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せいじゃものがたり  作者: 瀬山みのり
第1章:導き
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導き(19)


 ~アルスside~


 午後の陽射しが軟禁部屋の窓から斜めに差し込み、カーテンを透かして柔らかな光が室内を温めていた。生暖かい風が、半開きの窓から時折部屋に入り込んでくる。

 軽やかなノックの音の後、扉が開かれた。


「失礼いたします。レナ様がお見えです」

 イアノが先に入室し、丁重に告げる。その後ろから、レナ王女が入ってきた。その表情には普段の穏やかさの中に、どこか決意めいたものが垣間見える。


「アルスさん、あなたの処遇が決まりました」

 レナは真っ直ぐに俺を見つめ、開口一番そう言い放った。イアノは一歩後ろで静かに控えている。その表情からは何も読み取れない。


「具体的にはどのような扱いに?」

 俺の問いに合わせるように、窓から入る風が、レナの髪を僅かに揺らした。


「はい、私の護衛騎士です」

 彼女の言葉に俺は一瞬思考が停止し、


「ええ……」

 という短い言葉しか発せなかった。イアノから以前聞いた話とまったく違う展開の話をレナから決定事項として持ち込まれ、二の句が継げなかった。

 また自分の知らないところで話が進んでいた上、進んだ先が明後日の方向だったのだ。俺の反応も当然だろう。

 ほっといてくれればいいのになぜか構われ、挙句にどんどん面倒ごとになっている気がする。

 近衛隊でさえ相当面倒だったというのに、護衛騎士? なにそれ、美味しいの?

