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せいじゃものがたり  作者: 瀬山みのり
第1章:導き
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導き(3)

 ~レナside~


 宝物庫の確認自体は、予想外に早く終わりました。

 『王家の杖』が置かれていた場所はもぬけの殻で、周囲の品々には一切手が加えられた形跡がありませんでした。

 『王家の杖』は、その名こそ威厳に満ちていますが、形状は馬の頭を模した質素な杖に過ぎません。高価な宝飾品のような華やかさはなく、金銭目的で狙われるようなものではありません。

 それだけを持ち去ったということは、犯人がその真の価値を熟知していることは明白です。この考えが脳裏をよぎると、私は背筋に冷たいものが走るのを感じました。

 しかし、それ以外の手掛かりは皆無でした。いつ、どのように盗まれたのか、犯人はどう逃げおおせたのか、それらの疑問は霧の中に消えたかのようです。


 思ったより時間がかかったのは、案の定と言いますか、ディアスが指揮系統を一切確立していなかったことによる現場の混乱でした。この状況に、私は密かに溜め息をつきました。

 大隊長であるクアド卿に事態の説明と現場の統括をお願いしました。心中では、この判断が適切であることを祈りました。

 ディアスとしては大事(おおごと)にしたくない気持ちがあったかもしれませんが致し方ありません。イアノが城内の状況を聞いてしまったことを不運と思ってもらうしかありません。


「これからどうなさいますか?」

 イアノの声に、私は我に返りました。


「取調室へ行きましょう」

 僅かな希望を抱きながら、私は決意を込めて答えました。ひょっとしたら、本当にひょっとしたら、ディアスが『王家の杖』の所在を聞き出している可能性もゼロではありません。その可能性は低いと頭では分かっていても、心のどこかで期待してしまいます。


「不運と幸運は隣り合わせですから」

 私は自分に言い聞かせるように呟きました。


「……そうですね……」

 私の言葉にイアノが複雑な表情で答えました。

 なぜそんな表情をするのかと訝しみ、私は首を傾げ、三拍ほどの後、ああ、と得心して軽く手を打ちました。イアノの反応に気づいて、私は自分の言葉の意味を再考しました。

 『王家の杖』紛失という不運と対し、ディアスが冷静に取り調べをするという幸運を期待しているように聞こえてしまったのでしょう。イアノの表情から、そう解釈したことが伺えます。

 そういう意図はまったくなかったのですけど。というより、幸運をそんなことに消費したくはありません。


「これは……そう、『転移』もちの出会いがあるかもという期待をこめたものよ」

 私は慌てて言い訳じみた説明を加えました。

「……そうですね……」

 イアノは表情を消すように静かに目を閉じて口先だけの同意をしたのでした。その態度からは、私の説明を受け入れつつも、まだ完全には納得していない様子が伺えます。誤解なのですが、解こうとすればするほど嘘くさくなる感じがして、私はそれ以上、言葉を紡ぐことをやめました。


 『王家の杖』が発見されているという僅かな望みと、所在が明らかになっていなかったらという不安で、私の歩調は自然と早くなっていきます。

 廊下を進むうちに、まだ取調室まで距離があるにも関わらず、男性の、恐らくディアスの怒号が耳に飛び込んできました。

 それは冷静な対応にはなっていないという証左でした。

 その荒々しい声に、私は顔をしかめずにはいられませんでした。立ち止まり、イアノに向き直ると、一瞬イアノが眉をひそめているのが見えました。

 あえて前向きに解釈するなら、そんなことで幸運を浪費せずに済んだ幸運に感謝すべきなのかもしれません……いえ、これは通常の事態であり、運とは何の関係もありません。私は自分の思考を軌道修正しました。

