導き(21)
~アルスside~
俺は思惑を悟られないよう、真剣な眼差しでレナとイアノを交互に見つめた。
「まず最初に、この国を取り巻く状況を教えてくれ」
「取り巻く状況と一口に言われても……」
レナの視線が宙を泳ぐ。言葉を探しているようだ。
質問の曖昧さに気づき、俺は額にしわを寄せた。より具体的な問いかけに軌道修正する必要がある。
姿勢を正し、声のトーンを落として切り出した。
「……そうだな、聞き方が悪かった。『王家の杖』を狙われる心当たりを教えてくれ」
「……」
レナは唇を強く噛みしめ、沈黙が部屋に広がる。
これは俺には教えられないということだろうか。それとも、教えたくても教えられない事情があるのか。
「俺に教えることはできないか?」
諦めに似た感情が胸の内に広がりながら、それでも望みをかけて尋ねてみる。
「いえ、そうではなく……」
レナは首を小さく横に振り、視線を落とした。
「誰が狙ってもおかしくないとも、誰も狙う理由がないとも……」
一度大きく息を吐き、両手を強く握りしめながら、レナは言葉を慎重に選んでいるように見えた。
その様子に、状況が想像以上に複雑なのだと察し、俺はゆっくりと頷きながら、質問の角度を変えることにした。
「……わかった。なら、別の聞き方をしよう。『王家の杖』の価値はなんだ?」
答えを待つように一呼吸置き、より具体的な選択肢を示す。
「金銭的な価値か? 美術的な価値か? 歴史的な価値か? それとももっと別の価値か?」
「金銭的な価値はありません」
レナは即座に答えた。
「ほう……」
意外な即答に思わず声が漏れる。
レナは両手を膝の上で組みながら、説明を続けた。
「あの杖は見た目は地味なんです。外見的な特徴としては持ち手の部分が馬の頭になっていることだけで、宝石や貴金属が埋め込まれているわけでもないです」
俺は顎に手を当てながら考えを巡らせる。
「それだけ聞くと美術的価値もなさそうだな」
「はい、ないと思います。杖と馬の頭の境に折れた部分があるので、元は別の造形だったものが破損したのだと思います」
レナの眉が僅かに寄る。
「……なるほど……」
俺は目を閉じ、情報を整理していく。
一般的には完成した状態が美術品にとって最大の価値だ。破損したということは、仮に元がよほど優れたものだったとしても、価値は大きく減じているはずだ。
それでも元の価値によっては欲しがる者もいるだろうが――馬の頭の杖。その程度の物なら、欲しければ作りようはいくらでもある。
「なら、歴史的な価値はどうだ?」
レナの表情が僅かに和らぐ。これまでの緊張が少し解けたようだ。
「歴史的には建国時に初代国王陛下が手に入れたというものなので価値はあります」
「なるほど、建国由来ね……」
俺は理解を示すように頷いた。
確かにその由来であれば、国宝として扱われる理由としては十分だ。
その歴史的背景にさらなる意味があるのではと考え、俺は探るように問いかけた。
「それがあることが、国王の正統性の証ということか」
「いえ、それはないです」
それまで黙っていたイアノが突如として声を上げた。その声には強い確信が滲んでいて、これまでの静観的な態度からは想像もできない強さがあった。
「国王陛下の正統性は血統によって保証されます。国宝の所持如何ではありません」
「……そうなのか?」
イアノの予想外の発言に、思わず声が上ずる。
その正統性の問われる当人であるレナに、俺は確認を求めるように視線を移した。
「はい。『王家の杖』があってもなくても正統性の揺らぎはありません」
レナの声音には迷いがない。背筋を伸ばし、凛とした様子で答えた。
だが、そうなると狙われる理由がますますわからない。
眉間にしわを寄せながら、俺は別の可能性を探る。
「それなら、なんらかの儀式で使われたりはしないのか?」
「はい、祭儀に用いるものではありません」
レナは一瞬の躊躇いもなく首を横に振った。
その即答の確かさに、かえって新たな疑問が浮かび上がる。
「……」
俺は眉間のしわを深めたまま、言葉を失う。
謎だ。
金銭的価値も美術的価値もなく、歴史的価値はあるものの、国家およびその統治者の正統性にも寄与しない。
頭の中で様々な可能性を巡らせるが、どうしても狙われた理由が見えてこない。
もしかしたら、何かのついでという可能性もあるか。
俺は顔を上げ、その疑念を確かめるように尋ねることにした。
「一応念のため確認だが、紛失したのはその『王家の杖』だけなんだよな?」
「はい。それだけです」
レナは迷いなく答えた。
そんな物『だけ』がなくなった意味。
所在が不明なだけで実は城内にあるという可能性もあるが、今に至るまで見つかっていない以上、それはないと考えてよいだろう。
歴史研究者か骨董品収集家くらいしか価値を見出しそうにないが、そういった者が盗み出したという以外に動機が見えてこない。
「でも、あの杖にはもう一つだけ隠された秘密があります」
レナの声が急に小さくなり、周囲を警戒するような素振りを見せる。
「秘密?」
その雰囲気に釣られるように、俺は思わず上体を前に倒していた。
いや、別にレナの乙女な秘密話を期待したわけではない。純粋に杖についての情報を求めているだけだ。
「他言無用でお願いします」
「他言すれば命はないですよ?」
レナの控えめな懇願を、イアノの冷徹な脅迫が上書きした。
「……ああ……」
イアノの凄みに気圧され、思わず喉が鳴った。
「あの杖は『しかるべき者が使うと』能力を大幅に強化されるのです」
部屋には俺たち三人しかいないのが明らかなのに、レナは周囲を執拗に確認してから、声を落として告げた。
その内容は常識を超えていた。




