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せいじゃものがたり  作者: 瀬山みのり
第1章:導き
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導き(7)

 ~レナside~


「というようなことを話しました」

 イアノは私に、アルスさんへの食事の提供時の会話を報告してくれました。

 私は椅子に深く腰掛け、イアノの報告を聞きながら思考を巡らせました。

 彼に説明していない軟禁する理由として『突然現れた』という現象の確認をしたいということが挙げられます。

 あの後、クアド卿がとりまとめた報告を聞きましたが、『王家の杖』も忽然となくなっているし、彼も突然現れている、という結論にならざるを得ませんでした。


「『姿隠し』を併用して持ち出したという可能性を考えることはできるでしょうけど」

 私は思考を言葉にしながら、イアノの反応を窺います。

 『姿隠し』のスキルを使えば侵入自体は可能だと思います。

 ただ、それには祝詞が必要ですし、そもそも宝物庫の扉を開けなければ中に入ることはできません。

 扉を開けるまでは盗めないことと扉を開けたらなかったこと、この二つが両立しないのです。


 そして、もう一つが忽然と現れた彼です。

 彼の場合、『姿隠し』で侵入したものの、扉の前でその効果が切れたのではないかという仮説も一応はあります。

 そのケースでもたしかに突然現れたように見えるからです。

 その場合、彼の職種は『賢者』系統ということになります。


 だからそのような行動を行わないかを様子見していたのですが、そのような素振りはありませんでした。

 祝詞の詠唱を前提とする『賢者』にとって、『静寂』を使えるイアノは天敵のようなもの。取調室の途中で『静寂』が使われたのを知って警戒している可能性も考えました。

 それで数日おいたのですが、それでもそのような素振りは一度も見られませんでした。


「そうなるとその後、まったく動きがないのが謎ですね」

 イアノが静かに言葉を発します。彼女の表情にも、私と同じような困惑が浮かんでいます。

「ええ」

 私は短く返事をしながら、机の上で指を軽く叩きました。


「ある程度自由に行動させている意図を読まれている可能性も考えてみましたが……」

「それで歴史書というのも不思議ですよね……」

 最初に地図や地理と言われたので、盗まれることを警戒しました。

 その代わりに求められたのが歴史書です。

 その選択にも疑問を感じます。


「はい。まるで言葉以外の前提となる知識が欠落しているように思えます」

「イアノもそう思いますか……」

 イアノの言葉に、私は強く同意を示すように頷きました。

 アルスさんの行動には異質さを感じます。まるでこの国を知らない別の土地から突然運ばれてきたかのような。


「『転移』が意図せぬ形で発動したなら彼の行動もある程度辻褄が合います」

「それは……そうですね……」

 イアノの推測にはっとして私は目を見開きました。

 たしかに自分の能力がうまく制御できない可能性を考慮するなら、こういう事態もありえそうです。


「ただ、その場合、なぜそのことを話さないのか、ですね」

「囲い込まれることを避けようとしているとかでしょうか?」

 イアノの疑問に私は指を一本立てて、仮説を立ててみました。

「ランドール王国に仕えられる栄誉を断るとも思えません」

 イアノは拳を握って私に力説しました。

 そう言ってもらえるのは王女としては喜ぶべきなのでしょうが、この国に対するイアノの愛国心はやや過剰なきらいがあります。

 イアノがそのまま語りだすのを抑える意図をこめて、私は小さく咳払いをしました。


「ただ、自分が制御できない能力を期待されるのを避けている、というのはあるかもしれません」

 イアノが別の可能性を提示しました。

 たしかに制御が不確実な能力を期待された挙句に、期待通りにいかないことで責任を問われるぐらいなら、明らかにするのを避けようとするのは理解できます。


「その可能性はあると?」

 私は頷きながらも、どの程度イアノが本気かを確認しました。

「否定はできない程度ですね……」

「そう……」

 イアノも私の疑問に誠意をもって回答してくれているだけで、明確な根拠を示すことはできないのでしょう。

 私は深いため息をつきました。


「それで処遇はいかがしましょうか。軟禁とはいえ、今の待遇は賓客の付き人並、いつまでもこのままというわけにも」

 単純にアルスさんだけの話でいえば、実は今の状態が一番制御しやすいのです。

