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せいじゃものがたり  作者: 瀬山みのり
第1章:導き
36/103

導き(36)

 そこで、シチビの冷静な声が、張り詰めた空気に割って入った。


「しかし、縁といっても、具体的にどうしますか? ユーカルが同行するということですか?」

 シチビが具体的な方法を尋ねてくるが、その提案に、私の内側で警報が鳴り響く。

 ユーカルが同行する?

 その光景が脳裏に浮かぶ。

 ユーカルが並んで歩く姿。

 その想像をした瞬間、口から言葉が飛び出した。


「それは却下」

 即座に飛び出した言葉と自分の声に含まれる強い拒否感に、一番驚いたのは私だっただろう。

 冷静さを保とうとしていたのに、感情が抑えきれなかった。

 ユーカルも含めたその場にいた全員の視線が私に向けられ、場の空気が固まったような印象を受けた。


 硬直した雰囲気の中、オナガが理由を察したように口を開いた。

「なぜ……って、ああ、自分で思い出さず、ユーカルで思い出されたら嫌ということですか」

 その言葉が胸に突き刺さる。

 確かに、オナガの指摘は一面の真実を突いていた。

 自分でもまだ整理できていなかった感情を、彼が言語化してしまったことは、素直に認めざるを得ない。

 しかし同時に、オナガのその鋭い洞察力を、私を批判するために使わないでほしいという思いも強くなる。

 とはいえ、オナガの発言が私の心情のすべてではないこともたしか。

 もっとも心が騒いだ想像は。


「それは否定しないけど、ここぞとばかりに密着されたら嫌でしょ」

 それだった。

 たとえ封印されている状態であったとしても、その相手がユーカルであったとしても、私以外の誰かと仲睦まじい素振りなど見せられれば、同行を許したことを私は激しく後悔するのは予想に難くない。


「そこは譲らないのですね」

「当然でしょ」


 シチビのやや呆れたような問いに、考えるまでもなく答えが口をついて出た。

 もちろん、ユーカルがそのような態度をとるとは限らない。それは頭では理解している。

 しかし、どこまでを私が許容できるかはその時になってみないとわからない。

 正直に言えば手をつなぐ、その程度の動作でさえ、実際に目の当たりにした際に平常心を保てると断言はできなかった。

 そんな私の態度を見てか、シチビが小さく嘆息し、一呼吸おいて具体的な方策を尋ねてくる。


「わかりました。それでは具体的にどうします? そもそも種族も『職種』もスキル系統も違います。時間軸も違うので、縁のあった場所というのも難しいでしょう」

 一度深呼吸をして、シチビの的確な指摘を咀嚼する。

 種族、職種、スキル、時間軸……全てが異なる状況で、どのように「縁」を見出すか。それは容易なことではない。

 しかし、突如として一つのアイデアが閃いた。

 それは賭けに近いものかもしれないが、今の状況では試す価値がある。私は深呼吸をし、思いついたアイデアを口にした。


「賭けではあるけど、『契約』は有効な可能性があるわ」

 言葉を発した瞬間、自分の声に少しの興奮が混じっているのを感じた。この案がうまくいくなら、大きな突破口になるかもしれない。

 シチビの目が意外そうに少し大きく開き、その瞳孔が輝きを増したように見えた。


「なるほど……たしかにあれは『契約者』の名の下に行使を依頼するものですから見込みはありますね」

 シチビもそれなら道理が通ると考えたようで、思慮深げに同意を示した 。


 私は思いつきの詳細を説明し始めた。

「歪な状態だから定番の『我が名~』というわけにはいかないので、文言も含めて調査と調整は必要だけどね」

 私は頭の中で『契約』の文言を組み立て始めていた。通常の形式では通用しない今の状況。それをどう乗り越えるか、考えを巡らせた。


 シチビは恭しく頭を下げた。

「では、それはシュミル様にお任せします」

 実際、護仕と私の関係はかなり複雑だ。

 ユーカクやオナガは明らかに私に負の感情を抱いているが、シチビはよく言えば中立、悪くいえばつかみどころがなく、未だに私をどう思っているのか、本当のところは分からない。

