策動(13)
護仕の中でもっとも容姿が幼く、もっとも侮られやすいこの姿を――僕は、この上なく気に入っていた。
この上なく。
もちろん、あくまで主であるフィルダ様を除いての話だけど。
背丈も低く、顔立ちもあどけない。その外見だけで、どれほどの者が警戒を解き、気を許してくれることか。
人族も、神族すらも、自分より弱い存在だと思い込んだ時点で、侮り、判断を誤りはじめる。
たしかに戦闘となれば僕が護仕の中で最も役に立たない。だけど、至高のフィルダ様が存在する時点で、護仕の中での戦闘力比較などするだけ意味がない。
フィルダ様の容姿をもってすれば、僕以上に周囲に溶け込むことも不可能ではないだろう。けれど、そんなことをさせるなど、考えるだけで恐れ多い。
僕の役割は、フィルダ様には決してしていただくわけにはいかないこと――それを担うことにこそ意義がある。
だからこそ、この姿も、この立場も、僕は気に入っているのだ。
(さて、冒険者ギルドは……っと)
街並みを歩きながら、建物に架けられた看板に視線を走らせる。
どうやら冒険者とは戦闘も含めたなんでも屋といった風情である。そんなものが職として成り立つこと自体、フィルダ様の従者である身からすると意外だった。
(脆弱な上、老化してしまう人族だと仕方がないのかもね)
神族の方々のように、時を経ても肉体も能力も衰えない存在であれば、他者に戦いを委ねる理由はない。煩わしいか興味が湧かない場合を除いて。
もちろん、自らの手では対処しきれない相手は別だが、それは例外的だ。
けれど、人族は違うのだろう。
年輪を重ねれば肉体は衰え、傷の治りも遅くなる。何より、一瞬で命の炎が消えゆく。
その結果、能力の高い若者がその都度選ばれ、派遣されていく――効率のための合理的な仕組み。
もし「冒険者」が戦闘のみならず、あらゆる困りごとに対応するというなら、使いようはある。
「お金」が必要とはいえ、言い換えればそれさえ用意すれば良い。たったそれだけのことだ。
情報を集めれば、その入手方法も自ずと見えてくるだろう。
この状況こそ、まさに僕の真価を発揮するべき機会と言える。
(どうやら……ここが、冒険者ギルドというものらしい)
目の前の建物は、ほかとは明らかに異なる風格を纏っていた。
正面の扉は分厚い木材で作られ、縁には精巧な彫刻が施されている。固く閉ざされたその扉が作り出す沈黙。
内部の様子は、僅かに開いた窓の隙間から漏れる人影だけが手がかりだ。
窓越しに椅子に腰かけ談笑する数人の人族の姿が目に映る。彼らの会話の内容はほとんど聞き取れないが、その表情から活気は伝わってくる。
(入っていいものか……それとも、何か作法でもあるのかな)
動きを止めたまま、しばらく扉の前で考えを巡らせる。
無作法に入り込んで悪しき第一印象を残すのは避けたい。まずは場の機微を理解する必要がある。
コンコン。
小さく二度、扉を叩いた。
しかし、中からの応答はない。音は木の奥へと吸い込まれ、返ってくるのは静寂だけで、扉が開く様子はない。
(開けてしまってもいいのか、それとも……)
判断に迷っていると、不意に背後から声が降り注いだ。
「おっと、坊主、どうした?」
振り向くと、ひとりの男性が視線を落として僕を見つめていた。
白髪の混じるブロンドの髪に、鋭すぎないグレーの瞳。口角に微笑みを宿しながらも、どこか探るような眼差しを向けてきていた。
「冒険者ギルドってものを見学しようと思って」
顔を上げ、飾らない言葉を返した。作り込んだ態度はせず、素直に答えるほうが相手の本音を引き出せると判断したからだ。
男性は眉を持ち上げ、興味深そうな声をあげた。
「ほほう、何か依頼でも頼まれたのか?」
僕は戸惑い半分驚き半分といった表情を浮かべながら、この男性を観察した。
身長は百八十センチほどか。白髪の混じったブロンドの髪と、グレーの瞳が印象に残る。体つきは細身でありながら、しなやかな筋肉が衣服の下に見え隠れし、どこか力強さを感じさせる。
「ううん、どんなとこか見てみたかっただけ」
小さく首を振り、子供らしい好奇心を装いながら視線を上げた。
「そうかそうか……坊主にわかるかはわからんが、ちょっと案内してやろうか」
男性は頷き、口元に穏やかな笑みを浮かべた。声には楽しげな響きが混ざっている。
「うん、ありがとう、おじさん」
明るく感謝の言葉を返し、笑顔で軽く頭を下げた。
その瞬間、男性の表情に微かな変化が走った。口元の笑みが深まり、目尻に細かな線が刻まれる。
「ふふ、おじさんと来たか」
何かを含んだような口調に、僕は男性の顔を見上げた。
(……何か失敗したかか?)
内心で舌打ちしつつ、どこに問題があったのかを探る。呼び方が適切ではなかったのか。
「だめだった?」
申し訳なさそうに上目遣いで尋ねる。
「いや、おじさん扱いされたのは久しぶりだったから、ちょっとな」
男性はそう漏らしながら、目を細めて何かを思い出すように微笑んだ。右手を頭の後ろへ持っていき、乱れた髪を軽く整える。
その仕草には照れと懐古が混ざっているような印象を受けた。
「普段はどういう扱いされるの?」
僕は男性の顔を下から覗き込み、わざとらしく目を丸くした。
「む……いや、それは置いておこう」
男性は眉間に小さな溝を作り、一瞬言葉を詰まらせた後、左手を軽く振った。
「う、うん……」
触れられたくない話題だと察し、それ以上の問いかけは控えることにした。
「どれ、案内してやるか」
男性は話題を切り替え、大きな木の扉に手を伸ばした。彫刻の施された扉に、迷いなく掌を置く。まるで自宅に入るような自然な動作。
「この扉は、誰でも開けていいの?」
僕の問いに、男性は手の動きを止めて振り返った。
一瞬目を見開き、それから弾けるような笑い声を放つ。
「は、ははは、そうか。坊主は開けていいのか悩んでたのか」
肩を揺らして笑う様子は、心から面白がっているようだった。嘲りではなく、純粋に楽しんでいる反応。
「う、うん……」
恥じらうように、そして少し拗ねるように、身体を横に向け、足元に視線を落とした。
視界の端で、男性の目尻が優しく下がっているのが見て取れる。
確かに誰でも入れる場所の扉を前に開けるのを躊躇するのは滑稽だろう。
ここにユーカクやオナガがいなくてよかった。彼らの姿があったなら、ユーカクは激情に任せて殴りかかりかねないし、オナガは皮肉の矢を放つこと間違いない。
「用事があれば大歓迎だ」
男性は扉に再び手を置き、真っ直ぐな声で言葉を紡いだ。
「用事って依頼のこと?」
首を傾げながら尋ね、男性の反応を窺う。
「依頼をする方も依頼を受ける方もだよ」
男性は微笑みながら答えた。声はより打ち解けた調子へと変わっていた。
「依頼を受けるって……それって、冒険者ってこと?」
女将さんから得た情報と自分の推測を照らし合わせ、確認する。
男性は満足げな表情を浮かべ、身を屈めて僕の背中を軽く叩いた。
「そうそう。よくわかったな、坊主。ほれ、中に入ろうか」
男性が扉に手をかけ、今度こそ押し開く。
「うん」
僕は頷き、その後ろについて建物の中へと足を踏み入れた。




