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せいじゃものがたり  作者: 瀬山みのり
第1章:導き
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導き(6)

 ~アルスside~


 俺が軟禁されてからはや数日。窓から差し込む光の角度が変わるたびに、時間の経過を実感する。

 イアノからこの城がラナーン城ではなく、ランドール城であると聞いて、それでもかすかな希望にすがるように、歴史書を読み漁っていた。目は疲れ、頭は重くなるが、それでも読み続けた。

 だが、そこから導き出された事実は、城の名称が違うという些末なことでは収まらないことだった。

 恐ろしい考えが頭をよぎる。


(ここが過去だなんて、そんなことありえるのか?)

 まず、歴史書で使われていた暦は神生暦であり、同名の別物でなければ自分にも馴染みの深いものだった。その事実そのものに少しの安堵を覚えつつも、さらなる不安が湧き上がる。

 そして、歴史書が近年の記述を網羅しておらず、その近年が数十年程度と仮定するならば、自分が今いる時間は、元々自分がいた時間から三千年ほど遡った時代のように思える。その数字はまったく現実感が感じられないものだった。


 三千年である。

 一年進んだとかであれば、たとえば傷病でその期間目が覚めなかったというような例である程度納得はできる。

 はたまた、一年遡ったであれば、自分の記憶をなんらかの形で思い起こしている質の悪い夢として受け入れもしよう。

 だが、三千年はどのように受け止めればいいのかまったくわからない。

 その途方もない時間の隔たりに、俺は茫然とする。

 三千年前である今と、元いた時間に、極端な違いはなさそうに思えるのがせめてもの救いか。

 それは自分の生活空間もそうだし、歴史書から読む戦闘の仕方もそうだ。自分のいた時間の方がやや進歩的のように思えるが、退化するわけもないのだから、ある意味当然と言える。


 また興味深い点としてこの国の歴史そのものがあげられる。

 自分の元いた時間でも神生暦を用いていたが、なぜ『神生暦』かという点について、昔から使われている以上のことは伝わっていなかった。

 だが、この国、ランドール王国の成り立ちを読むと、それはどうも文字通り『神』というか神族というものが関わっていたらしいことがわかってきたのだ。


 歴史書から読みとったこの国の歴史は大雑把には以下のようなものだ。


 神の血を引くとされる初代王が魔族を打ち払い、この地に国を建てた。

 それから数世代、この国は領土を広げ一時はほぼ全世界を支配するほどの版図となった。

 建国および領土拡大にあたって功績のあった者たちに特別な地位が与えられた。これが現在の爵位制度の起源となる。天爵、玄爵、守爵、地爵、導爵、祝爵、祭爵、護爵の八階層の爵位が割り当てられ、それぞれが特定の役割を持ち、王国の統治を支えたのだという。

 爵位に関していえば、俺がいた時代も変わらない。そういう意味では統治体系の大枠はこの頃からできて、神生歴七千五百年台までいくらか形は変えつつも脈々と続いてきたと言えそうだ。


 とはいえ、全世界とはまた大きな話である。

 これが暗黒大陸まで含むのか、含まないのかはわからないが、自分がいた時代からすると驚嘆すべき話である。

 しかし、この国は元々魔族という脅威があって成立した国。

 その脅威がなくなると次から次へと各地で独立運動が相次ぎ、国家が乱立。

 その後も散発的に魔族は現れたようだが、国の再統合には至らず、この国の領土は縮小の一途をたどった。

 神の血を引く者にお人よしという言葉を使うのも変だが、国内の統制という発想がなかったか、またはそもそも臣下が反旗を翻す可能性を考えもしなかったということだろうか。


 そのように考えた時、ふと、ラナーン城の構造に思い至る。

 あの城もおおよそ防衛という観点が欠落しているとしか思えなかった。当時の魔族がどのような体制であったかはわからないが、ラナーン城の構造から考えるに、組織だって攻めてくるということはなかったのではないだろうか。

