導き(41)
~シュミルside~
私はランドール城の上空に立ち、髪と瞳の色が青い以外は私とそっくりの容姿のユーカルに声を届けた。
「ユーカル」
すると、私の目の前に音もなくユーカルが姿を現す。
私達にとっては当たり前の移動手段『転移』だ。
「『契約』の試作ができたから、アルスに伝えてほしいのよ」
「ああ、そういう話だったわね」
私の言葉に、ユーカルの表情が複雑に変化した。少しの戸惑いと、どこか呆れのような感情が混ざっているように見えた。
自分で伝えればいいだろうにという気持ちであろうことは予想はつくけど、今後のアルスとの直接の応対はユーカルに任せる、そういう方針にしたのだ。
その時に強く拒否しなかった以上、今さら断る権利などありはしない。
私はユーカルに試作の内容を伝える。
「なるほど……私達が唱えただけでは発動しないわけね」
ユーカルの驚きの表情に対して、私も頷いた。
「そういうこと。これで本当に発動するかまでは分からないけど」
私は人差し指を軽く頬に当てて、思案するような仕草を見せた。
私が確認できているのはこの言い方で『契約法』が成立するかまでであって、アルスがこの『契約法』の範疇に含まれて行使できるかはやってみないとわからない。
「それは仕方ないわね」
ユーカルも私ができる範囲を理解して同意した。
そもそもアルスが、そしてフィルが、今どういう状況なのか、私達も正確にはわかっていないのだ。
記憶喪失の話題はもういいと言ったが、その可能性だって本当にないかというとまずないだろうとしか言えない。
あくまで護仕に対して言ったのは、人族である以上、単純に記憶を失っている『だけ』ということはない、というだけだ。
私は少し間を置いてから、言葉を付け加える。
「そうそう、あとムラサキも連れていって。顔合わせで」
ムラサキがやや特別な存在であることは間違いなく、それによって記憶を取り戻す可能性もまったくないわけではない。
ユーカルは少し驚いたように眉を上げる。
「護仕は連れていかないのね」
「彼らは彼らで必要に応じて行くでしょ。だいたい私に紹介されたら、彼らだって嫌でしょう」
私は両手を軽く上げ、少し苦笑いを浮かべながら答えた。
こればかりはやむを得ない。
私は彼らと喧嘩したいわけではない、できることなら仲良くしたいけど、彼らには彼らの自負、軽々に踏み込んではいけない領分がある。
そこは尊重してあげないといけない。
そんな私なりの配慮が表情にも滲み出ていたかもしれない。
「……ま、いいでしょう」
ユーカルは何か言いたいことを飲み込んだようだった。
「とりあえず最初に紹介だけはするわ。それが済んだら私は帰るから、あとはお願いね」
やや不本意だけど、最初の紹介だけは引き受けざるを得ない。
もし私が紹介せずに、ユーカルやムラサキが現れた場合。
今のアルスは誰がどういう関係かを見極めることはできないから、変にこじれた理解をする可能性は否定できない。
「はぁ……そこまでしておいて私に丸投げするのね」
ユーカルが誤解されるのを避ける私なりの気づかいだったのに、彼女は心底あきれた表情をする。
私だって状況に冷静に対応できるなら、いや、できる自信があるならユーカルに丸投げしたりはしない。
でも、アルスのあの顔で知らない存在扱いされて、冷静に対応することなんてできるわけがない。
もっともユーカルならそれができるという根拠もないけど、私よりいくらかは適しているだろう。
「ムラサキもいいわね?」
私は後ろにいてこれまで会話に参加してこなかったムラサキに声をかけた。
「承知しました」
ユーカルと違い、ムラサキはとくに思うこともないのか、きわめて淡々と頭を下げた。
そういう態度はありがたいといえばありがたいけど、一線を引かれている感じがして少し残念でもあった。
とはいえ、ユーカルと同じ距離というのも無理な話か。
「なら、行きましょうか」
その言葉を最後に、私はその場から『転移』したのだった。