 まだ距離があるにも関わらず、これほどの騒音では、このまま近づく気にはなれません。


「イアノ」

「はい」

「さすがにこれは辛いわ。ちょっと静かにさせてもらえますか」

 私の声には、失望と苛立ちが混ざっていたかもしれません。


「承知しました」

 イアノは優雅に一礼し、騒音の発生源に向き直りました。すると、取調室からの喧騒が嘘のように消え去りました。

 イアノの操元法『静寂』の効果でした。

 さすがにこれで少しはディアスも冷静さを取り戻すことでしょう。


 私は深呼吸をして心を落ち着かせ、イアノを伴って取調室へ再び歩を進めました。

 取調室まであと数歩というところで、それまで静寂に包まれていた一帯に、足音も含めて音が戻ってきました。おそらく、後ろを歩くイアノが『静寂』を解除したのでしょう。


「ありがとう、イアノ。とても助かりました」

 私は心からの感謝を込めて言いました。

「恐縮です」

 イアノの返事は控えめですが、その目には満足の色が浮かんでいます。


 強制的に音を消され、私達の来訪に気づいたのでしょう。

 ディアスが取調室から出てきて、私を見て恭しく頭を下げました。その姿には、少し慌てた様子が見て取れます。


「ディアス、なにか成果はありましたか?」

 先ほどの怒声からして期待薄だと思っていましたが、一縷の望みをかけて私は尋ねました。

「いえ!ですが、必ずや聞き出してみせます」

 ディアスは恐縮しながらも力強く意気込みを語ってくれます。その熱意は評価すべきですが、実を結ばない努力では本末転倒です。私は静かに息を吐き、冷静に対応しようと心に決めました。


「やる気があるのはあなたの長所ですが……所在が判明する見込みはあるのですか?」

 私の質問に、ディアスの表情が一瞬曇りました。

「状況からして盗んだ犯人はこいつしかいません」

「……」

 私とイアノは驚愕の表情で顔を見合わせました。

 私の中で、わずかに残っていた希望の灯火が一気に消えるのを感じました。イアノの目にも、失望の色が浮かんでいます。

 今、最も重要なのは『王家の杖』の所在であり、犯人の特定はそれほど急を要する事項ではありません。


「それは……盗んだことは認めた、ということですか?」

「いえ、否定したままです」

「……その容疑者から具体的に聞き出したことはほかにありますか?」

「ほかはとくには……」

 私の問いに混じっていたわずかな希望は、ディアスの返答で砕かれました。

 それはつまり何一つ進展していない、取り調べが完全に空転していることと同義です。

 ディアスが不適任であることは薄々感じていましたが、ここまで状況を把握できていないとは想像を超えていました。失望と焦りが胸の内に広がります。私は何とか冷静さを保とうと努めました。