 または城に防御機能をもたせる必要がそもそもない戦闘であったか。

 どんな戦闘か想像もつかないが。


 いずれにしてもこの国の成り立ちに虚飾がないなら、この国が神生暦を使うのは当然というか、本家本元に限りなく近い。

 もっとも『神』としているものが実は単に優れたスキルをもつ英雄で、それを神格化しただけということも考えられるので、あまり暦の名称との整合性を考えても仕方がないとも言える。


 と、この国の成り立ちや神生暦のことを考えるのは完全に現状から目を逸らす行為である。

 地理的に遠いだけであれば、移動手段を駆使すれば帰る見込みはある。

 だが、時間が違う、それも人間の寿命の何十倍も違うとなると、元の時間に戻るのに何をすればよいか見当もつかない。


 そもそもなぜ三千年も前にいるのか、きっかけはおそらく黒い像であることはわかっているが、黒い像に触れることと三千年遡ることの関係性も原理もさっぱりわからない。

 いずれにしても戻る見込みがまったく立たない以上、当面は生活基盤を確保することを主眼に置かないといけない。


 もちろん情報収集は欠かすことはできないが、「未来への戻り方を知っていますか?」などと聞いて回ろうものなら、奇人どころか狂人扱いされることは確実である。

 当面はその類の活動はきわめて控え目に行う必要があるだろう。


 それに最後のか細い希望はある。

 その希望通りなら、このようなことを考える必要もなくなるのだ。そして、それはもうじきくるはずだ。


 扉への軽いノックととも最後の希望がやってきた。

「入りますよ」

「どうぞ」

 俺は顔をあげてイアノの顔とそしてその手に持っている配膳に目を向けた。


 今日の差し入れは春野菜とツチノコのごった煮、ウサギ肉の香草蒸し、新芽のスープであった。

 ここに軟禁されてから何度か食事を出されたが、おそらくこの城の賄いの食事であろうと推察できた。

 庶民が食べるにはやや手が込んでる食事だが、王侯貴族が食べるにしては見た目にこだわりがないように思えたからだ。

 もっとも、王侯貴族が食べるにしては、というのは俺の予想でしかないが。


「精が出ますね」

 イアノが差し入れを机の端に置いた後、感心したように言う。

 木製の大きな皿の中で、黄褐色の角切りされた塊が、新鮮な春野菜と一緒に煮込まれており、湯気とともに野菜の香りと甘い匂いが立ち上り、食欲をそそる。

 自分の置かれている状況を把握するためだから必死なのは当然だが、それは彼女の知りようもないことだ。


「思った以上に量が多くてね」

 なぜそこまで熱心なのかを気取られないように、俺は軽く笑いながら答えた。

「この国は長い歴史がありますからね」

「そのようだ」

 イアノの言葉に、俺は内心で苦笑した。

 実際、歴史書には建国から二千年分の記述はある。だが、それ以上に長い期間、俺が元いた時間との隔たりがある『可能性がある』。そう、まだ可能性だ。極めて高いが、まだ確定した事実ではない。


「この歴史書は今の国王のことは書かれていないのか?」

 俺は、最後の望みをかけてこの質問をした。決定的な事実に触れようとしたせいか声が少し震えたが、それをイアノが気づいた様子はない。


「……そうですね、今の国王陛下であるヴォルフ様のことは書かれていませんね」

 イアノはパラパラと本の最後のページを数枚めくって内容を確認する。


「まぁ歴史書の編纂はだいたい国王が交代したタイミングで行うだろうしな」

 俺は、自分を納得させるように言った。

 亡くなる前の自己の実績を強調するために生前から記載する王もいるだろうが、強調しすぎて次代から不適当と判断されて焚書される可能性も考慮すると、よほど虚栄心が強くなければ自分の代のことを自分では書かないだろう。