 心の中で苦し紛れに冗談でも言わないと、心の平穏が保てなくなりそうだった。


「護衛騎士といっても、あくまで臨時、一時的なものですよ。期待した能力がなければあっさり首ですから心配無用です」

 イアノの言葉は、まるで天気の話でもするかのように軽やかだった。

「……」

 その意図するところを察し、俺の背筋を冷たいものが走る。

 この場合の「首」はほぼ間違いなく肉体的なものを指している。

 心配無用とは、つまり「失敗したら次はないのだから、心配するだけ無駄でしょう」という意味に他ならない。


「近衛隊に入ったら針の筵でしたでしょうから、レナ様に深く感謝してくださいね」

 俺の沈黙を受けて、イアノが追い打ちをかけるように言葉を付け加えた。

 針の筵ついでに放逐してくれた方がよかったのに——。

 そう心の中でつぶやきながら、俺は慎重に表情を管理する。

 不興を買えば、イアノの言う「首」が現実のものとなるのだから。


「それでその護衛騎士? というのは何をすればいいんだ?」

 字義通りなら護衛する騎士なのだろうが、護衛と言っても幅は広い。外出時だけの護衛なら、近衛隊勤務よりもずっと楽かもしれない。

 そんな淡い期待を抱きながら、俺は直截に訊ねた。


「いえ、その話はまだです」

 レナは右手を軽く前に出し、申し訳なさそうに首を振った。

「まだなのか」

 話の流れからもう決まったように聞こえたのだが、それは俺の早とちりだったようだ。


「最終面接があります」

「最終面接?」

 レナの言葉に俺は首を傾げた。

 何をしようとしているのかわからない。いや、面接をするのは分かる。だが、その目的が読めない。

 護衛騎士になってからの抱負でも聞かれるのだろうか。

 しかし、職務内容も分からないのに抱負を語れと言われても——。


「ええ、これから始まります」

「質問には正直に答えてくださいね。返事は『はい』で」

 レナとイアノは揃って俺に笑顔を向けた。

 少し前のめりになった二人の表情に、俺は背筋が凍るのを感じる。

 笑顔。確かに笑顔なのだ。だが、まるで罠にはまった獲物を見つめる捕食者のような——。

「……はい」

 その圧力に負け、俺は渋々頷いた。もはや逃げ場はないようだ。


「まず、アルスさんの『職種(クラス)』とスキルを正直に答えてください」

 のっけから最も触れられたくない質問が飛んできて、俺は思わず顔をしかめる。

「黙秘は?」

 無駄だとは分かっていても、最後の望みをかけるように弱々しく尋ねた。

「王族に対する黙秘は罪です」

 イアノの返答は、まるで空の色を説明するかのように淡々としていた。

 王族は強い。俺、分かった。俺は観念して深いため息をつき、言葉を絞り出すように答え始める。


「……職種は『盗賊』、スキルは『盗賊技』と『騎士技』」

「盗賊ですか⁉」

 レナの声が部屋に響き渡る。その目は驚きで見開かれていた。

「そうだよ」

 あまり突っ込まれたくない話題だったので、思わず顔をそむけてぶっきらぼうな返事をしてしまう。

 その態度はないだろうと自分でも分かっている。だが同時に、それも仕方ないだろう? という自己弁護の気持ちも湧いてくる。

 なにしろ盗賊という職種で生まれたら、本人が真っ当に生きようとすれば、盗賊技を隠して生きるぐらいしか方法がないのだから。


「盗賊の方ってはじめてみました」

 そんなこっちの複雑な想いなど知る由もなく、女性二人は珍獣でも見るかのようにまじまじと俺を見つめている。その好奇心に満ちた眼差しに、妙な居心地の悪さを感じた。

 実際のところ、王族や貴族からすれば、盗賊は二種類しかないのだろう。処罰される盗賊か、盗賊技を使わずに騎士技で糊口をしのぐなんちゃって騎士か。そう考えれば、本物の盗賊を見るのが初めてというのも無理はない。

 職種としては珍しくないが、王城では確かに珍獣のようなものかもしれない。

 彼女たちの好奇心は、結局のところ盗賊という存在の生きづらさを映し出しているだけだ——。

 俺は心中で毒づきながら、二人の視線から目を逸らした。


「ひょっとして試験の際ひらひらと避け続けたのは『盗賊技』ですか?」

 俺の心中などまるで気にする素振りもなく、レナは目を輝かせながら尋ねてくる。

 どうやら入隊試験での俺の動きが、予想以上に印象的だったらしい。

 とはいえ、あの戦闘はいくつもの巡り合わせのよさが重なった結果だ。あれがどんな相手でも行えると思われては困る。


「避けること自体に盗賊技は関係ないな。盗賊技としては『直感』、あとは自分の機敏さでの回避だけだよ」

 無駄に上がった評価を下げようと、俺は意図的に素っ気なく答えた。

 だというのに、そんな俺の思惑など微塵も気付かず、レナは食い気味に質問をかぶせてくる。


「その『直感』というのはどのぐらいのことがわかるんですか? 後ろからの攻撃があんなに正確に分かるんですか?」

「お、おう……」

 思わぬ勢いに気圧されて、俺は言葉を濁した。

 助けを求めるように視線をイアノに向けると、彼女はレナの様子を微笑ましそうに眺めているだけだった。

 どうやら王女の好奇心を抑制する気は、まったくないらしい。

 イアノに期待できない以上、俺が『直感』と自分に対する過大評価を修正するしかないか。


「『直感』は受動的(パッシブ)なスキルなので、いつ発動するかは運任せで」

 そう言って、過剰な期待を持つようなスキルでもないし、戦略に組み込めるようなものでもないと、急いで付け加えた。

「運任せ……でも、試験の時はすべていいタイミングで避けてましたよね?」

 レナは首を傾げながら、疑惑の眼差しを向けてくる。

 条件が揃いまくったあの戦闘と、俺の語る内容との食い違いに引っかかっているのだろう。

 それは分かるが、事実を疑われては俺も困る。

 そんな俺の窮状を見かねたのか、イアノが言葉を差し挟んできた。


「もしかしてとても運がいいのでは?」

「やめてくれ」

 思わず声が出た。こんな真実味のないことをさも真実であるかのように言われては、たまったものではない。

 俺は強く首を振った。

 どう考えてもここ数日、すなわち、三千年前のここにきていることからして不運の極みだ。こうして騒動に巻き込まれるのも不運の一つ。あの試験だってそもそも巻き込まれなければ発生しなかったはずだ。

 それを運がいいなどと言われては、運が悪い時の自分の末路が想像するだに恐ろしい。

 ただ……。

 確かにあの時の直感の冴えは、これまで経験したことがないものだった。

 夢中で戦っていたから気づかなかったが、今振り返ると『直感』の発生確率が、普段よりも明らかに上振れしていたような。


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