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せいじゃものがたり  作者: 瀬山みのり
第1章:導き
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導き(9)


 ~アルスside~


 今日も一日退屈ながら優雅な軟禁生活だった。

 イアノがやってきたのは、軟禁部屋で窓から差し込む夕暮れを見ながら、そんな感想をもったところだった。

 そして、彼女は予想だにしなかった事情を淡々と俺に説明したのだ。


「ということになりました」

「ええ……」

 イアノの言葉を聞いて、つなげる言葉を思いつかないまま、俺は中空を見上げた。

 三食昼寝つきの生活が、いや、昼寝はしていないが、いつまでも続くとは思っていなかった。

 しかし、その生活の終わりが、近衛隊とやらとの手合わせで、それが終わったら近衛隊入隊とか、落差が激しくて嫌がらせかとさえ思える。

 その不条理さに軽くめまいがして、俺は思わず目頭を抑えた。

 が、ここで「わかりました」と言うほどの素直さは持ち合わせてはいないし、諦めよくもない。

 俺は一呼吸おいて、無表情なイアノに顔を向けた。


「私は無関係なので無罪放免になりませんか?」

 内心で懇願の姿勢を取りながら、気持ち少し下手に出る。

 自分でも情けない気持ち悪い態度だと思ったが、この際それはおいておこう。

「なりませんね」

 露骨すぎたのか、イアノに冷ややかな目で即答され、俺は苦々しさに唇を噛んだ。

 だが、まだ諦めるわけにはいかない。


「『王家の杖』についても私は聞かされただけですが、それでもなりませんか?」

 非があるのはそちら側だろうと言外に匂わせ、俺は真剣な眼差しをイアノに向ける。

 相手の非を指摘しての刑の撤回または減刑を期待したのだが。


「なりません」

「そうですか……」

 再びのイアノの即答に、深いため息とともに肩を落とした。

 いや、わかってる。ダメだろうことは。でも一縷の望みに賭けたかったんだ。誰だって快適な生活を奪われようとするなら抵抗するだろう。

 とはいえ、決定が覆らないのであれば、覚悟を決めるしかない。

 が、まだ一つ確認しておきたいことがあった。


「一応念のため確認なんですが、近衛隊とやらの手合わせで合格しなかったらどうなりますか?」

 イアノの表情を注意深く観察しながら、俺は緊張を隠しきれない声で尋ねた。

 覚悟を決めるとは言ったが、それは試験を受ける覚悟であって、合格する覚悟ではない。

 もし不合格で放免になるのなら、それは狙う価値がある。


「王家を欺いて恩恵を受けた罪で監禁、一日一食の上強制労働を永続でしょうか」

 イアノは表情を変えずに、恐ろしいことを言う。

 その言葉に、俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 何もだましていないのに普通に罪状くっつけられて奴隷のように扱われる。そんな非道なことが許されるのか。

 何か悪夢でも見ているのではないかという気さえしてくる。


「それはさすがにひどくないか?」

 あまりの非道さに俺は下手に出ていたことも忘れ、抗議の声をあげた。

 あまりの非道さに、俺は下手に出ていたことも忘れ、抗議の声をあげた。部屋の空気が一瞬凍りついたように感じる。


「ようやく気持ち悪い話し方をやめましたか」

 イアノの目つきがゴミを見るようなものから少し柔らかくなったように感じる。

 なるほど、それが理由だったのか。。


「ええ、ええ、気持ち悪い話し方でしたよ。自分でもそう思ってました!」

「よろしい」

 俺は思い切り開き直り、イアノは満足そうに頷いた。

「で、本当のところは?」

 気持ち悪い話し方で好感度ダウンして刑が重くなるなら、卑屈さのない堂々とした物言いならさぞや刑は軽くなることだろう。


「さっきのはいくらか冗談ですけど、間違いなく今の優雅な生活はなくなりますね」

 イアノが笑顔で冗談であったことを明らかにする。

「冗談にしては怖すぎだった」

 俺は軽口を叩いたが、イアノの言葉を額面通りに受け取らなかった。

 その笑顔は顔に貼り付けたという表現がぴったり合うものであり、端的に言えば「手を抜こうなんて考えるなよ」ということを暗に伝えるものだったからだ。


 実際、冗談と言って本当に冗談になるかどうかはわからない。後盾がなにもない人間、そう、今の俺のことだ、に対して国家権力はどんな横暴でもできることは容易に想像がつくからだ。