 ただ、その不記載がずっと続いて、三千年分記載していなかったとしたらどうだろうか。

 正確性に欠けるのではとか、歴史書の意義がないだろうと言えばその通りだが、ここが過去であるという事実が否定できるのであれば、この際なんでもよい。

 俺は必死に、最後の可能性にしがみつこうとする。


「そうですね、先代のミドリア様のことは書かれているようです」

 イアノにあっさりと否定され、俺は内心でがくりと肩を落とした。

 つまりこの歴史書は数千年記載をさぼったものではないということだ。

 いや、だがしかし、もう一つだけ抜け道がある。あきらめるにはまだ早い。

 俺は最後の藁をもつかむように少し前のめりになって、次の質問を投げかけた。


「突拍子もないことを聞くが、王家の人間は特別寿命が長いとかあるのか?」

 たとえば今の国王が三千年生きているなら、三千年分がまだ書かれていなくてもおかしくはない。

 ……

 自分でも苦しいあがきだと自覚はしている。


「ふふ、建国王は神の血を引くとかで三百年ほど生きたようですけど、そういう稀有な例を除けば寿命は人並ですよ」

 イアノが少しおかしそうに笑いながら答えた。

 まぁ自分でもおかしな質問をしている自覚はあるから、彼女が笑うのも無理はない。


「そうか……ちなみに今の国王陛下はいつから在位に」

「ヴォルフ様は覚えやすいんですよ、戴冠が神生暦四七四七年なので在位二六年ですね」

 イアノの口から出た言葉に完膚なきまでに希望を打ち砕かれ、俺は天を仰いだ。

 この返事をもって、今が神生暦四七七三年、自分の生きていた時代から二千八百年程度前の時間ということが確定してしまった。

 イアノが嘘をついている可能性? この話の流れで嘘をつく意味がない。

 見知らぬ人々が全員揃って過去を演出する? これもない。


「アルスさん?」

 突然上方を仰ぎ見る俺に奇異なものを感じたのか、イアノが怪訝そうに声をかけてくる。

 その声に俺は我に返り、顔を正面に向け直した。

 絶望的なまでの孤立した状況に放っておいてほしい気持ちもある。しかし、反対にいえば、ただの孤立でしかない。直接的な命の危機に晒されているわけでもない。

 自暴自棄になるほど切羽詰まっているわけではないのだ。


「あ、ああ、ごめん。けっこう長い在位だなと思って」

 冷静さを取り戻すように俺は深呼吸した後、適当に質問を取り繕った。


「長い、ですか?短くはないですが、特別長いということもないかと」

 俺の感想にイアノが不可思議なことを聞いたと言わんばかりに首を傾げる。


「そうなのか。こう、陰謀渦巻く中で世代交代の圧力がかけられたり毒殺されたりのイメージがあったのだが」

 全部の国で四六時中そうということもないだろうが、ありそうな話である。

 そんな俺の発言にイアノは吹き出した。


「そんな殺伐とした国は嫌ですね。他の国はそういうのがあるかもしれませんが、由緒正しいランドール王国ではそんなことはありませんよ」

 イアノの声は誇らしげでさえあった。その自信に満ちた態度に、俺は少し驚きを覚える。


「由緒というのは、初代が神の血を引くということか?」

「ええ、他国ではありえない由緒ですからね。この国では王の一族というのはそれだけで価値があるのです」

 まるで我がことのように胸を張るイアノ。

 なるほど、この国が少しずつ分割されていきながらも、二千年ももっているのは、由緒正しさという他の国では真似できないものが軸になっているからかもしれない。


「なるほど……でも、そういうことだと政略結婚とか大変なことになりそうだな」

「それは……まぁ……」

 俺のふとした疑問に、イアノの表情が少し曇り言い淀んだ。どうやら図星のようだ。

 その血統が大事であれば大事であるほど、そしてその血統者が不死でもない限り、それを自分のものにすることを企む輩はどこにでもいるということだ。


 もっとも初代も今代も王族の政略結婚も今の自分にとってはどうでもいいことだ。

 まずはこの三千年前の時間で、どのように生きていくのかを考えないといけない。

 俺はイアノが立ち去った後、差し入れのツチノコを一塊口に運び、自分自身の今後のことを考えた。

 口の中でほろほろと崩れる食感があり、ツチノコ特有の自然な甘みが口に広がったが、孤立無援の今この状況での行動指針についてはまったく広がりを見せなかったのだった。


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