導き(20)
「ということで、『直感』がそんなに期待できるスキルではないことは分かってもらえたと思う」
強引に話を締めくくろうとする俺だが、レナの興味はその程度では尽きなかったようだ。
「ほかには? 『潜在能力』はあるんですか?」
これはダメだ。
周囲を評判上位の職種ばかりに取り囲まれているせいだろう。評判最底辺の存在である盗賊が、レナの好奇心を刺激しまくっているようだ。
気のすむまで質問を重ねなければ収まりがつかない様子を見るに、これは長くなりそうだ。
あまり手の内を明かすのは気が進まなかったが、ことここに至っては仕方ない。
俺は諦めて口を開く。
「俺が把握しているのは『感情撃化』だな」
職種によって決まるスキル系統、そしてそれによって身につけることができるスキルは、その名の通り『技能』だ。レベルあげというトレーニングで段階的に習得していくため、スキルに個性はない。同じスキル系統と同じレベルなら、誰もが同じように使える。
単純な例で言えば、小石を10m投げるスキルの次は15m投げるスキルを習得できる、といったイメージだ。
そして習得しているスキルがわかれば、どのスキル系統の『最低』どの程度のレベルなのかも自ずと判明する。先の例でいえば、小石を15m投げるスキルを持っているなら、当然10m投げるスキルも習得済みということになる。
だからこそ近衛隊入隊試験の前に、イアノは俺のスキルレベルを確認しようとしたのだろう。
それと同じように、取調室で使われたと思われる『静寂』というスキルからは、王女殿下かイアノ、おそらくは状況からしてイアノが、操元師であることが読み取れる。
それに対して『潜在能力』は、まさに能力そのもの、個性そのものだ。
これも生まれた時から決まっていて、どんなに欲しい潜在能力があろうと手に入れることはできない。その意味では職種と潜在能力は似ている。
ただし、職種から派生する技能は大半が研究済みで、何ができるかはほぼ解明されている。
全員が何らかの職種を持つのだから、サンプルは膨大だ。希少な職種以外に物珍しさはない。
一方で『潜在能力』は、得ること自体が希少で、その大半が謎に包まれている。俺の『感情撃化』もその一つだ。
この『感情撃化』、希少さだけを見ればかなりのものだが、「感情的になった時に攻撃能力が上がる」程度のことしか分かっていない。
どう感情的になればいいのか、どの程度攻撃力が上がるのかは誰も知らない。一般的には知名度が低く、使いにくいという評価しかない。
実は俺の場合、『感情撃化』の他にもあと2つ『潜在能力』があるらしい。
例えるなら、『潜在能力』を円で表すと、3つの円があって、そのうち1つだけ色が分かって『感情撃化』だと判明している。残り2つは何の色かすら分からない——そんなところだ。
これも親父から聞かされた程度の話でしかない。
そもそも『職種』も『潜在能力』も、生まれてから数カ月以内にしか調べられない。
だから俺の能力についても親父から聞いた話でしかないし、実際それで困ったこともない。
困るとすれば、それは分からないことではなく、『職種』が『盗賊』であることだけだ。
なお、『潜在能力』の「潜在」という言葉でよく誤解されるが、これは『一定の条件を満たすまで発現しない』ことに由来する。
使える状態かどうかに関係なく、この能力は常に『潜在能力』と呼ばれる。
「『感情激化』? 感情的になるということですか?」
レナは想像がつかない様子で、首を傾げた。
「いや、実際、あるというのはわかっていてもどういう内容かはよくわからない」
どういう内容か「よくわからない」というのは、かなり控えめな言い方だが、発動の仕方も条件も皆目見当がつかないのは事実である。
そもそも、これまで発動したことがあるのかさえ分からない謎能力なのだ。
「発動しました」みたいなアナウンスでも流れてくれれば話は簡単なのだが、そんな都合のいいことは絶対にない。
このあたりが『潜在能力』の全容解明を難しくしている理由だ。スキルだって発動のたびにアナウンスが流れるわけではないが、サンプルが多いからよほどの高レベルでもない限り、誰かしらは知っている。
「伝説で出てくる狂戦士みたいな感じでしょうか?」
イアノの投げかけた言葉に、俺は思わず眉をひそめた。
「そうかもしれないし、それとは別物かもしれない。自分でもよくわからない。これは本当」
狂戦士? いやいや、それはないだろう。こちとら理性と知性で売ってる偽装騎士なんだから。
……でも、どうだろう。むしろ普段の理性で抑圧されているからこそ、発揮できる可能性もある?