 なにしろ俺はこの国の国民どころか、この時間にいた人間でもない。遠い未来から来た人間が一人減って、今の時代に増えているだけだ。それをどう処罰しても誰にも何も言われることはないのだから、これほど扱うのに都合がいい存在もない。


「なにか聞いておきたいことはありますか?」

 イアノの問いかけに、俺は思考を巡らせる。

 少しでも有利な状況にするために、何を聞くべきか。頭の中で様々な可能性を素早く検討する。

 じっくり考えたいところだが、イアノがくるのが今日が最後になる可能性もあるのだ。聞けることは今のうちに聞いておいた方がいい。


「そうだな……」

 俺は慎重に言葉を選びながら言葉を繋いだ。

「隊員の平均的な能力と言いたいが、それは教えてくれないだろうから、入隊試験の合格基準を教えてくれないか」

 最初に受け入れられないことを提示して、譲歩したように見せかけることで、必要な情報を聞き出す作戦だ。

 さすがに入隊希望者全員熱烈大歓迎即合格ということはなく、最低限の選抜基準はあるはずだ。。


「それもかなり機密に近い情報ですが」

 イアノの反応は思っていたよりも用心深かった。

 とはいえ、ここで無回答のまま引き下がるわけにもいかない。


「別に合格基準がわかっても合格基準を満たしていなければ入隊できないのだから問題ないのでは?」

 俺は食い下がった。

 合格の基準がわかっているのとわかっていないのとでは安心感も対策も違う。

 不本意ではあるが、合格を目指さなければならない以上、この情報ぐらいは出してもらわないと困るのだ。


「入隊基準が低いと他国に知られるのは危険なのです」

 イアノの声には、少し警戒の色が混じっている。

 たしかに弱兵だと侮られるような情報は外に出ない方がいいだろう。

 敵国が弱いと思って攻めてくることはあっても、敵国が強いと思って攻めてくることはないのだから。

 ……まぁ、個人ともなると、強い敵と戦いたいとかありそうだが。


「なるほど。他国よりは低いと」

 開示しない理由を挙げるイアノに俺は少し挑発的に返してみた。

 これで感情的になって「そんなことはない」と言ってくれれば、引き出せる見込みも立つ。


「他国のことは知りませんから比較しようがないですね」

 そんな俺の思惑を見透かしたか、イアノは言葉巧みに無回答を貫いた。

 うまく躱されたかと俺は内心で舌打ちをする。

 イアノの対応の巧みさに感心しつつも、自分の処遇が、それも悪い方にかかっている状況では、手放しに賛美する気にもならない。

 このままでは埒が明かないと、俺は少し角度を変えて攻めることにする。


「なら、騎士でいい。騎士はどのくらいのことができれば合格になるんだ?」

 せめてこのぐらいはという思いを込めて、俺は真剣な表情でイアノを見つめる。

 近衛隊全体は諸々の理由で開示できないにしても、そのうちの一部ぐらいは許容してほしい。


「言ってわかるかはわかりませんが、『絶界』が使えれば確実に合格になりますね」

「なるほど……」

 ある程度の指標となる答えを得て、俺は切羽詰まった状況から少し解放された。

 完璧な回答にはほど遠いが、イアノの堅さからしてこれ以上何か情報を得られるとは思えなかった。


「それで、試験は具体的にはいつの予定になってる? 明日とか言わないよな?」

 心の準備もそうだが、十日近くろくに体を動かしていないのだ。

 これでいきなり戦闘試験ともなれば、合格できるものも合格できないだろう。


「三日後だそうです」

「三日後か……」

 訓練してどうにかできる期間ではないから、合格したくば訓練しておけなどという温情がないことは明白である。

 心構えだけしておけということか、はたまた試験会場の場所の都合がその日しかつかなかっただけか。

 十中八九、後者だろう。

 この部屋でできることなど限られているが、せめて少しは体を動かしておこう。


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