導き(5)
~アルスside~
取り調べが終わった後、俺はレナの侍女というイアノに連れられて、ある部屋に軟禁された。
俺が思うに、軟禁というのは牢屋よりはマシな部屋、物置や倉庫、よくて平民一般家屋の一室ぐらいで行われるものだと思っていたし、それで十分であった。
が、イアノに連れていかれたその部屋は、明らかに貴賓向けと思われるものであった。華美ではないものの品のよい調度品、そのまま寝転んでしまえるような絨毯、豪奢なベッド。俺は目を疑った。
それともこの国では平民はこういう部屋で暮らしているのだろうか? そんな馬鹿な。
頭の中で様々な可能性を巡らせるが、どれも現実味がない。
俺が半ば呆然と部屋の入口で立ち尽くしているところへ、先に入ったイアノは怪訝そうに声をかけてきた。
「どうしましたか?」
「あ、いや……」
言葉に詰まる。
案内する部屋を間違っていないかと聞いていいものだろうか。扉をあけた直後であれば間違いということもあるだろうが、彼女自身が部屋に入っている状況で「間違ってました」ということはさすがにないと思いたい。
「なぜこの部屋に案内されたか、でしょうか?」
俺の心中をイアノに的確に言い当てられ、一瞬言葉が継げなくなる。
が、俺の様子を見れば、そのぐらいは予想もつくかと納得し、俺は曖昧に頷く。
「まぁ、そう……です」
「まず、この部屋は高いところにあります。窓からの脱出は実質不可能です」
イアノの説明を聞いて、窓の方に目をやる。
窓から外は見ていないが、たしかに軟禁の主たる目的は逃走防止。見張りを何名をつけて監視するよりも、そのままでは脱出ができない場所の方が目的も達成できるし、監視員の確保も最小限で済むか。
きっと俺が空を飛ぶスキルをないことを前提にしているのだろう。
そしてその前提は正しい。
「次にこの部屋は防音されています。なので、外部から連絡をとることも難しいでしょう」
たしかに、俺に仲間がいると仮定して、連絡をとろうとすれば、音は一つの伝達手段となりうる。
そういう仲間もいないのだが。
「三つ目。宝物庫から距離がある空いている部屋がここしかなかったということです」
なるほど、俺が宝物庫に入った盗人だと考えれば、宝物庫に近い空き部屋を用意するわけにはいかないか。
その判断にも一定の理があることを認めざるを得ない。
まったくもって無用な警戒だが。
「私としても、どうしてこの部屋なのかという気持ちはありますが、条件を考えるとこの部屋しかありませんでした」
心なしか忌々しげな様子のイアノ。
まぁ、おそらく侍女である彼女の私室より豪華だろう。容疑者をそんな部屋に案内することを理解はしていても納得はできないのだろう。
もっとも、それも一瞬のこと。すぐに表情を消していた。
「どうしますか?ご不満であれば伝えることはしますが」
イアノの声には、「そうしろ」と言わんばかりの圧がある。
もし俺が不満の声をあげれば、それを踏まえてこことは別の部屋を用意するのだろう。
「ああ、いや、いい……結構……です……」
が、この部屋よりいい部屋が宛がわれる可能性などゼロに等しいだろう。
食事も用意されるというのであれば、あと心配すべきは下のことぐらいだ。
その思いが頭をよぎり、俺は少し躊躇いながらも質問した。
「それはそうと、用を足す必要が生じた際はどうすればいい……よろしいでしょうか?」
「……」
イアノの片眉がぴくりと動いた。
いや、わかるよ、俺だって見て分かる場所に便器があるならそこでするんだと理解する。
だが、この部屋にそれが見当たらない以上、聞かないわけにはいかないだろう。
「こちらです」
イアノはすたすたと廊下に出て、突き当たりにある個室に案内した。
とりあえずあの部屋を汚物まみれにしなくて済んでお互いによかったと思ってほしい。
「ほかに聞いておきたいことはありますか?」
イアノの声には、心なしか疲れが混じっているように聞こえる。
「いや、あとは歴史書の差し入れを頼むぐらい……です……」
「その、聞き苦しいので最後に申し訳程度に『です』とつけるのはやめてください」
イアノの指摘に、俺は目を白黒させる。
「それは、その……まぁ……申し訳ありません……」
自分でも歯切れが悪いのは自覚しているが、どのぐらいの距離感が適切かよくわからない。
敵意をもって突っぱねるのも違うし、上下関係でもない。だからといって間違っても友人でもない。
俺自身は何の罪もないと思っているので、もっと丁重に扱えと主張してもいいのかもしれない。
が、相手からは疑われている以上、ある程度は心証をよくしておこうという打算も必要だとは思う。
ただ、そうしようという心がけで後付けした結果が聞き苦しいだけで。
「あまり聞き苦しいようだと食事をもってくる気もなくなりますよ?」
「それはひどい……」
イアノの冗談めいた脅しに、俺は思わず呟いた。
「将来的にアルスさんがこの国に仕えるのか、はたまた処分されるのか、それが決まるまでは自然なお言葉遣いで結構です」
言葉だけで言えば楽にしろという意味だが、処分という物騒この上ない単語が入っているせいで、とても気楽にはならない。
「淡々と怖いことを言うなよ……」