 本来であればここは適任な誰かに引き継ぐべき段階ですが、盗まれたのであれば『王家の杖』はどんどん遠ざかっている状況。私は決断を下す必要性を感じました。


「不審人物とは私が話をします。イアノはこの件をクアド卿に」

 私の言葉に、イアノとディアスの反応は対照的でした。


「承知……」

「そのようなこと!レナ様がなさる必要はありません!」

 イアノの承諾をディアスの声が遮りました。


「ディアス様、レナ様がそう決定されたのです」

 イアノは穏やかながらも、毅然とした態度でディアスに向き直りました。

「ですが!不審者と話をするなど、どのような危険があるかわかったものではありません!」

 ディアスの声には明らかな動揺が感じられます。彼の懸念は理解できますが、ディアスに任せておけない以上、そうせざるをえません。


「それでは、ディアスは私の後ろで無言で威圧しておいてもらえますか?」

 私が妥協案を提示すると、ディアスの表情が複雑に変化するのが見て取れました。


「ここぞとばかりにレナ様を人質にとる可能性があります」

 ディアスは眉をひそめ、真剣な表情で警告しました。


「それはディアス様よりも技量としては上で、抑え込めないということでしょうか?」

「そんなことはありません!」

 イアノの挑発するような問いに、ディアスは顔を僅かに赤らめ声を荒げました。


「それであれば問題ないのでは?」

 イアノの論理的な言葉に、私は内心で頷きました。


「イアノ殿、王女たるレナ様を危険に晒すとはどういう了見ですか?」

 ディアスの声には怒りと焦りが混ざっています。彼の忠誠心は評価すべきですが、今はそれが障害になっているようです。


「危険があるようには思えないだけです」

 イアノは冷静さを保ちつつ、毅然とした態度で返答しました。


「何を根拠に」

「ディアス様の様子を見れば一目瞭然かと。その不審者はディアス様の取り調べの際、萎縮していたのか、とくに暴れたりはしなかったのでしょう?」

 イアノは暗にその不審者よりディアスが格上なのではないかと持ち上げました。

 年齢だけでいえばイアノはディアスより若いはずですが、落として持ち上げてと、巧みに翻弄しているのが、こうしてみるとよくわかります。


「それはそうですが、それは相手が私だからであって、レナ様相手にもおとなしくしているとは限りません」

 ディアスもうまく持ち上げられたせいか、『危険に晒す』という確実に起きることから、『おとなしくするとは限らない』と表現を控えめにしていました。


「それは一理あるでしょうね。ですからレナ様の後ろで威圧を依頼しているのでは?」

「相手がその気なら一瞬の隙をついて目つぶしすることなど造作もないことです」

 あと一声だと思っていましたが、元の議論に戻ってしまいました。

 たしかに凶悪な相手であれば、そのような行動に出ることも否定できません。私は一瞬考え込みました。


「わかりました」

 イアノの声に、私とディアスは同時に顔を向けました。

「わかっていただけましたか」

 ディアスの声には希望の色が混ざっています。


「では、不審者は後ろ手に縛り、その上でディアス様がその背後で警戒する。これならば安全でしょう」

 イアノは相手の同意を求めるような言葉は避けました。おそらく、そう問えば拒否されることが目に見えているからでしょう。

「……」

 ディアスは明らかに不服そうな表情を浮かべています。


「ディアス、『王家の杖』が盗まれたのだとしたら、こうしている間にもどこかに運ばれ、行方を追いにくくなっているのではないでしょうか?」

 私は穏やかに、しかし決意を込めて問いかけました。

「はい。ですから、私が聞き出します」

 ディアスから自信に満ちた声が返ってきて、私は胸中で嘆息しました。

 それが期待できないから言っているのですが。かといって、適性を指摘すれば傷つく可能性もあります。

 そこで私はディアスの自尊心を傷つけずに説得する方法に思い当たりました。


「それはつまり、私では力不足ということでしょうか?」

「そ、それは……」

 ディアスの顔が一瞬青ざめました。

 私に任せられないと主張することを、私の能力不足だと同義かと問われれば、さすがにそうとは答えられないでしょう。


「それは?」

「……力の有無ではなく、高貴なレナ様のされるようなことではないということです」

 一瞬の動揺を見せましたが、ディアスは巧みに言葉を選んで答えました。

 この受け答えの機敏さがあれば、取り調べもスムーズにいくのではないかとも考えましたが、これはあくまで私相手のものであって、不審者相手では期待できないでしょう。

 どうしたものでしょうか。


「なるほど、それでは私が行いましょう。レナ様には伝令を頼むことになりますが……それであれば問題ありませんね?」

 私は悩みはじめたのを見たイアノが機転を利かせ、助け船を出してくれました。

「ぐ……っ」

 ディアスの顔に焦りの色が浮かびます。

 私がするべきではないという論理で言えば、伝令も同様です。

 取り調べに比べれば伝令の方が危険はありませんが、王女を伝令に走らせたとなれば不敬を疑われるのは避けられないでしょう。


「……承知しました」

 ディアスは苦渋の決断であることをにじませて答えました。

「その承知は何の承知でしょうか?」

「レナ様が取り調べ、私が威圧と警戒、イアノ殿が伝令ということです」

 イアノの言質をとるような確認に、ディアスは諦めと自暴自棄が混じった声で答えました。


「レナ様、それでよろしいでしょうか?」

「はい」

 イアノがディアスには見えないように私に身体を向け、ぱちりと片目をつぶりました。

 ありがとう、イアノと私は内心で感謝しました。この局面を乗り越えられたのは、イアノの機転のおかげです。


「では、どうぞお入りください」

 ディアスに案内され、イアノと私は取調室に入りました。


 その薄暗い室内にいたのは一人の青年でした。

 私は驚き目を瞬かせました。

 その青年は、いえ、青年というべきなのでしょうか、少年というべきなのでしょうか、年齢としては私と同い年か少し上……いえ、その童顔からするとひょっとしたら年下の可能性もあるかもしれません、であり、ディアスと比べると明らかに小柄でした。


 でも、驚いたのはそんな少年が尋問を受けていた、ということではありません。

 彼の髪はこれまで見たこともない青い髪、そして透き通った海のように青い瞳だったのです。

 イアノも青年の特徴的な外見に気づいたようで、私の耳元で小声でつぶやきました。

『あの髪と瞳の色、この国ではあまり見ませんね。どこの出身なのでしょうか』

 私は小さく頷きながら、彼に自己紹介するのでした。



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