消えてしまう。


 小さく息を吸い込み、シチビに視線を戻した。

「見張りは必要ということね」

 体を前に傾け、半ば確認するように。

「そうなります」

 シチビは姿勢を正したまま淡々と返した。

「夜となると『眠り姫』の出番かしら?」

 私は唇の端を上げて問いかけた。

「やや皮肉を感じますが、そうなります」

 シチビは瞬きもせず、視線を固定したまま淡々と受け流した。

 そういうつもりはなかったので、シチビの反応はいささか不本意ではあるのだけど、細かく意図を説明しても、言い訳がましくなるだけかと思い、私もその点は追求しないことにした。


「対応に問題はない?」

「知能がないに等しい野生動物程度、問題あるわけがありません」

 その言葉には普段の彼からは珍しい熱が込められていた。いつもと同じ無機質な響きながら、抑えきれない自信が言葉の裏に滲む。

 というより、これはシチビだからこういう対応で済んでいるのだろう。

 視線を横にずらすと、ユーカクが目を細め、唇を真一文字に引き結んでいた。眉間の深い皺と、鋭い視線が「馬鹿にするのも程々にしろ」と訴えている。フィルの従者として、野生動物相手に後れを取ると思われること自体が許せないのだろう。


「そう、それならいいけど。あまり戦闘向きなイメージがなかったから」

 左肘を肘掛けに置き、手で顎を支える。

 そこで、木戸が軋む音とともに冷やかな声が割って入った。

「まあ、シュミル様ほど向いていないのはたしかです」

 片手で扉を押さえたオナガが、口元に薄い笑みを浮かべていた。扉の隙間から差す昼光が彼の背後から伸び、足元に影を落としている。

 私も神族の中では比較的戦闘向きだと自覚している。その点は恥じるものではなく、むしろ自負を持っている。

 とはいえ、オナガに言われるまま認めるのも癪だった。


「ええっ、こんなか弱い神族を捕まえて、ひどい言い草ね」

 首を傾げ、わざとらしく両手を胸の前で合わせ、驚いた表情を作り上げる。

「……」

 シチビは眉一つ動かさず、ユーカルは息を止めたように固まっている。ユーカクは椅子の端を掴み、オナガは入口で足を止めたまま。全員の視線が矢のように私へと集中し、部屋の空気が重さを増した。

 たしかにちょっと大げさに言ったけど、そこまで無言になるのはさすがにひどい反応でしょう。

 せめてそこは「ははは、面白い冗談ですね」ぐらいのことは……ああ、それを言おうものなら、確実に酷い目に遭わせる自信があるわ。

 そう考えると、彼らが身を守りつつ、それでいて同意もしないためにはこの反応しかないような気がしてきた。


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