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せいじゃものがたり  作者: 瀬山みのり
第1章:導き
37/103

導き(37)

「私はどうしましょうか」

 これまで私の後ろにいて一度も発言しなかった私の従者である青年、ムラサキが口を開いた。

 これまでは私と護仕との話し合いとして沈黙を守ってきたのだろう。

 私はくるりと軽快に振り向き、その姿を視野に収めた。

 彼の髪は春の藤の花で彩られているかと見紛うような薄紫色で、その無造作な髪の流れがかえって天然の園を彷彿させ、深紫の瞳は見る者に紫水晶を切り出したかのような印象を与えることだろう。

 青髪青眼ほどではないが、なかなかに稀有な容姿である。

 ただ、稀有な容姿というのは必ずしもいい点ばかりではない。それは時に注目を集めすぎ、不要な危険を招くこともある。

挿絵(By みてみん)

 

「し……ムラサキは情報収集を。広く浅くでいいわ。私達はこの時間のことを何もわからないから」

 言葉を発しながら、私は自分の決定に対する不安を感じていた。

 正直に言えば、この指示は目立つムラサキ向きではないとは思っている。

 今この場にいる、私とユーカル、そしてムラサキの誰がするかというと、一番目立たないという点では私が向いているはずだ。私の知識の範囲では、黒髪黒目自体は珍しくはない。

