導き(42)
~アルスside~
軟禁部屋にまたしても不意の来客が訪れ、俺は思わず目を見開いた。
しかも今度は三名である。
『転移』ってそんなに珍しくない能力だったのか?
これまで極めて希少だと思っていた能力の持ち主が、何人も出てくると、実はもっているのは当たり前で持っていないのが異常なのではないかという気さえしてくる。
いや、それはさすがにないだろう。
俺は来訪者たちを観察しながら、頭の中で常識の塗り替わりと格闘していた。
「こんにちは、はじめまして」
が、そんな俺の葛藤などまるで意に介さず、いや、意に介されても困るが、その中の一人、青い髪の女性が柔らかな笑顔で挨拶をしてきた。
自分では自分の髪の色を意識することはないので気にすることがないが、青い髪というのは珍しい。
『転移』持ちほど希少かまではわからないが、俺は俺以外で見たことはない。
つまりこの場の比率だけでいえば、青い髪が二名で、『転移』持ちが三名であることから、青い髪の方が珍しいということが言える。
……そんな馬鹿な。
「あ、あぁ……はじめまして」
俺は少し戸惑いながらも、頭を軽く下げて挨拶をする。
俺が当惑するのは彼女が青い髪だからというだけではない。
その顔立ちがシュミルにそっくりだからだ。
シュミルにそっくりであるということはレイシアにもそっくりだということであり、レイシアは過去の人物、いや、未来である七千五百年代の人物というべきなのか、ではあるが、期せずして世界に同じ顔は三人はいるというのを目の当たりにしているからだ。
とはいえ、レイシアであるなら、俺に向かってこんなに余裕のある態度はとらないだろうから、別人であることは疑う余地はない。
まして、レイシアと髪の色まで写し見同然なのはシュミルであり、彼女はその青髪故にレイシアと同一人物ではないかと身構えるまでは至らない。
「紹介するわ。こっちの女性がユーカル、こっちの子がムラサキよ」
シュミルが青い髪の女性と、紫色の髪の青年を紹介する。
「ユーカルよ」
青い髪の彼女は短く名乗っただけだった。
シュミルは感情的でとても付き合いにくい感じだったが、ユーカルはまったく対極のようだ。
「ご紹介にあずかりました、ムラサキです」
ムラサキと呼ばれた少年が丁寧に挨拶をする。
「これはご丁寧にどうも。アルスです」
俺もそれに合わせて挨拶を返すが、俺の意識は完全に別のことに向かっていた。
紫色の髪をしているからムラサキって、その名前はないんじゃないのか。
名付け親はもう少し名前というものを真剣に考えた方がいい。下手しなくても一生ものなんだから。
それともあまりにたくさんいすぎて名前を考えるのが面倒になったとか?
さすがにここまで安直な名前は知らないが、孤児院で一度に十名ぐらい赤子が増えたらこういう名付けになるのかもしれない……のか?
「……」
ふとその時、ムラサキと名乗った青年の視線は俺に釘付けになっているのに気づく。
「なにか?」
俺は小さく首を傾げた。
まさか俺がムラサキの名付けの適当さに思いを馳せていることに気づかれたか?
考えてみれば、俺がするどい勘で、彼の名前と髪の色の関係に気づいたということはありえない。
おそらく誰もが同じように考え、そしてそのうちの幾人かはその考えを口に出していたとしてもおかしくはない。
彼の視線は「どうせそう考えているのだろう」という疑いだったのかもしれない。
「失礼、なんでもありません」
ムラサキが少し慌てたように俺に向けていた視線を外した。
どちらかといえば失礼なことを考えていたのは俺の方なので、悪いことをした気分になる。
とはいえ、道端で偶然会ったのならともかく、わざわざ『転移』でやってきて、名前紹介で終わりということもないだろう。
気まずい空気を打ち破るように、俺はシュミルに用件を尋ねる。
「今日は何か?」
「私の用事は紹介するまで。あとは彼らの用事よ。あとはよろしく」
シュミルは心底つまらなそうにそれだけ言って、その場から姿を消した。
なんというか、本当に言いたいことだけ言って、こっちの言うことはまるで意に介さない女性である。
まぁ俺の方から直接的にシュミルに用があるわけではないので、それで困ることはないのだが。
強いて言えば、いつ頃俺が元の時間に戻れるかを知りたいが、彼女のこの前の口ぶりからして今日いきなり判明していたりはしないだろう。
他方、ユーカルとムラサキが互いに目配せをし、小さく頷いていた。
その様子からすると、用事があるのは彼らであって、シュミルは本当に紹介を頼まれただけのように思えた。
「……それで、用事とは?」
俺は再度、彼らに用件を尋ねると、ユーカルが咳払いをして、少し大げさな口調で言う。
「こほん……非力なあなたに特別な力を授けにきたわ」
「非力は余計だ……事実だけど」
直接的に欠点を指摘する言葉に、俺は思わず反発を感じ、軽く肩をすくめ悪態をつく。
その欠点はまぎれもない事実で否定できないが、わざわざその修飾をする必要はないだろう。
このぐらいの反応はご愛敬というものだろう。
「これから私が言う言葉を覚えて」
ユーカルは真剣な眼差しで俺を見つめ、一息になにやら文章を声にする。
「『火界の神ラルト、ギアルの盟約により、契約者アルスの名において力を行使せよ。出でよ、深紅の奔流』」
俺はユーカルの言葉を思い出しながら、おぼつかない声で言葉を紡ぎ始める。
「えーと……火界の神ラルト、ギアルの……」
記憶を手繰り寄せるように、俺は少しずつ言葉を口にしていく。
と、突然、ユーカルが慌てた様子で俺の口を押さえて制止してくる。
「ちょっと、声を出して読み上げないで」
ユーカルはただ慌てただけだろうが、思わぬ感触に俺は少し困惑しながら、その手を少し乱暴に払いのける。
セレーンと違って、こっちは女性に対する免疫がほぼないのだから、うまい捌き方を知らないのだ。
というより、いくら慌てても初対面でこの距離感はだめだと思うのだが。
「読み上げたらダメなのか」
俺は一呼吸、いや、三呼吸ぐらいおいて、ユーカルに確認をとった。
なにしろ彼女の慌てようは尋常ではない。
仮に外に存在を隠すためだとしても、レナ達はこの部屋は比較的防音がしっかりしていると言っていたので、読み上げる程度の声であれば漏れ聞かれるということはないと思うのだ。
「はぁ……」
ユーカルは僅かに眉をひそめ、小さく溜息をもらした。
そんな態度をとられても、何に戸惑っているのかわからないから、反応に困る。
「いきなり一度に覚えるのは無理かもね……ちょっと実戦に行きましょうか」
ユーカルは少し考え込むような表情を見せた後、決意を固めたように言った。
「え、実戦?」
面食らった俺の声が耳に入らなかったかのように、ユーカルは俺の手を掴んだ。
「ムラサキ、あとはお願いね。いくわよ」
ムラサキに後事を全て任せる言葉の後、声掛けの台詞とおもに、俺の目の前の景色はまったく別のものに変わっていた。




