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せいじゃものがたり  作者: 瀬山みのり
第1章:導き
44/103

導き(44)

「あくまで最初につけた名によって規定されるものでしかないから、後から改名しても使えるわけではないわ」

 ひとしきり笑った後、ユーカルは条件をもう少し詳細に説明した。

 だが、それは俺からすればさらなる疑問を呼ぶものでしかない。


「じゃあ、世の中アルスという名前をつければ使えるということか?」

 ユーカルは呆れ顔で俺を見つめてくる。


「どんな世界よ、それ。そもそも名というのは識別するために使うものだから、識別ができない時点で使えないわ。種族全体で契約しているのであれば別だけど」

「そうか……まぁ、そんな上手い話があるわけないよな……」


 少し恥ずかしくなり、ごまかすように言葉を続けた。


「ということで、私達を除けば、このあたりで使えるのはあなただけ、おめでとう」

 ユーカルは明るく、そしてやや小馬鹿にするように拍手した。

 もっとも小馬鹿にされているように見えたのは俺のひがみ根性のせいで、彼女は本気でおめでたいと思っているのかもしれないが。


「えーと……ありがとう……?」

 俺はなんとも複雑な心境で、義務的に感謝の言葉を絞りだした。

 とはいえ、最後は感謝するようなことかも自信がなくなったのだが。

 なにしろ習得した感じがまったくなく、だまされた感覚さえあるぐらいである。

 たとえば大がかりな舞台装置で大々的な演出を見せられた可能性だってありえると思うぐらいには、自分の理解と目の前の現実にずれがある。


「これで非力から一歩脱出、それどころか人族が本来得られない力を得たわ」

 俺の心情など意に介した様子もなく、ユーカルは力の習得を強調する。

 が、その言葉で俺の胸の内に不安がよぎった。


「……これって、何か代償はあるのか?」

 力というのはえてしてなんらかの代償が必要なものだ。

 しかもこれほど大規模な破壊活動である。

 今日一日活動できなくなったとしてもおかしくない。いや、むしろその程度で済むのはおかしいか。


「いい点に気づいたわね。代償は基本的にはないわ」

「は?」


 ユーカルは俺の着眼点を褒め、その着眼点が的外れであると言った。

 なにこれ? 新手の(けな)しか?


「集中する都合上、ちょっと精神力は使うけど、それはまぁどんな技も同じね。気の消費もなし。あくまで借り物なので、自分の何かを消費するわけでもないわ」

 俺が驚いたと思ったのか、ユーカルは詳しく説明を加えた。


「そんな都合のいいものが存在するわけ……」

「あるのよね、これが」


 俺が疑念を言い終える前に、わかってるとばかりにユーカルは妙ににこやかな顔で答えた。

 その表情がなんとも胡散臭い。

 ただ、たしかに何かが消費された感覚はない。もちろん、幸運とか寿命が減っていたらわからないが。

 周囲の廃墟を見渡しながら、ユーカルの言葉を頭の中で整理した。

 そして、ふと気になることが頭をよぎった。


「……一つ確認したい。さっき人族が、ということを言っていたが、人族でなければ、たとえば神の血を引いていれば使えるのか?」

 ユーカルは少し考えるそぶりを見せてから答える。


「血の問題だけではないけど、神の血を引いていれば見込みはあるわね」

 その答えに、俺の中で一つの可能性が浮かび上がる。ランドール王国の王族のことだ。


「……たとえば、ランドール王国の王族は使えるのか?」

「名前次第ね……契約者の名前をついでいれば」


 ユーカルは冷静に返答する。

 俺は具体的な名前を挙げてみることにした。まずは現在の王女の名前から。


「『レナ』」

「ダメでしょうね」


 次に、国王の名前。


「『ヴォルフ』」

「ダメでしょうね」


 現存して王家にいる二名がダメか。

 一応万一を考えて確認しておく。

 現存する王家の二名がダメか。俺は少し安堵しながらも、もう一人気になる人物の名前を口にした。


「『フィアラ』」

「ダメでしょうね」


 三人とも使えないと聞いて、複雑な気持ちが胸を占めた。安心すべきなのか、それとも残念に思うべきなのか。

 そして、ふと思いついて、もう一つ質問してみた。


「ちなみに『アルス二世』とかならどうだ?」

 いや、俺に子供がいるわけじゃないけど、そういうのも理論的にはありえそうだから。

 ユーカルは少し呆れたような表情で答えた。


「ふぅ……あなたは『アルス一世』と『アルス二世』が同一人物だと思うの?」

 その反応に、俺は少し恥ずかしくなりながらも彼女の指摘の正しさを認めた。とはいえ、彼女の言い分を認めたからといって、自分の発想の不出来を素直に認められるわけではない。

 俺は表情を木彫りの仮面のように固定させ、ユーカルから視線を逸らした。

 そして恥ずかしさを誤魔化すように、一語一語を区切って発音し、できるだけ感情のこもらない調子で言葉を紡いだ。


「チガイマスネ」

 だが、ここで閃きとともにいたずら心が湧いた。

 アルス一世とアルス二世は別人だろう。しかし、アルスとアルス一世ならどうだ? 試してみる価値はあるかもしれない。

 俺は意を決して、さっきの呪文を少し変えて唱えてみた。


「『火界の神ラルト、ギアルの盟約により、契約者アルス一世の名において力を行使せよ。出でよ、深紅の奔流』」

「……」


 ……何も起こらない。

 ユーカルの眉が思わず上がり、目が大きく見開かれるのが見えた。その表情に自分の考えの浅はかさを悟った。

 考えてみれば、この名前で契約した存在が事前にいる以上、俺がアルスという名をもつ一世であることなどありえない。また、契約を結んだのが初めてアルスの名をつけられた者であるとも思えない。

 さらに、俺自身が何世であるかもわかりようもないのだから、これで通るわけがないのだ。

 俺は慌てて話題を変えることにした。


「そ、そうだ……生まれた時に名付け親がつける名前で使えるか使えないかが決まるなんて不公平極まりないな」

 ユーカルは冷静に返した。


「そもそも生まれなんてみんな不公平なものでは? 『職種(クラス)』も『潜在能力』も生まれる環境も本人の意思で決めて得られるものではないでしょ?」

「……ごもっとも」


 ぐうの音も出ない正論だった。

 俺だって何も好き好んで盗賊という職種になりたかったわけではない。

 生まれた時につけられる名前だって似たようなものだ。

 『契約法』を発動させた自分の手のひらを見つめた。

 今まで「アルス」という名前に特別な思いを抱いたことはなかったが、今この瞬間、この名前に感謝してもいいかと思ったのだった。

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