 とはいえ、私はそのようなことを絶対にする気はない。

 そうなると、ユーカルかムラサキかになり、より特徴的なユーカルを外すと、ムラサキしかいないことになる。

 完全に消去法に基づく指示だった。


「承知しました」

「期待を裏切らないでね」

「必ずやご期待に添ってみせます」


 ムラサキは真剣な表情で、力が入っているような返事をする。

 私の言い方が悪かったのかもしれない。命に代えても必達というつもりでいったつもりはなかったのだけど。

 とはいえ、あの意気込みで空回りして、辺り構わず恫喝して情報を収集することはさすがにないだろう……そう思いたい。


 ムラサキの姿が遠ざかり、私とユーカルだけが残された空中で、私たちは肩の力を抜き、深呼吸とともに顔の緊張をほぐした。

「さて、と。これでようやく私達だけね」

「はー、肩凝るわねー。上に立って指示するのは向いてないわね」

「本当にね」とユーカルのぼやきに、私は同意した。


「みんなの前では気を張っていなきゃいけないから、疲れるのよ」

 指示するだけと言えばその通りだけど、自分の手の届く範囲で最善と思われる組み立てを考え、それを納得してもらいながら進めるというのは、口で言うほど気楽ではない。

 ユーカルやムラサキはまだいいけど、護仕相手はとくに気を遣う。指示内容だけではなく、自分がもっともフィルにふさわしいということを見せる必要があるからなおさらだ。

 私とユーカルは思い思いに伸びをしたり肩をほぐしたりして、弛緩の感覚を楽しんだ。


 しかし、そんな束の間の休息も長くは続かない。

 ユーカルの表情が一変するのを見て、私も自然と背筋が伸びる。

「『契約』はこれから確認するとして、敵はどうする? 分かっていると思うけど、私達は負けないけど、勝てないわよ」

 彼女の冷静な分析は、私たちの置かれた厳しい状況を鮮明に浮かび上がらせる。

 切り札を失った今、純粋な戦力だけでいえば、私達が敵に勝つ方法はない。


 もっとも。

「私は私達に手を出さないならどうでもいいんだけどね」

 私は偽りない本音を吐露した。

 彼らは自分の欲のために私の大事なものに手を出した結果、私達に封じられた。

 今となっては復讐は何も生み出さないなんて綺麗事を言う気はない。

 けれど、今後私に、そして私達に干渉しないというなら、痛み分けということで見逃すこともやぶさかではない。

 だからといって、彼らを探し出して「これまでのいきさつはお互い忘れましょう」と話を持ち出す気もないけど。

 私たちの前に姿を現さないならという条件で、見えないなら見逃す。その程度なら譲ってもいい。


「でも、もし封印に関わっているとしたら?」

 が、そんな私の日和った考えを揶揄するように、ユーカルが私を焚きつけた。

 その問いかけに、私の中の怒りと復讐心が一気に噴き出した。

 顔の表情が硬くなり、目に常にない力が宿る。


「なんとしてでも倒すわ」

 言葉を吐き出すと同時に、自分の声の冷たさに驚いた。

 先ほど「どうでもいい」と言ったのとは正反対だけど、それも紛れもなく私の本心だった。

 あくまで見逃すのは私の幸せの邪魔をしないならというだけに過ぎない。

 封印などという邪魔を行った、行っているというなら、絶対に許さない。それは私の全てを奪おうとする行為に等しいからだ。


「その倒す手段が問題でしょう」

 ユーカルがやや強引に課題を提起する。

 彼女としてはどうしても今の段階である程度目算をたてておきたいようだ。

 私は遭遇してもいない敵のことを考えるのは気が進まないのだけど。


「見込みはないわけじゃないけど、いったんおいておきましょう」

「見込みって?」

 私の言葉に、ユーカルの瞳孔が大きく開き、期待に満ちた声を出す。

 なぜ思い出さないのかと私は少し呆れ気味に見込みの存在を明らかにした。


「ラナーンの宝剣よ」

「ラナーンって……まぁいいけど、アレは壊れたでしょ……って、もしかして」

 さすがにユーカルも伏せられた上で何を指しているか思い当たったようだ。


「そう、アレよ」

 ユーカルとの間で暗黙の了解が成立したことを察し、私は頷き返した。

 一本は使用不能になった扱いだけど、もう一本は確実に使えるはずだ。


「それはたしかにおいておきたいわね……」

 私の言葉に、ユーカルの目に理解の色が浮かんだ。

 とはいえ、私としてはユーカルにそれに注力してもらいたくはない。

 いずれ必要になるかもしれないけど、ひょっとしたら永久に必要にならないかもしれない上に、ことはそう単純でもない。

 期せずしてアルスに説明した言葉回しのようになった思考に、私は苦笑いした。


「なに? いきなり」

 私の苦笑にユーカルが怪訝そうに首を傾げる。

 「ごめんなさい、ちょっと思い出し笑いしちゃった」と、ユーカルに向かって言う。

「実は、これってアルスに説明した時とよく似た言い方になっちゃって……」

 私はアルスに説明していた時の言い回しをユーカルに語った。

「ことはそう単純ではない、ね……」

 ユーカルは思うところがあるのか、しみじみと私の言葉を反芻した。


「話が横道に逸れたわ。宝剣の準備は事前にしておくにこしたことはないけど、アレを取りに行ってさらにややこしい事態になっても困るわ」

 ユーカルが先走るのを私は少し遠回しに牽制した。

 ただの準備ならしておけばいいけど、面倒事がついてくるとなると話は違ってくる。

 事態は自分の手で極力対応できる範囲にとどめておくのが最善だ。

 まして、今は自分たちの状況も含めて分かっていないことばかり。

 手を広げすぎて、手に負えない事態にならないとも限らない。


「そうね……いったん倒す手段のことは考えないということにしておく、でいいわね?」

 目星がたったことで安心したのか、ユーカルは私に方針を再確認してきた。

 彼女の確認に、私は柔らかな微笑みを浮かべて応じた。


「ええ。今は『契約』の試作をしましょう。ようやく希望が少し見えてきたし」

 その言葉を口にした瞬間、胸の奥がすーっと軽くなるように感じた。

 そう、これは希望だ。

 これまで暗闇の中を手探りで進んできたような感覚だったけど、ようやく小さな光が見えてきたような気がする。

 私は瞼を閉じ、深呼吸をした。脳裏にこれまでの出来事が押し寄せるように思い起こされ、感情のうねりを感じた。

 そのうねりが何かを察し慌てて目を見開いた時、視界が少し滲んでいることを意識した。

 別にユーカルに隠すほどのことでもないけど、上から目線で慰められるのも癪なので、意地になって、私は目元に手を伸ばすのを必死に我慢した。


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