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せいじゃものがたり  作者: 瀬山みのり
第1章:導き
35/103

導き(35)


 ~シュミルside~


 空中で『浮遊』による不可視の無形の足場に立ち、アルスと邂逅した時の状況を説明した私は、周囲の反応を待っていた。

 しばらくの沈黙の後、オナガが首を傾げ、眉間にしわを寄せながら彼なりの推測を口にした。


「封印、でしょうか」

「そうね、存在しているのは確実だから、技法はともかく、封印という状態でしょうね」


 オナガの言葉に私は小さく頷き、同意の言葉をつなげた。

 自分の経験と感覚から、彼の見解は間違っていないと考えていた。

 私がその存在を確信しながら、それでいて朧気ながらしか視ることができない。この矛盾した状態は、明らかに通常ではないと断言できる。

 オナガの言う『封印』という言葉はこの状況を見事に言い表していると思う。

 もっとも、それは状態を規定する言葉として的確というだけで、解決の手助けをしてくれるものではないけど。

 頭の中で様々な可能性を巡らせ、次の一手を考えていると、突如として別の意見を主張する声が風を切って響いた。


「記憶喪失の線は?」

 その言葉が耳に飛び込んできて、私は思わず眉をひそめてしまった。

 もし、この発言がシチビやハネナガであれば、それなりに検討もしたかもしれない。

 しかし、声の主がユーカクであることで、この主張が私と意見を異にしたいが故のものであると私は即座に察した。


「記憶喪失の話題はもういいわ」

 私は冷たさと疲れ、そして呆れを混ぜた口調でその意見を切り捨てた。ユーカクの真意を理解しているという暗黙のメッセージを込めて。

 ユーカクが記憶喪失を持ち出してきたのは本気でそう思っているわけではなく、昔の私に対する当てつけ、言うなれば、揶揄である。

 しかし、ユーカクは私の反応を読み取れなかったのか、あるいは意図的に無視したのか、自説を推すのをやめようとしなかった。


「いや、冗談ではなく、本気で」

 その言葉に、私は煩わしげに息を漏らした。

 ユーカクの頑固さに辟易としながらも、彼の真剣な表情を見ると、完全に無視するわけにもいかないという思いが湧き上がる。

 しかし、記憶喪失説は検討するに値しないと私は確信していた。

 それは極めて感覚的。

 だけど、同時に絶対にそうではないという揺るぎない確信が私の中に根付いていた。

 もっとも、この感覚を、どう言葉にすればいいかはわからない。

 そして、たとえ説明したところで、ユーカクが素直に納得するとは思えない。

 いろいろ考えた挙げ句、私は感覚的な根拠を説明するのを諦めた。


「そもそも種族が違う時点で考慮にも値しないわ。アレは人族よ」

 可能性だけを言えば。

 生まれ変わりという現象が存在しうると信じるならば。

 人族に生まれ変わり、なおかつ、記憶が失われているという可能性も、全くの絵空事とは言い切れない。

 しかし、実際にこの世に生まれ変わりなどというものはなく、だからこそ生きている一瞬一瞬は大事だということ、それはユーカクだって分かっているはずだ。


「貧弱な人族に封印されるとは、なんとお労しい」

 私の主張に同意をするでもなく、かといって反論するわけでもなく、ユーカクなりに妥協の形で言葉を返した。

 そこでふと思い及ぶ。

 ユーカクは認めたくなかったのかもしれない。

 それは私の主張の妥当さもそうだが、封印というすぐに再会に至らない事実を。

 荒唐無稽でありえないと思っていても、生まれ変わりであってほしい、そういう願いがあったのかもしれない。

 主との再会への切なる願いが、彼らを非現実的な可能性にすがりつかせていたのだろう。

 ユーカク相手だったため、ついつい穿った見方をしてしまったことに私は少し反省した。


「しかし、名がアルスとは……」

 オナガが続け。

「偶然にしては皮肉が効きすぎていますね」

 一番小柄な緑髪の少年、ハネナガが付け加えた。

 彼らの感想に私は内心深く同意せざるを得なかった。

 これが元の名前の片鱗でもあれば、まだ納得できたかもしれない。しかし、片鱗どころか、よりによって『アルス』という名前である。

 偶然にしては皮肉が効きすぎるとハネナガが感想を漏らすのも無理はない。


「それでこれからどうしますか?」

 小鳥を手に乗せた銀髪の成年、シチビの落ち着いた声が、私の思考を現実に引き戻した。

 シチビ、ユーカク、オナガ、ハネナガ、そしてもう一人のユメナガは護仕という従者だ。

 しかし、私に仕えているわけではない。彼らの忠誠は彼ら自身の主にあり、彼らは彼らの主のために私に同行しているし、『場合によっては』協力してくれる。

 私は少し俯き、その視線をアルスがいるであろう部屋に向けた。

 その先に求めている者(フィル)がいるのに、手が届かない。そのもどかしさが、心をかき乱し、胸を締め付ける。

 一瞬強くなった風に髪が顔にかかる。それを未練とともに振り払うように首を振り、顔をあげた。


「封印の技法がわからないから適切な方法かどうかはわからないけど、まずは縁のあったことに触れさせてみましょう」

「それは自分とか言い出すつもりですか?」


 オナガの声には明らかな皮肉と、わずかな不信感が滲んでいた。さっきの失敗を当てこすっているのは明白だった。

 それにオナガが言うまでもなく、さっきのアルスの反応で、私の存在が有効な手立てにならないのはわかっている。

 その事実を認めることもまた不愉快だったけど、湧き上がる苛立ちをぐっと堪える。


「私のこと? 私は嫌よ」

 私はオナガの疑念を否定した。

 あの顔で、あの声で、私を知らない態度をとられること、それを思い出すだけで心が千々に乱れる。

 目の前にいたあの時、どれほど必死に自制心を保とうとしたことか。どれだけ苦労して縋りつくのを押さえ込んだことか。

 その記憶と感情が、鮮明に蘇ってくる。


「私を見て思い出さないのなら、もう私の出る幕ではないわ。アルスへの直接の相対はユーカルに任せるわ」

 私がその言葉を口にした時、胸を鷲掴みにされるような痛みが走り、唇が少し震えていた。

『出る幕ではない』という表現が、自分の心をより深く傷つけていることに、後から気づいた。

 自分を見て思い出してほしいという希望が打ち砕かれ、その打ち砕かれたという事実を口にするだけでこんなに辛いとは思わなかった。


「やっぱりそうなるのね」

 私と髪の色違いで瓜二つの女性であるユーカルの溜め息まじりの返事が耳に入る。

 ユーカルは私の気持ちを察しているのだろうか。それとも、単に面倒な仕事を押し付けられたと思っているのだろうか。

 しかし、ユーカルの気持ちがどうであれ、私がそう決めた以上、この決定は絶対だ。


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