 軟禁で行動範囲に制約をつけ、監視もつけられる。不審な挙動をすればすぐに気づくことができる。何か特異な行動が見られれば、それを糸口に解決できる可能性もある。

 そういう口実であの部屋での軟禁も了承を得ていますが、何も情報が出てこないとただの厚遇でしかなくなります。


「『王家の杖』の話を知られていなければまだ簡単だったのですが……」

 本来であれば不審人物を解放して終わるだけの事態が、複雑化してしまったのはひとえにディアスに原因があります。

 何も知らないように見える相手にわざわざ『王家の杖』がなくなったという事実を示す必要はなかったはずです。

 私は頭に浮かんだ苛立ちを振り払うように頭を振りました。

 ここでディアスを責めても仕方ありません。

 紛失の重大性からすれば、アルスさんに知られたことは些末なことです。


「そうですね……城外に出してしまうとどこから情報が漏れるかわかりませんし」

 『王家の杖』紛失という噂で国の正当性が揺らぐわけではないですし、国民がそれだけで動揺するわけでもありません。

 ただ、その事実を知った隣国はどういう圧力をかけてくるかはわかりません。いや、よくわかるというべきかもしれません。

 どの国も皆とまでは言いませんが、自国の正当性を王家の血筋を取り込むことで確立したいと考える可能性はあります。

 そしてその対象は、姉様がいない今、第二王女である私なのです。


「とにかく時間がほしいです」

 私は決意を込めて希望を口にしました。

 情報流布の元となるアルスさんを足止めする時間、『王家の杖』の在処を探る時間、そして取り戻すまでの時間。

 もちろん二つ目、三つ目は時間だけで解決するものではないですが、時間があれば見通しがたつ可能性があります。


「『ちょうどいい』役職はないかしら?」

 私の曖昧な問いかけに、イアノは真剣な表情で考え込みます。

「高過ぎて不必要に情報が流れず、低すぎて目が届かなくなることもない、そんな役職ですね?」

 私の意図することをイアノが読み取った上で、念の確認をしてくれました。

 その理解力はさすが私の専属と言えます。


「ええ」

 そうすればアルスさんの待遇に関しての問題は解決します。

 名目については後で考えればよいでしょう。

 私は満点という意味を込めて片目で目弾きしてみせ、イアノはそれを見て無言で深くお辞儀をしました。


「純粋な役職だけで言えばありますが……一つ問題が」

「問題?」

 顔をあげて腹案の懸念を表明したイアノ。

 しかし、私はイアノの懸念に思い当たらず、首を傾げました。


「主に人間関係ですね」

 イアノはしみじみと言葉にするのでした。

「人間関係……というと?」

 その言葉に私は困惑し、首の傾きをさらに傾けました。

 イアノがいう問題がよく理解できません。役職が関係する人間関係?


「役職としては近衛小隊長あたりがよいのではないかと」

「ああ……」

 私は得心して小さく手を叩きました。

 なるほど、たしかに高過ぎず低すぎず、城内勤務で極めて無難な役職です。

 そしてその役職はすなわち、ディアスの部下ということ。

 アルスさんがどの程度ディアスに思うところがあるかはわかりませんが、ディアスがアルスさんをどう思っているかはなんとなく想像がつきます。


「ディアスも事情を説明すれば……」

 ディアスも王城に勤務する身です。今回は事情が事情ですし、納得するでしょう。

 ……するのではないでしょうか。

 私は次第に自信がなくなり、語尾はほとんど声になりませんでした。


「レナ様の命令であれば否はないと思いますが……」

 イアノの言葉には、微妙な躊躇いが感じられます。彼女の表情には、何かを言いかねている様子が浮かんでいます。

 なんとなくですが、万に一つ、いえ、百に一つぐらいで否というのではないかと、イアノは考えている気がしました。


「まずはディアスに相談してみましょうか」

 ここで案じていても始まりません。

 私はゆっくりと立ち上がり、窓の方へ歩み寄りました。外の景色を眺めながら、思考を整理します。


「では、イアノ、ディアスのところへ行きましょうか」

 振り返ると、イアノは既に行動の準備をしているようでした。

 私が何を言うのか予想していたのでしょう。


「かしこまりました。では、着替えを準備しますので、少々お待ちください」

 イアノが着替えを準備する間、私はこの件がうまくいくよう祈るような気持ちでいたのでした。


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