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せいじゃものがたり  作者: 瀬山みのり
第1章:導き
39/103

導き(39)

残酷表現あり


 カルン帝国皇帝の居城。かつては威厳と権力の象徴だったこの場所は、今や死と絶望の舞台と化していた。

 玉座の間。豪華な装飾が施されていたはずの広間には、今や血痕と破壊の跡が生々しく残されていた。

 大理石の床には、無数の亀裂が走り、壁に掛けられていたタペストリーは引き裂かれ、床に打ち捨てられていた。


 玉座の前の玉座廊の途中、玉座に向けて手を伸ばしたまま、一人の男の身体が今まさに亡骸となって倒れ込んだ。

 身なりからおそらく高位貴族だったであろうその男の背後には、巨大な斧を手にした魔物が立っていた。牛の頭を持つこの魔物は、血に飢えた赤い目で皇帝を見つめている。

 そして彼の今際の言葉が、まだ空気の中に残っているかのように、玉座に座る人物、皇帝には感じられた。

「陛下……あなたが戦争を止めればこんなことにはならなかったのに」


 皇帝は魔物の次の獲物であること、そして死が避けられないことを理解していた。

 彼がその座に座っているのは、恥も外聞もなく逃げ回って死ぬという醜態を避けるためであり、この事態に対する自責の念故でもあった。

 一歩一歩、覚悟を問うかのように近づいてくる魔物を前に、皇帝はカルン帝国の軌跡を思い返していた。

 彼の先祖である勇者を含めた五英雄が魔物を退け、新しい国を築いた。

 それは、そしてそこまでは物語にすればまさしく英雄譚そのものだった。

 勇者もまさか建国こそが自分と子孫を困難に巻き込むとは思わなかっただろう。

 時の皇帝を守護するべく、残りの四英雄は四侯として帝都を守護する役割を負った。

 四侯の領土は外夷に接し、皇帝の居城そして直轄地は彼らに守られていた。

 当時の四侯の意図がどうだったかは今となってはわからない。ひょっとしたら純粋に皇帝に対する忠誠心からだったのかもしれない。

 だが、彼らの当初の意図はともかく、四侯は戦争に勝つことで領土を広げることができ、皇帝は領土を広げることができないという構図ができあがってしまった。

 当時の皇帝も一緒に困難な旅を乗り越えた仲間の真意を疑いたくなかっただろう。

 領地交替を行わないままとなった結果、皇帝と四侯の間で領地の実力そして軍事力に次第に隔たりが大きくなっていった。

 それでも三代目ぐらいまでであれば、まだ取り返しがつく範囲だっただろう。

 だが、軋轢の発生を避けようとした結果、皇帝がどうあがいても四侯には抗えない環境ができてしまった。

 建国から百年もすると、皇帝というのは四侯の後始末をするための存在となり果ててしまった。

 表向き、カルン帝国皇帝というのは広大な領地と強大な軍事力に裏付けされた絶大な権力の持ち主と考えられているだろう。だが、実際のところ、四侯の利害調整とバランスをとるための均衡を保つ者でしかなかった。


 それでも、四侯は調停者としての皇帝に利用価値を見出し、皇帝という立場は公式には一応保たれていた。

 アスラルト国王妹ミディアとの婚姻は政略的な要素は強かったものの、婚姻が結ばれたことで、アスラルト国に攻め込むことはないと、皇帝もアスラルト国も同時に考えていた。

 他国からはわかりにくいが、アスラルト国とカルン帝国皇帝の利害は意外にも一致していた。


 しかし、これが逆にアスラルト国と隣接する一侯を刺激してしまった。

 領土が広げられなくなり、他の三侯と差がつくことを危惧した一侯は、アスラルト国国境で軍事的な挑発を実施、そのまま軍事衝突に至った。

 もちろん皇帝自身はそれを止めるように指示を出したが、事態の進行は予想以上に速かった。


 なんとか途中で軍事衝突を収めようと他の三侯との調整を行っていた矢先、アスラルト国に攻め込んでいた一侯が突如行方不明となった。

 状況を把握するべく斥候を放ち、『アスラルト国から大量の魔物がカルン帝国に向かっている』という異常事態を把握した時には、すでに帝都の目の前まで魔物がきていた。

 千年近く外敵の脅威にさらされていなかった帝都は大混乱に陥った。

 そして、防衛のための城壁も、少なくない防衛戦力も、魔物の猛威の前になす術もなく、ただ蹂躙されるだけだった。

 他の三侯も自身の領土防衛を優先し、皇帝の居城は命ある者すべてが根絶やしにされるのを待つだけとなっていた。


 魔物がアスラルト国国王(義兄)の意を汲んでいるのか、それとも誰に制御されるでもなく暴れているのか、それは分からない。

 それどころか、魔物の大量発生に彼が関与しているかも正確なところは分からない。関与していたとして、なぜそのようなことができたのかも分からない。

 だが、今回の事態の引き金はほぼ間違いなくカルン帝国にあると考えられた。

 魔物を駆逐して建国したはずのカルン帝国が、間接的とはいえ、魔物を大量発生させてしまったのだ。

 そのことを考えれば、自分の命での幕引きは当然であるように皇帝には思えた。

 だから彼は自分が死ぬことに未練はなかった。

 ただ、せめて自分の妃と息子には生きていてほしいとそう思いながら、魔物の斧が玉座の背に刺さると同時に、彼の首は玉座の階段を転がり落ちたのだった。


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