俺は冗談めいた調子を装うが、内心では本当に怖さを感じている。
「怖いことになるという自覚はあるということですか?」
「まさか。ただ、身に覚えのない罪を着せられそうになったから、警戒が解けてないだけだ」
何の罪もないのに、とはさすがに言えない。
「この場はそういうことにしておきましょうか」
イアノ自身は尋問する気はないらしい。
もちろん、俺も尋問されることに悦びを感じるわけではないので異論はない。
とはいえ、このまま話題が俺のままでは尋問されているのと大差がない。
情報収集も兼ねて俺は話題を逸らす。
「ああ、そうだ。それはそれとして、レナはどういう立場なんだ?」
「……ふぅ……のようなことさえご存じないのですか」
イアノは心底呆れたように溜息をついた。
「すみませんね」
俺は短く、そして気安い感じで謝罪の言葉を口にした。
「……まぁいいでしょう」
イアノは俺の口の利き方に一瞬眉毛を動かしたものの、素でいいと自分で言ったことを思い出したのか、ぐっと言葉を飲み込み、レナの正体を明かす。
「レナ様は、この国、ランドール王国第二王女殿下であり王位継承権第一位の方ですよ」
「……」
イアノの返事に俺は言葉を失う。
レナが王女という可能性自体は考えていた。だが、王位継承権第一位ということは順当にいけば次の国王、女性だから女王ということだ。
もちろん継承権があるだけだから、王国の運営においていえば国王に次ぐ地位とは違うのだろうが、少なくとも相応に重い立場であることには違いない。
だが、それよりも大事なことは……。
頭の中で、新たな疑問が湧き上がる。
「今、ランドール王国と言ったか?」
声が少し震えているのを感じながら、確認する。
「ええ」
「この城の名前を教えてもらえるか?」
俺は何かの間違いであることを期待した。
または、ランドール王国の『ラナーン城』という答えでもよかった。
「もちろん、王城であるランドール城ですよ」
だが、イアノは俺の期待を裏切り、極めて単純明快な事実を口にした。
いや、まだ可能性は捨ててはいけない。
たとえば城が内部の人間と外部の人間で呼び方が違うという可能性はありえる。
なにしろラナーン城という単語はラナーン城にいる人間から聞いたものではなく、ラナーン城に入ったことのない外部の人間がそう呼んでいたにすぎない。
最も極端な想定をすれば、外部と接触がない村の村人が自分の村を『村』と呼び、外部は村を区別するために『なになに村』と名づける。そういうことは考えられ、この城の名称についても同様のことが起きたと考える……ことはだいぶ苦しいが、ありえないとも言えない。
「ランドール城以外に呼び名はあるか?」
「何を聞かれているのかわかりませんね。ランドール王国の王城をランドール城と呼ばずにほかの呼び方をするということですか?」
イアノの困惑した表情に、俺の希望が少しずつ崩れていくのを感じる。
「そう、その通り」
「聞いたことがありませんね」
それ以外の可能性などありえないとばかりにイアノは即答した。
「そうか……」
いや、自分でも無理があるとは思っていた。
だが、そうだとすると、ラナーン城からランドール城へ移動したということか?俺の記憶が欠落しているのでなければ一瞬で?
たしかに不可思議な結界が張られていると言われたラナーン城において、そういう仕掛けがあること自体はおかしくはないのかもしれない。
「ほかに聞きたいことはありますか?」
イアノの声に、俺は我に返る。
「……いや、とりあえずほかにはないな」
頭の中は疑問だらけだが、これ以上聞いても状況が整理できる気がしない。一旦、情報を整理する時間が必要だ。
「そうですか。それでは食事までお待ちください」
「わかった」
イアノが退室しようと扉の前に立ち、俺の方を振り返った。
その表情には、何か言いたげな色が浮かんでいる。
「申し訳ありません、言い忘れていました」
「ん?」
俺は顔をあげてイアノの顔を見据えた。
「この部屋になった四つ目の理由です」
「四つ目があるのか」
思わず驚きの声をあげた。
先に挙げられた三つの理由で十分納得していたからだ。
「ええ。迷惑をかけたことに対するレナ様のお詫びだそうです」
「迷惑?」
俺は何のことかわからず、こめかみに指を当てる。
「ええ、ディアス様の取り調べに付き合わせてしまったことに対すること、だそうですよ」
その言葉に、俺は少し感動を覚える。同時に、申し訳なさも感じる。
「それは……」
気にするなというのもちょっと違う。
俺は慎重に言葉を選ぶ。
「感謝の意を伝えてもらえるか?」
もちろん、ディアスの取り調べに対する感謝ではない。
さすがにそんなことを言わなくても、イアノは百も承知だろう。
「承知しました」
イアノは軽く頷き、部屋を後にした。
王女が気にするようなことでもない気がしたが、次期国王ともなるとそういうことにも気を配らないといけないのかもしれないと思ったのだった。
その配慮に少し感心し、俺は窓の外を眺めながら、深い思索に沈んだ。
ここはランドール城。ラナーン城ではない。その事実にどう向き合えばよいのか。
整然とした部屋とは対称的に、受け止めきれない事実に俺は暗澹とした思いを抱えたのだった。