 ただ、少なくとも敬意は払ってくれる。表面上だけかもしれないけど。


「んー、良いわね~、やっぱりシチビは第一の腹心よ」

 私の言葉に対して、シチビはためらいなく返した。


「シュミル様の腹心ではないですが」

 その言葉の鋭さに、私は微かに顔をしかめた。

 わかってはいるが、そうきっぱり言われると微妙に可愛くない。

 彼らの主ではないが、褒めたところを足蹴にするような言動をされると、さすがに少し傷つく。


 「そう……そうよね」と、できるだけ平静を装い、言葉を続ける。

「私の言い方が不適切だったわ。あなたたちの立場は理解しているつもりよ」

 シチビに(おもね)ったわけではないけど、よかれと思って発した褒め言葉で関係が拗れることは本意ではない。

 私はシチビも含めて護仕全員に謝罪した。


「では『契約』はお任せするとして、私達はどうしましょうか」

 これまた私の謝罪など意に介さないとばかりに一切触れず、シチビは自分たちの果たすべき役割を尋ねてきた。

 とはいえ、シチビもそしてそれ以外の護仕も、私の心情を慮る気がない以上、そこに拘っても仕方ない。

 お互い水に流してしまうのがよいと判断し、私は気を取り直して答えることにした。


「さしあたっては家を作ってちょうだい」

「家ですか?」


 予想外の提案だったようで、護仕たちの表情に驚きが浮かんだ。

 確かに、今の状況で「家を作る」という提案は、一見すると唐突に思えるだろう。しかし、私の中ではこの提案に明確な意図があった。


 私は提案の意図を簡単に説明することにした。

「どのぐらい滞在するかもわからない状況で、ずっと空中にとどまり続けるのも辛いでしょう?」

 空中に居続けることに私たちに難はない。雨雲の上空までいけば濡れる心配もない。

 しかし、地上に集合場所を兼ねた最低限の拠点はあった方が何かと便利なのは間違いない。

 シチビもずっと小鳥を一羽抱え続けるのも負担だろうし。


「それはたしかに。質素な小屋でよいですか?」

 シチビの問いに、私は小さく首を縦に振った。

 私の配慮を彼が察したかどうかは定かではないが、少なくとも提案の実用性は認めてくれたようだ。


「ええ、それは別に苦ではないしね」

 むしろあの頃の記憶を呼び起こしてくれるかもしれないという期待を抱き。

 そして、次の瞬間、その記憶が現実との隔たりを私につきつける可能性を考え、少し憂鬱になった。

 とはいえ、豪勢な家を作れと彼らに言うのも違うため、指示の変更は避けた。


「承知しました」

 彼らにも役割を与えることができて、状況が少し前に進んだような感覚を覚え、私は細く長い息を吐き出した。

 ただ、彼らが私の目の届かないところに行くというのは、それだけ危険もあるということ。

 私は最後の注意を促そうと、周囲の状況を再度確認しながら、慎重に言葉を選んだ。


「私達の仇敵もいる可能性がある、というよりまず確実にいるでしょう。ユーカルと違ってあなた達は直接狙われてはいないだろうけど、注意だけは怠らないように」

 私の言葉に、空気が一瞬凍りついたように感じた。

 仇敵の存在を指摘したことで、全員があの時のことを思い出したのだろう。

 皆の表情が一瞬で硬くなり、場の雰囲気が一気に緊張に満ちたものになった。


 少し間を置き、シチビが感謝の言葉とともに深々と頭を下げる。

「お気遣い感謝します」

 その言葉に、私は形式的な敬意以上のものを感じ取った。

 とはいえ、それをそのまま表明しては先ほどと同じように蹴飛ばされるだろう。

 私は敢えて壁を作って突き放すように言った。


「気遣いなんてものじゃないわ。あなた達でもいなくなったら悲しむでしょ」

 私は「誰が」とは敢えて言及しなかった。

 しかし、その「誰か」が誰を指しているかは、口に出さなくても誰もが分かっている。

 そして、悲しむことを否定する者も疑う者もこの場にはいない。


「承知しました。では、まずはよさそうな場所を探してきましょう。」

 シチビが微笑んで答え、一拍置いて、護士達はそれぞれ思い思いの方角に向けて、空中を走るように飛び去っていく。

 彼らの姿はやがて小さな点となり、そして見えなくなった。


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