そういう可能性すら完全には否定できないことに、そこはかとなく不安を覚えた。
「なるほど……これはもっと観察が必要ですね」
レナが目を輝かせている隣で、イアノが勝手に結論を出した。
「なんでそうなる?」
イアノの「観察」という言葉に、まるで実験台か実験動物のような扱いを予感して、思わず頬が引き攣る。
「アルスさんが自供した内容と、私達が見た内容にかなりの乖離があるからです」
レナも同意見らしく、イアノの代わりに理由を述べた。その瞳には好奇の光が宿っている。
たいていの場合、可愛げがあるように感じるその様子も、この場においては解剖対象に興奮しているような変質者のように感じてしまう。
せめてどちらかが不要だと考えてくれればよいのだが、レナはともかく、イアノまでもが同意見では……。
……
その理屈で言えば、侍女であるイアノがレナの意に沿わないことはまずないのだから、これはもう常敗無勝の戦いになりそうだ。
「いやいや、君達、『王家の杖』紛失したのをなんとかしないといけないのでは?」
話題を逸らそうとした瞬間、俺は致命的な失態を犯していた。王族のレナに向かって「君達」とか言ってしまったのだ。しまった、これは明らかな失言。
しかし、俺の内心の焦りなどまるで意に介さず、レナはむしろ食いつくように、テーブルに手を置き身を乗り出してきた。
「はい、そこで出てくるのが護衛騎士です」
「……は?」
俺の言葉遣いに気分を害したのかと警戒していたせいで、レナの口から出てきた言葉の意味を理解するまでに時間がかかった。
どうやら俺の失言など彼女の頭にはないらしい。
胸を撫で下ろすべきなのだろうが、そんなことも気にならないほど護衛騎士という話題に没入している様子だ。
そして、ここに来た目的は、その護衛騎士を俺にやらせることにある。不安しかない。
「『王家の杖』については箝口令を布いているのであまり大々的には動けないんですよね」
「まぁそれはそうだろうな」
俺はレナの説明に頷きながら、わずかに頭を下げた。箝口令を敷いたのはおそらく彼女達なのだろう。それを自分から破れば、指示の実効性が完全に失われてしまう。
上に立つ者は身を以て範を示す必要がある——はずなのだが。
「そこで! 護衛騎士をつけて探しに行こうという……」
「却下」
レナの弾んだ声での提案を、俺は間髪入れずに門前払いした。
つい今しがた、内心で「身を以て範を示す」なんて考えていたというのに——もちろん声に出してないから聞こえてはいないだろうが——その瞬間に自ら規則を破ろうとするなよ。
「なぜですか?」
レナは俺の却下の理由が思い当たらないらしく、心底不思議そうに尋ねてくる。
え? なんで俺が上に立つ者としての心構えを説くことになってるんだ?
それはレナの周囲にいる人間が窘めることだろうと、イアノの方に視線を向ける。
すると彼女は、この事態をあからさまに楽しむような表情で、俺をニヤニヤと見ていた。
ニコニコではなく、ニヤニヤである。
おそらくイアノからすれば、俺がレナをどう説得してもよし、説得できなくてもよし、という状況なのだろう。
たとえば俺が苦言を呈して、レナが振る舞いを学習してもよいし、そこでレナが「アルスが酷いです」と泣き出したところをイアノが慰めてもよい。
なんとも始末に負えない。
……
そもそも俺がレナに立派な主君になってもらうために努力する必要なんてないわけで、その点の指摘は諦めることにした。
だが、それを諦めたからといって、彼女の護衛騎士となって探しに行くことを受け入れたわけではない。
「なぜも何も探しに行く手がかりはあるのか?」
そもそも上に立つ人間が自らの足で探しに行く必要などない。
むしろ情報を拾う仕事を他人に行わせ、それを集約し分析し決断することこそが、上に立つ者の役割のはずだ。
つまり何を言いたいかというと、俺を護衛騎士にしても動かないぞ、ということだ。
「そのアテを手に入れるために動く必要があるということです」
ないとは明言しなかったが、要するにアテはないということだろう。
俺は小さくため息をついた。
俺を護衛にして何を企んでいるのかなど考えたくもないが、どうやら護衛が必要な事態に巻き込もうとしているらしい。
あの試験で実力十倍、いやもっとかという虚像を見せてしまい、これなら護衛を任せられると誤解されたということだ。
今からあの試験もう一度やり直していいだろうか。できれば実力以下の結果で。
「……つまり『王家の杖』捜索に絡めというんだな?」
俺は降参を示すように両手を上げた。
「平たく言えばそうです」
思惑が通ったと思ったのか、レナは少し得意げな笑みを浮かべる。突然光の向きが変わったわけでもないだろうが、一瞬、その表情が輝いたように見えた。
ただ、彼女は誤解している。俺が降参したのは『捜索に絡む』ことであって、『護衛すること』ではない。
つまり、俺がその気になれば、俺が捜索に絡んでいる間は護衛が必要になるような事態へと進展させないことも可能だろう、ということだ。
さしあたって、護衛が必要にならないようにするために必要なことは、だ。
「まず最初に、この国を取り巻く状況を教えてくれ」
レナも、そしてイアノも困惑した表情を浮かべた。まさかこんな質問が出てくるとは思っていなかったのだろう。
こうして俺は、名ばかりの護衛騎士という立場を受け入れながら、その実、護衛が必要な場面にならないよう立ち回ることを決意したのだった。




